17 お誘い
「今日はここまでですね。お疲れ様でした」
「……ありがとう、ございました……」
ステラ様は大きく息を吐いて、ベッドに身を沈める。初期の頃ほど乱れた様子はなく、だんだん慣れてきたようだ。……本人には決して言えないけど、変な声を上げられるとダメなことをしている気分になってしまうので、慣れてくれて助かっている。
何度目かのステラ様の魔力経路障害の治療。特にトラブルもなく順調に進み、このペースであれば春が来るころには完了することだろう。
そのような予測を伝えると、ステラ様は何とも言えないような微妙な表情になる。……あれ? 喜んでくれると思ったのだけども。
「あ、いえ、申し訳ありません。治らないと思っていたものがもうすぐ治ると聞いて、少々飲み込みが遅くなってしまいまして……」
「なるほど。謝る必要はありませんよ」
たとえるなら、思わぬ医学の進歩により、難病指定されていた病気の治療薬が開発されたようなものだろうか。ステラ様の場合は死ぬようなものでもはなかったけれど、コンプレックスを持っていたみたいだったからね。亡くなってしまった母親の能力を継げなかったとなると、そうもなってしまうか。
「完全に治ったら、まずは身体強化を覚えていただくとして……他に何か使えるようになりたい魔法とかありますか?」
「……クロノア様がお使いになる、生活が便利になるものは気になります」
あれ、そこなの? てっきり、もっと魔法使いっぽいものを使いたくなるとばかり思っていたのに。
私の考えていたことが変に顔に出てしまったのか、ステラ様は眉尻を下げた。
「……申し訳ありません、まず自衛に必要なものを覚えるべきでしたね」
「いえいえいえ、そのような意図は決してありません」
「努力をすると決めたばかりですのに、クロノア様に守っていただいているおかげか、どうにも危機感が薄いようです」
う、うーん……つまり私が過保護なのだろうか? いやそんなことはない。どれだけお世話になっているかを考えると、これくらいは当たり前だ。……それに神獣の守りも追加されるとなると、危機感がマヒしても仕方がないとも言える。手を緩める気はないけどね。
「でも実際、魔法が使えるようになったら、派手なのを使ってみたくならないんですか?」
「……使えなかった期間が長すぎて、あまりそういう意識がないみたいですね……」
それだけでなく、ステラ様の性格もあるような気がする。
派手な魔法と適当に言ったけれど、そういうのは大体が攻撃魔法だ。人を傷付けるのはもちろんしないだろうし、魔物相手であろうとぶっぱなしているようなイメージも湧かない。そもそも騎士科でも魔法科でもない貴族の令嬢が戦うことがあるのか……というのは辺境伯領だから適用されないとして。
「でも、小さな効果の魔法から徐々に慣れていくのは全然ありだと思いますし、興味の有無は上達速度にも繋がります。学習内容はあまり気にせず、色々とやってみましょうか」
「……ありがとうございます」
小さく笑みを浮かべるステラ様。つられてふんわりとした気分になり、そっと頭を撫でる。
――……あ。
「……すみません。子どもたちにするようなことをしてしまいました」
「それは構いませんが……そんなに私は子どもっぽいのでしょうか……?」
「ち、違います。私のクセというだけで、ステラ様がどうこうというわけではありません」
私の前世の記憶も加味すると子どもに見えてしまう、というのは当然ながら言えない。まぁ前世……どころか、それをプラスした自分と比べてもステラ様は十分に大人なんだけれどもね。これが正しい貴族教育というやつか……それとも私の精神が育たなさすぎなだけか。両方かな。
ステラ様は身を起こし、真剣な目で私を見る。……な、なんだろう。
「逆だと思うのです」
「……え? 何の話ですか……?」
「ですから、私が、クロノア様を甘やかすべきだと思うのです」
「本当に何の話ですか!?」
どこからそんな話が出てきたの??
「私が撫でられるのではなく、私が撫でるべきだと思うのです」
「あの……ひょっとして、撫でられるのそんなに嫌でした……?」
少なくとも年頃の貴族のご令嬢にすることではないのは確かだけれども……!
「違います。……少なくとも、クロノア様に触れられるのは嫌ではありません」
「……あ、はい」
「これでも侯爵家で厳しく育てられた身ゆえに、頭を撫でられるというのは幼少期を除いて全くありませんでしたが……それは、悪くないものだと、久々に思い出しました」
高位貴族であれば、家族間であってもベタベタはしなさそうだしねぇ。もちろんアットホーム?な家だってあるだろうけれども、あの宰相閣下を見ていれば、シルバーレイン家はそうではないのはわかる。
「だからこそ、それを、私ではなく、クロノア様が享受すべきだと思ったのです」
「なんて??」
思考回路がよくわからないんだよ……!?
「それともクロノア様は、私に触れられるのはお嫌ですか?」
「え、そんなことは全くないですけども」
見知らぬ相手であれば当然警戒するし、あのスラムのねーさんたちが相手であれば別の意味で身構えるところだけれど、ステラ様相手にそのような気など湧くわけがない。
「では、何の問題もありませんね」
「ですから一体何の――」
最後まで言い切る前に、私の言葉は遮られた。
立ち上がり、私の頭を胸元に抱きかかえたステラ様によって。
…………なんで?
混乱する私の耳に、ステラ様の囁きが滑り込む。
「……私は、本当に、クロノア様には感謝しているのです」
「えっと……私も、ステラ様には感謝していますが……」
「それはそれ、これはこれです」
よくわからない論法で封じ込められてしまった。
そろりと、腫れ物を扱うかのように、私の頭を撫でてくる。……確かに、この感覚は悪くはない。
……のだけれども、少女の胸に顔を埋めている形になっているのが非常によろしくない。恥ずかしい以前に、罪悪感というか、そんな感じの感覚に襲われてしまい、落ち着かない。
その私の緊張を察したのか、ステラ様はほどなくして私の頭を解放した。どことなくむくれている気がする。……ご、ごめんなさい?
「……おいおい慣れていくとしましょう」
「……あ、はい……」
妙な空気が漂うけれど、わざとらしく咳払いして振り払う。
「ステラ様、来月の春休み期間はお忙しいですか?」
「? いいえ。家の用事のある日以外は、休日と同じようにこちらでお仕事をする予定です」
ワーカーホリック! いやうちの領地が悪いんだけどさぁ!
「そ、それは大変ありがたい話なのですが、その辺りに領都でお祭りがありまして。王都とは比べ物にならないくらい小さい規模ですが」
「書類で見かけました。主催側として忙しくなりそうですね」
お手数をお掛けします。……いやその話がしたいわけじゃなくて。
「犠牲者を弔うと同時に、春の訪れを祝うお祭りでして」
魔の領域のせいで辺境伯領では人死にが多い。
しかし、領民はそれでも負けずに生きる。花が枯れようと、春になればまた芽吹くように、諦めずに。
「巡回とも言うのですが……よろしければ一緒に見て回りませんか、と思いまして」
孤児院の子どもたちの引率の予定だったんだけど、団長が変わってくれるって。……まぁ多分だけど、気を遣われたのだろう。
私の提案が意外だったのか、ステラ様が目を瞬いた。ぜんっぜん遊びとか誘ってませんからねぇ……仕事仕事ばかりで本当に申し訳ございません……。
「私でよろしいのでしょうか……? 気の利いたことも出来ず、退屈させてしまうかもしれませんが……」
「え? むしろ私がもてなす方だと思うのですが。どうしてそのようなことを?」
「…………夜会に出席した時に、ディオ王子殿下に……」
あんのアホボン、何しとんじゃい。
……おっと。歪みそうになった顔をなんとか元に戻す。でなければ失礼だ。
「私はステラ様がいいのです。よろしければお付き合いいただけませんか?」
「……はい、よろしくお願いいたします」




