18 祭りの始まり
特に大きなトラブルや魔災が発生することなく――小さなものならたくさんあったけれどそれはさておき、祭りの日となった。
例年に比べて魔災対応に余裕を持って当たれたものの、今年の主催トップが私である。去年までは養父様がギリ存命で手伝い程度しかしていなくて(当時は人が残っていたし)、いきなりお鉢が回ってくるとも想像していなくて、つまりてんやわんやだった。
いやもう、毎度のことながらステラ様には頭が上がらない。領地丸ごと大雑把すぎるゆえにいい加減な書類しか残っていなかったというのに、テキパキと準備を行ってくれたおかげでなんとか開催までこぎつけた。私も世界書庫経由で散逸した資料集めを手伝ったりしたけれども、それくらいだし。
開催時間前から広場と大通り沿いに露店が立ち並び(食料の露店ならいつもあるけど、祭り期間は他の種類も増える)、すでに飲んでいる者も居るのか大変賑わっている。大喧嘩だけはしないでおくれよ。……小喧嘩の発生に関しては諦めている。
辺境伯領領都は、元は魔の領域に対する砦であり、それがだんだんと発展し、街へとなった。領内で一番危険な地であるものの、領内で一番人口が多い場所でもある。
領には大体一万人ほどが領民として登録されており、そのうち半数が領都暮らしである。いつもは魔の領域を恐れて領都をわざわざ訪れる領民は少ないのだが、この時期は別で、領内各地から領民が、少数であるけど珍しく領外からも人が集まってくる。目玉として魔の領域産素材のオークションが行われたり、徐々に広がり始めた魔物食の料理が並ぶからだろう。そうでなくとも最前線で作成される武器防具の質はいいし、魔石だって格安で手に入る。恐ろしい地でも悪いことばかりではないのだ。
「クロノア、そろそろ時間だぜ」
「うん。組合長もここまで手伝ってくれてありがとう」
「ははは、おまえさんにはいつも世話になってるからな」
ステラ様にも大変お世話になったけど、組合長にも色々とお世話になった。養父様と交流があっていくつか手順を知っていたのも大きい。
私は領主のマントを羽織り、同じく側で待機してくれていたステラ様に声を掛ける。
「では、行ってきますね」
「はい。頑張ってください」
「アヴィは、私が離れている間の護衛をよろしく」
「任された」
他、侍女さんやランたち領主館の人員に手を振り、広場の中央に臨時に建設された演壇へと足を向けた。
私が演壇中央に立つと、ざわめきが少し静まった。フゥと一つ息を吐いてから、スピーチを始める。拡声の魔法を使用するので、広場中には届くはずだ。
「改めて、昨年にアッシュフィールド家の当主となり、この辺境伯領の領主になったクロノアだ」
これでも三年前から特級狩人として顔が売れてはいるし、養女から当主兼領主になったことも伝わってはいるので、戸惑いの声は少ない。知らないのは領外から来た人くらいだろう。
「この一年、多くの命が失われてしまった。かくいう私も、偉大な養父様を喪ってしまった。この衝撃は非常に大きく、絶望した者もいただろう」
養父様の人気は絶大だった。そこかしこから惜しむ声が漏れ聞こえてくる。
しかし、その声が聞こえるならば良い方だ。中には領から逃げ出した人も居るのだから。
「それでも、ここに居る皆は、絶望に耐えてよくぞ残ってくれた。この地で、脅威に立ち向かって生きることを選んでくれた。新領主として、感謝に堪えない」
故郷を捨てることが出来ない、どこにも行く場所がないなどの消極的な理由で残っている人だって当然居るだろうけど、残留は残留だ。経済活動の一員となってくれているだけでもありがたい。
「私は養父様に託された者として、この日この場で改めて誓おう。この力の限り、辺境伯領を守り、発展に尽くすと」
とは言ったものの、私が当主兼領主になってからも結構な数の人が亡くなっている。亡くなった人の家族や友人はどうしたって不満を抱くだろう。不信が募るだろう。先代が生きていれば……と思うこともあるだろう。そこは飲み込んでもらうしかない。
……まぁ、不満があるなら私を倒してこの座を奪ってみな?という感情もあったりするのだけど、当然ながら口にはしない。……口にしたところで問題がなさそうな脳筋辺境伯領民だけどさ。
などと脳内でつらつらと考え、口がわずかながらも止まっている間に、どこからかヤジが飛んできた。
「おうおうおう、ふざけんじゃねーぞ!」
「そうだぞ! 何が守るだ!」
しかしその内容は、私をけなすものではなく。
「俺たちゃ自分で自分を守るっつーの!」
「おまえみたいなガキんちょに頼ってばかりいられるか!」
「むしろアタシたちを頼りなよ!」
長い付き合いのある狩人たちの声。私の力を認めながらも、自分たちの力で魔物を倒し、食い扶持を稼ぐ人たち。
「クロノアちゃん一人で商品開発なんてできないでしょー!」
「だから美味しい話あったらどんどん俺たちに回せや! ガハハ!」
「いい魔物見つけたら教えてねーっ」
私のお願いごとを聞いて、色んな物の作成を手伝ってくれる人たち。それが突拍子のないものでも、話を聞いてくれて。
「あの時、助けてくれてありがとう!」
「いつかオレたちもねーちゃんみたいに強くなるからな!」
親を失っても、懸命に生きてくれる子たち。
……私がどれだけ力になれたのかはわからないけれど、今、こうして皆が生きていることは、素直に喜んでいいはずだ。
頑張って保とうとしていた領主としての威厳をかなぐり捨て、いつものように話す。
「はいはい、皆これからも頼むよ! 湿っぽい話はこれでおしまい! この一年お疲れ様! 祭りを目一杯楽しめ!!」
「「「おー!!!」」」
「クロノア様、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。……いやぁ、肩が凝りますねぇ。私に貴族の真似事は荷が重いです」
「貴族らしいからしくないかで言えば後者ですが、この辺境伯領はあれでよかったのだと思いますよ」
演題を降りると、ステラ様が労ってくれた。周りの皆も話の内容をからかうでもなく、普通に褒めてくれる。
「とりあえず、いったんこれで解散かな」
祭りの主催と言っても、ほぼ事前準備に駆り出されるだけだ。どこに誰が屋台を出すのか割り振って、演壇や広場を使用して催しものを開きたい人たちにタイムテーブルを作成して。どれも領民たちが自主的に行うもので、私たち領主館の人員が特に何かやることはない。後は警備と、夕方に鎮魂の儀をするくらいだ。前者は軍部の担当なので、準備に奔走したメンバーの役目はほぼ終わりである。ちなみに、子どもたちにはお小遣いを渡してすでに自由にしてある。団長と聖獣が居ればトラブルに巻き込まれたとしてもどうとでもなるでしょう。
私の言葉に、レンが大きなあくびをしながら言う。
「そんじゃ、俺はちょっと寝るわー。昼になったら適当に飯食ってぶらぶらするかな」
「じゃ、じゃああたしは――」
「リンは私と一緒に行きましょう。子どもたちと離れるのも久々で、羽を伸ばしたいでしょう?」
「え、ランお姉ちゃ――」
そしてランは、何か言いたげなリンの手を取って行ってしまった。……まぁいいか。組合長やサイラスたちも家族と過ごすようで一言言ってから離れていく。
「アンナはどうしますか?」
「もちろん、お嬢様にお供します……と言いたいところでしたが、やめておきます。私は実家のお土産になりそうなものを探すことにします。辺境伯領閣下、お嬢様をよろしくお願いいたします」
侍女さんも去り。最後に。
「ふむ、我はディアンと一緒に子どもたちの護衛につくか。ご主人が居ればステラの方は大丈夫であろう?」
とアヴィも去っていき、ステラ様と二人で残される。特に何か言った覚えはないのだけど……完全に気を遣われているな、これは。
ステラ様と顔を見合わせてから、なんだか笑みが零れ。
「行きましょうか」
「はい、よろしくお願いいたします」
エスコートとして手を差し出すと、ステラ様はそっと手を握ってくれるのだった。




