06 講座とトラブル
サフィール第三王子を交えての魔法の授業に、何故かセラフィーナ様も参加することになった。いやあなた、魔法科の授業受けてますよね……? 面白そうだから? まぁサフィール第三王子も許可してますし、いいですけど……。あぁ、むしろ彼が聖女とコネを作る機会でもあるのか。
それにおまけの聴衆として、サフィール第三王子の護衛(見習い)である騎士科の生徒二人も横に立っている。口出しはしてこないけれど『余計なことをしたら斬るぞ』とでも言いたげな視線を私に刺してくる。なお、護衛は武装禁止区域以外は武器所持を許されてるので、実際におかしなことをしたら斬ってくることだろう。しないけど。
「では、サフィール王子殿下、とにかく身体強化を続けてください。魔力回復薬はいくらでも差し上げますので、余裕を残す必要はありませんよ」
「……その前に、こう、コツのようなものはないか?」
おっと、さすがに雑すぎたか。とはいえ、私も初期の頃はひたすら身体強化、枯渇したら回復、を繰り返しただけなんだよなぁ。
「そうですね……あえて言うのであれば、全身満遍なく、でしょうか。偏った状態で慣れてしまうと酷いことになりますので」
「ふむ、たとえば?」
「……これは私の失敗談なのですが、拳だけを強化すれば省エネで強くなれるんじゃないか?と思った時期がありました」
その結果、拳を打ち付けた衝撃に肘と肩が耐えられずにぶっ壊れましたとさ。
あえて軽く言ったのだけど笑えなかったらしく、サフィール第三王子だけでなくセラフィーナ様とおまけの護衛二人も口元を引きつらせていた。ステラ様は私の無茶話に慣れてしまったけれど、それでも眉をひそめている。
「あとは、今は魔力回復薬を差し上げられますので、ガンガン魔力をつぎ込むとほんの少し慣れが早くなると思います。逆に回復薬がない場合は薄く長くで持久力を伸ばすのもありでしょう」
短距離走と長距離走で鍛えられる要素が違うようなものだ。まぁ私は魔力回復薬が自作出来るのを良いことに、ガンガン魔力をつぎ込みつつ持久力も鍛えられる一石二鳥手法を取っていましたけどね。
ステラ様がそっと私の袖を握って囁いてくる。
「……魔力拡張まではやりませんよね?」
「……王子殿下を痛めつけるような真似したら捕まりそうなのでやりませんよ」
以前話した、枯渇時に回復薬で大量に魔力をぶち込んで、のくだりを覚えていたのだろう。実際のところ、自分で自分の様子を見ながら出来たし、自分で責任を取れるからやったのであって、他人相手にやるのは怖すぎる。覚悟を決めたうちの軍人相手ならやってもいいかもしれんけど、王族相手は無理だ。
捕まらなければやる、という意味ではありませんからね?
「よし」と気合いを入れながら身体強化を始めるサフィール王子殿下を確認してから、セラフィーナ様に声を掛ける。
「セラフィーナ様は初心者コースにしますか? 経験者コースにしますか?」
「……初心者コースでお願いします」
どうやら、教会でも魔法科でもあんまり教えてないらしい。いや、体作りは一番最初にするべきでは……? そのために騎士が居る? 最後にモノを言うのは自分の体ですよ……。
カリキュラムに文句を言いたくなったけど、そこまでしてやる義理は今のところないので、溜息と共に飲み込む。
「まずステラ様ですが、ゆっくりでいいので全身に魔力を巡らせてください。その後に、魔力を経路からじんわりと肉体に向けて染み渡らせるような感覚です」
「は、はい」
「セラフィーナ様は魔力の扱いがわかる状態ですよね? ご自身の慣れた速度で同じようにやってみてください」
「わかりましたっ」
今は魔力偽装薬が使えないので(ここで飲ませるわけにもいかない)、自分の力で頑張ってもらうしかない。異常があったらすぐに止められるよう、細心の注意を払いながらステラ様を見る。……あ、『サフィール王子殿下も気に掛けてあげてください』と目線で訴えられてしまった。それは、そうかも。と、とりあえず、ステラ様に五、サフィール第三王子に三、セラフィーナ様に二くらいの割合で、皆の経過を見守る。
しばらくは、風で木々がざわめく音だけが聞こえた。手持無沙汰ではあるが、ながら見をするわけにはいかないので(正確にはずっと身体強化はしているのだけど)、根気強く見守っていく。
最初に息切れをしたのはステラ様だった。まだ魔力の扱いそのものに慣れてないからだろう。
「これは……大変ですね……」
「慣れさえすれば、呼吸をするのと同じくらい自然に出来るようになりますよ」
「これでも就寝前に、魔力を動かす訓練を始めてはいるのですが……」
勤勉だなぁ。でも睡眠不足は健康の大敵なので、ほどほどにしてくださいね。
「一朝一夕にやれるものでもないので、気長にやっていきましょう。全く出来ていないわけではないですから大丈夫ですよ」
「……出来ていましたか?」
「はい、間違いなく」
ちょっとだけですが、という野暮なことは口にはしない。まず『出来た』という達成感は大事よ。私が笑顔で断言すると、安心してもらえたようでホッと息を吐いている。
次に止まったのはセラフィーナ様だった。おそらく持久力もしくは体力そのものがないのだろう。春だというのに汗をかいてしまっている。ハンカチを手渡してやりながら「大丈夫ですか?」と声を掛ける。
「あ、ありがとうございます。……いつもの魔法と違って、魔力を放出するのではなくずっと留まらせるのが意外と大変です……」
なるほど? そのような感覚もあるのか。まぁセラフィーナ様も出来てはいたので問題はない。後はやっぱり慣れですよ慣れ。
そして最後にサフィール第三王子がバテた。魔力をつぎ込んでもらっていたのに長持ちしたのは、女子二人に比べて鍛えられているからだろう。ぜぇはぁと息を荒げて、魔力回復薬へと手を伸ばす。
「あ、サフィール王子殿下の魔力容量に合わせて、少しずつ飲んだほうが――」
という警告は、間に合わなかった。
「ぐふっ!?」
がぶ飲みしたサフィール第三王子が吹き出し、胸元を抑える。口元は苦悶に歪み、脂汗がだらだらと流れていた。
……まずいな、過剰回復で魔力経路の拡張がされている。
「サフィール王子殿下!?」
「貴様、王子殿下に毒を飲ませたのか!」
それにいきり立った護衛二人がすぐさま剣を抜き、事情聴取をするでもなく斬りかかってくる。
ガッ!
「は? え? 剣が……」
「斬れない、だと、どういうことだ……!?」
ただし二人の剣は、私の身体強化を貫くことは出来なかった。傷一つ負うどころか、硬質な物に当たったかのような感触に困惑している。
「……私にも非はあるのであえて受けましたけど、剣を収めてください」
「な、なんだと!」
「賊のくせに……あっ」
落ち着いてくれないので、私は二人の剣を取り上げた。あっさりと自分の手からすっぽ抜けたことに更に困惑を募らせている。殴って気を失わせない辺り温情と言うか、サフィール第三王子への責任は感じているんですよ、これでも。
邪魔をされないよう二人を軽く魔法で縛ってから、サフィール第三王子の前に座り、声を掛ける。
「サフィール王子殿下、今あなたの魔力経路が拡張状態にあります。魔力を動かさず、じっとしていれば収まります。ゆっくり呼吸をしてください」
「……はっ、はっ……」
「吸いすぎです。深く吐くことを意識してください」
こうなっては魔力を吸収したところでどうしようもない。ステラ様とセラフィーナ様も緊張の面持ちで見つめていた。護衛二人は今にも吠えそうな顔つきだけれど、私が追撃していないことで辛うじて理性を保っている。
長いような短い数分の後、やっとサフィール第三王子は落ち着き、深く息を吐く。
「申し訳ございません。先に注意点を申し上げておくべきでした」
「いや……聞かなかった僕も悪い。罰するつもりもないのでこれ以上は気にするな。お前たちも、これ以上はやめろ。アッシュフィールドに悪意はない」
後者は護衛二人に向けてであり、渋々ながらも警戒を解いてくれたことで、魔法の縛りも解いてあげる。ふぅ、サフィール第三王子が心の広い人で良かった。
「ところで……魔力経路の拡張、と言ったか」
「はい」
サフィール第三王子に仕組みを説明すると、知らなかったようで感心してくる。その後に、やたら深刻そうな顔で。
「……アッシュフィールドは、もしかして、これをやっていたのか……?」
「まぁ、そうですね。割と頻繁に」
「…………そうか。その姿勢は目を瞠るものがあるが……常軌を逸しているという評価しか出てこないな」
……まぁ、うん、いいですけどもね。




