16 先輩へのオーダー
学生ラウンジにて、私はイリス先輩と向かい合って座っていた。
「前回言ってたやつ出来た。これ」
「ありがとうございます」
イリス先輩の渡してくれた魔法陣を眺める。……何となくしかわからないので実際に動くかどうかは組み込むまでわからないのだけど、この人の腕は信用しているので問題はないでしょう。
ちなみに今回頼んだのは温度調整して水――というかお湯を出すものだ。水魔法と火魔法の混合なので、私が作るのは難しかった。これはもちろん水仕事とお風呂に使う。今年の冬はもう半分過ぎてしまったけれどまだまだ水は冷たいので、設置したらみんな喜んでくれることだろう。私も元日本人の例に漏れずお風呂は大好きなのでありがたい。……私は魔法で自在に出せるというのはさておき。
なお、この世界ではすでに水道はある程度普及している。農村部なんかはまだ井戸とポンプくらいだけれども。ただお湯が欲しければ毎度沸かす必要があり、水仕事のたびに沸かす人は早々……ほぼ居ない状態だ。そういうのは魔法が得意な貴族ではなく下働きの人がやっているからね。
「こちらが前金で、動作確認が出来たら残りを払いますね」
「ありがとう」
「あ、そうだ。この前作ってもらったオーブン……火加減を調整するやつが領都内でちょこちょこ売れ始めているので、そちらの使用料もお渡しします」
「え?」
私が追加で報酬を払ったら「なんで?」って顔をされた。……ロイヤリティとかそういう概念がないのかな? いや確かにそういう契約を結んだわけじゃないのだけれども、自宅で使うだけならともかく、皆の暮らしを便利にするためだからって製品にして売りに出しちゃったからね。
「あ……! すみません、先に製品化の相談をするべきでしたね……。許可なく勝手に製品にした挙句、販売までするなんて先走りすぎました」
「……気にしているのは、そこではなくて。あと、製品化も販売も、好きにするといい」
あれ、違った。じゃあ何を気にしているのかと尋ねてみれば……「ちょっと付け足した程度でお金になるとは思ってなかった」だそうで。
「あれだけ便利なものを、お菓子をあげただけで済ませるのは不義理では?」
「でも……」
「それにイリス先輩は今後、魔法陣やら魔道具やら、職場がうちの辺境伯領でなくとも知識がものをいう場で働くことになります。知識は力であり、商品ですよ。対価を払うのは当たり前のことです」
まぁ魔道具制作現場の給与形態とか知らないけどさ。元の世界でも、会社に所属している人が新発明をしたところで、会社の設備を使用したのだからと会社が権利を持つのが普通っぽいし。ボーナスとかはさすがに支払われるんだろうけど。今回は関係のない個人のものだしねぇ。
「職場によって考え方は違うこともあるでしょうけれど、私はそのように考えてイリス先輩への報酬を支払うのです。これを支払ったからと言って赤字になるわけでもないので受け取ってください」
「……そう、わかった。もらっておく、ありがとう」
「あと、お菓子もどうぞ」
「! ありがとう」
お菓子でわかりやすく目が輝いたなぁ。面白い人だ。お菓子の方が嬉しいのだとしても、さすがに現物支給だけで済ませるわけにもいかない。健康面の意味でも。
早速袋を開けて食べ始めたので、苦笑をしながらも飲み物を出してあげる。……健康面といえば、完全栄養食とか作れるのかしらん? いやそれに頼り始めたら、この人はお菓子以外ずっとそれで済ませてしまいそうだな……ひとまず保留にしよう。
さて次は何を作ってもらおうかなぁ。まだ早いけれど、次の夏のために冷風が出るやつにするか? それとも洗濯機とか、日常で使うやつを先にするべきか? ……あ、そうだ。
「イリス先輩、これの解析って出来ます?」
「……解析?」
私は魔素除去の腕輪を見せる。ステラ様と、辺境伯領の幼児が魔素中毒対策に使用しているアレだ。
ステラ様の件は言わず、子どもの症例と効果を説明すると、イリス先輩は目を丸くした。……それでも口をもぐもぐさせているあたりが食いしん坊である。ごくんと飲み込んでから、疑問を発してくる。
「魔素除去装置って、こんな小型化してたの?」
「正確なことを言えば効果は違うんですけどもね」
イリス先輩が知る魔素除去装置は、魔素を除去して周辺の空間へと放出する物であり、今見せた腕輪は魔石へと吸収させる物だ。前者は魔石要らずだけれども、放出された魔素をまた体が吸収してしまうので魔素中毒の対策としては意味がない。後、装置が大きいし高いので、一般家庭に置くには向いていない。
「ふぅん? ……でも、解析って?」
「それはですね……」
私は声を小さく――周囲に聞こえないようにこっそりと遮音結界を張って――経緯を説明する。これは私の特殊スキルで作成したものであり、きちんとした理論でもって作成したものではないことを。
「将来的に、私でなくとも、誰でも作成出来るようにしておきたいのです。まぁ急ぎではないのでゆっくりやってもらって大丈夫ですし、出来ないなら出来ないでも構いません」
内部的にどうなっているのか私自身よくわかっていないのだ。さすがに理論的に不可能なことにはなってないとは思うけれど、見ただけで理論がわからなかったとしても仕方がない。私だって理論が確立されているからといって物理学とか宇宙のあれこれとか理解出来る気しないし。基礎をすっ飛ばして応用をわかれと言うようなものだ。まぁイリス先輩は基礎も応用も素晴らしい能力を持っている人なのだけれどもね。
出来なくてもいいなら……とイリス先輩が頷くので、壊してもいいことを付け足してから複数の腕輪を提供する。彼女はその一つを指でつまみ、あちらこちらから眺めてから……ポツリと呟く。
「クロサマ、色々考えているんだね」
「? そうですか?」
「ワタシだったら出来ない。与えられた課題は出来る。でも、自分であれこれ考える、苦手」
「……それだけ勉強出来るのに?」
「『こうしたい』と言われたら浮かぶ。でも、ワタシには『こうしたい』があまりない」
……なるほど?
オーブンの魔法陣で考えるなら、火力調整は出来るけど、『火力調整したいという思考』が湧かないということなのかな……?
「まぁ、言われてこれだけのことがやれるだけで十分すぎるくらいに重宝されると思いますけれどもね。新商品を毎月開発しろ!とか変な職場でもない限り」
少なくとも私はそんなことはさせない。むしろ私の作りたい物ばかり作らせてしまって、自分の作りたい物が作れない!ってフラストレーションが溜まったり……いやその場合は作りたい物を作ってもらってもいいんだけどもね。
「……おまえは主体性がないのか、とか怒られたり、する」
「……誰に?」
「……親に」
……うーん。軽々に判断してはいけないんだろうけど、家を出る方が気楽とも言ってたし、環境が微妙なのかしらん。私としては才能が潰されるのは困る。かといって家庭環境にまで踏み込むのはなぁ。
今の私に出来るのは、きっちり報酬を支払うことと、気晴らしになるお菓子をあげることと……他に何かあるか?
「もし何かお力になれそうなことがあったら言ってくださいね。ぶっちゃけコネとお金はあるので」
コネは宰相閣下のことだ。力もある、とはさすがに言わないでおいた。腕力が通じるのは辺境伯領くらいだし、辺境伯領以外で持ち出してはいけない。またステラ様に叱られてしまう。『俺たちにも暴力反対ー』とか幻聴が聞こえた気がするけどスルーだ。
私の言葉にイリス先輩はパチパチと目を瞬いてから、「その時は、よろしく」と小さく頷くのだった。




