15 商人との面談
王都にて。私は珍しく学院でも王宮でもない、商業区を訪れていた。私だけではなく、ステラ様と(そしていつもの侍女さんと)一緒に。
「馬車に乗るのは久しぶりです。いつも自分で歩くか転移するかのどちらかなので」
「……後者に関してはクロノア様が特殊すぎるだけですね」
それはそう。
今私たちは、馬車に乗って移動していた。辺境伯領領都の道が狭くて運用されてないだけで、貴族のご令嬢であるステラ様が馬車移動するのは至極普通のことである。座面のクッションのおかげでお尻は痛くないけれど、サスペンションはないのか石畳の感触がガタゴトと伝わってくる。……転生ものにありがちな商売チャンスか?とは思ったけど、ひとまず置いておく。
「いつもバタバタしていたので、王都の街並みをゆっくり眺めたこともなかったですね……馬車の中からだとあまり見られないのが残念」
「今度お時間のある時にでも色々と見て回りましょうか? 案内しますよ」
「え、いいんですか? その時はよろしくお願いしますね」
……うん? 仕事が関係ないお出かけはデートということになるのか? 本来なら私がエスコートする側なんだろうけど、王都のことは全くわかんないからなぁ……まぁステラ様も気にしないか。
やがて目的地に着いたのか、馬車が動きを止めた。まず侍女さんが降りて、次に私が降りて、そしてステラ様に手を出しだす。ステラ様は私の手を取って優雅に降りてきた。うーん、これだけでも様になる。
御者のおじさんにお礼を言ってから、目的の建物を見上げた。派手さはなくシンプルだけど、良い素材を使って建てられている大きな建物だ。
「ここが例の?」
「はい。レイギルお兄様から紹介していただいたブランフォード商会です。正確にはこの商会に所属している方をご紹介いただいたのですが」
あのお取り潰しになったゴルドー商会の後釜として手を挙げてくれた商人さんがここの所属らしい。立場的に言えば商人さんに来てもらう方が正しいのだろうけど、色々と面倒だったのでこちらでセッティングしてもらった。
商会の建物ではあっても商店ではないので、中に入ると広いロビーが視界に映り、商人たちがあちこちを忙しく走り回っていた。生き生きとしている人、疲れ果てている人、紙を見つめながらぶつぶつと呟いている人、実に様々だ。
すぐ近くの受付カウンターのお姉さんに挨拶をして、面談予約をしていたアッシュフィールドだと伝える。すると、小間使いの少年がサッと呼ばれて、応接室へと案内してくれた。うぅむ、私より小さい子だけどキビキビしている。教育がしっかり行き届いているんだな。うちも見習いたいところだ。
応接室へと入ると、面談相手の商人さんはもう待っていたようだ。入室した私たちを見るなりソファから腰を上げて、大仰なお辞儀をしてくる。嫌味とかではなく、そういうキャラであると感じさせるものだ。
「アッシュフィールド様、シルバーレイン様、ようこそお越しくださいました!」
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ! 良いお話にまとまることを期待していますよ!」
私とステラ様は彼の対面のソファに座り、侍女さんは横で立ったまま待機する。私としては落ち着かないんだけど、仕方ない。
目の前の商人さんも改めて座り、背をビシッと伸ばし、胸に手を当てて挨拶をしてくれる。
「改めまして、僕はラクト・ローデンと申します!」
商人さん、姓がある通り実は貴族だ。男爵家の三男坊さんなのだとステラ様が教えてくれた。背は高く、目元もスッキリな好青年、それも貴族である彼がどうして商人になったのかと言われると……好奇心が刺激されたかららしい。そんなこともあるよね。
私たちも挨拶を返し、おすすめされたお茶に口を付ける。スッキリとした甘みが美味しかった。
「えぇと、それで、ローデン様が辺境伯領の領都にお店を出すことをご希望してくださっているとお聞きしたのですが」
「はい! あと僕に敬語など不要ですよ! ただの商人ですので!」
……圧が強いなぁ。でも色は悪くないので、善人寄りの人ではあるのだろう。ステラ様のお兄さんが悪人を紹介するとは思ってなかったけどね。
「僕は以前より辺境伯領に興味があったのです! シルバーレイン様――レイギル様からお話をいただいた時には『これだ!』と思いましたね!」
「それは珍しいですね。どの部分に興味があるのですか?」
魔物素材かな?と予想はしていたけど……魔物は魔物でも、意外な部分であった。
「僕は魔物肉が食べたいのです! 辺境伯領では徐々に広まりつつあるとお聞きしました!」
「……それは、とても珍しいですね」
確かに魔物肉(肉に限らず各種可食部分)は辺境伯領において広まりつつある分野だ。しかし、今になってやっと広まっているということは、これまでは食べられていなかったということで。
魔物肉を食べると体調を崩す。今まで忌避されてきた理由はこれだ。そもそも食用に向かない魔物肉もあるのだけれども、食用可能な魔物肉であっても、魔素濃度が高くて悪影響を及ぼすのだ。
魔素濃度が高くて食べられないなら魔素を抜けばいいじゃん、となったのがつい最近のことである。基本的に魔の領域の魔物は魔素濃度の高さゆえに鑑定も弾きやすいから、正しい情報が得られなかったという理由もある。魔素を抜くと言うからには魔素除去装置もあるのだけれども持ち運びには向かず、肉は重いからわざわざ持って帰る狩人も居なかったのよね。
「そして僕には夢があるのです!」
「夢ですか……どのような?」
「それは……ドラゴンの肉を食べることです!!」
拳を握りしめて力説されたそれに、私もステラ様も目を丸くした。よりにもよってドラゴン肉とは。
「辺境伯領ではドラゴン素材が出回るのでしょう!? 僕はそれが食べたい!!」
「……まぁ、偶にですが、出回りますね」
狩っているの私だし。ついでに言えば、今この時点でドラゴン肉を持っていたりする。目の前に出してやろうか?などと脳裏を過ったけど、やめておいた。
終始気圧されていた私たちであったが、ステラ様が気を取り直して会話に加わる。
「ローデン様のお店はどのような物を取り扱ってくださるのですか?」
「貴女方が望む物を何でも用意しましょう!」
「……何でも、ですか」
「何でもは言いすぎました! 可能な範囲で用意します! つまり特に取り扱い商品は決めておりません!」
「……念のためお聞きしますが、ブランフォード商会もこのお話はご存じなのですよね……?」
「はい! 父が出資者の一人でして、損をしない範囲なら大丈夫と言質を取っております!」
ノリ軽っ。……商会もご家族の方も知ってるのなら大丈夫なんだろうけど、ちょっと不安に……いやここもレイギル様を信じよう。
まぁ、何でも取り扱ってくれると言うのなら、ついでに色々手伝ってもらおうかな。もちろん損をさせるつもりはない。
「ローデンさん。これが一番重要な確認なのですが……辺境伯領領都は魔の領域と接している関係で魔災が非常に多いです」
「聞き及んでおります」
「逃げずに戦えなどとは言いません。領軍と狩人で対処します。ただ……絶対安全とは言い切れません。王都に比べて遥かに危険な地であっても、お店を出したいと思ってくれますか?」
実際のところ、私が商店に求めることはそう多くない。大きく逸脱しない範囲で取引してくれることと、魔災にめげずにお店を出してくれること、これくらいだ。領都で必要とされている商品云々に関しては、商売人であれば勝手にかぎ取ってくれる。そうでなければ売れないだけだし。
私の脅しともとれる言葉に、ローデンさんはやはり背筋を伸ばしたままで、キッパリと答える。
「はい、よろしくお願いします」
ステラ様を見ると、彼女もこくりと頷いた。ステラ様的にも問題はないようだ。キャラは濃いけど許容範囲内でしょう。狩人なんてアクの強いのばっかりだし……。
「では細かい条件を詰めましょうか。ステラ様、後はお願いします」
「はい、お任せください」
「ふふふ、何でもどんとこいですよ!」
こうして、思ってた以上に順調に話はまとまりましたとさ。




