12 実は近くに…
「ねーちゃん! どうだ!?」
「……えっ?」
領主館敷地内、子どもたちの運動スペースにて。今日もステラ様と一緒に運動をしに来たら、見知らぬ少年に声を掛けられた。私と同じ黒髪黒目なんてこの孤児院では預かっていないし、近隣の子どもにそのような知り合いも居ない。しかし周囲の子どもたちは不審がるどころかどこか面白がっている顔だ。
敷地の出入り口――正面の門には警備兵を配置してあるし、裏門には特殊な鍵が掛かっている。塀は頑張れば登れないこともないけれど、てっぺん部分に手を掛けたら捕縛魔法が発動するので乗り越えることもほぼ不可能。この中で一番ザルなのは警備兵だけれども……子どもが相手だから通したのか?などと思考を巡らした後、声に聞き覚えがあることにステラ様が先に気付いた。
「その声……まさかディアンさんですか?」
「えっ?」
ディアン? え? あ、いや、マジだ。
私が驚きで目を丸くしたことに気を良くしたのか、ディアンはへへんと得意気に胸を張る。
「おうよ! で、どうだ!?」
「……いや、ビックリしたよ……。不審人物として捕まえるべきか悩んだくらいに」
「ひえっ!? やめてくれー!!」
うん……このノリは間違いなくディアンだな。
鱗と同じ髪と目の色、十歳に満たないくらいの背丈、そして見るからに生意気そうな顔。アヴィと同じく、元が聖獣だと言われても見た目でパッと判別出来ないくらいにはきっちり人化している。よくよく見れば気配でわかったんだけど、人化しているとは思わなくてすぐには気付かなかった。
「どうしたの? その格好」
「あいつらと遊ぶにはニンゲン形態の方が楽かなーって。かーちゃんに頼んでやり方を教えてもらって、んでもって出来るようになった!」
子どもたちと仲良くやってくれているようで何より。それともこの場合は肝が太い子どもたちを褒めるべきだろうか。確かにあの丸っこいチビドラゴンフォルムよりは、長い(チビドラゴンと比較して)手足のある人間の姿の方が動きやすい……のか?
「出来るようになった……って、聖獣ってそんな簡単に人化出来るものなの? あ、いや、元が魔力で体が出来てるのだから、やろうと思えば出来るのか?」
ディアンと初めて遭った時はもっと大きなドラゴンの姿をしていたのだった。サイズが変えられるなら形状が変えられても不思議ではない、か?
「誰もがというわけではないが、条件によっては難易度は下がるだろう」
「アヴィ」
答えは別のところから降ってきた。アヴィが器用にもドラゴン羽だけ生やして飛んできたのだ。……迂闊に人外だと知られても困るんだけど……外から見えない位置ならいいか。ちなみに、服も魔力で出来ているので穴が空いてもすぐに復元出来る。私が訓練時にどれだけ傷付けても戻るのでちょっと便利。
アヴィのいう条件とは、おそらく魂が前世の――人間だった頃の姿かたちを覚えているかどうかだろう。アヴィとて記憶そのものはほぼ残っていないそうなのだが、いざ人化してみたらその姿になったとか。他の姿にもなれるらしいけど、今の姿が一番しっくりくるらしい。
しかしこうして二人(二体?)並んでいるのを見ると、見た目も似ていて、前世でも親子だったのだろうか……なんて気持ちになってくる。アヴィが力を分けた存在だからそうなったのか、ものすごい確率を偶然引き当てたのか……。まぁディアンから前世の話が出たことはないし、無駄につつく話でもない。
ステラ様は少々異なる感想を抱いたようで、ポツリと。
「……お三方が並んでいると、なんだか親子に見えてきます」
「………………それは、この地域で黒髪黒目が珍しいからでは?」
「それもあるかもしれませんね」
ステラ様にあれこれ言いたくはないけれども、私はこの迷惑アホドラゴンズと一括りにされたくない気持ちが湧いてしまった。……いや……私も荒れてよろしくない行動をしていた時期があったわ……。あまり人のこと言えませんね……。いやだなぁ、そんなところでも似てるの……。
「ところでアヴィさん。他にも人化出来る聖獣様がいらっしゃるような口ぶりでしたが……」
「む? そうだな。人に紛れて生活しているやつもおるしな」
「「えっ」」
これには私とステラ様の驚きがハモる。聖獣が人間に紛れて生活をしている、だって……?
「そいつらの目的……アヴィは知っているの……?」
「それは知らぬ。……い、一応言っておくが、聖獣の姿でなくわざわざ人化までしているということは、人間の生活に興味があって紛れ込んでいるだけだと思うぞ……?」
「……なるほど?」
何か変なことを企んでいるわけじゃなく、楽しみたいだけならまぁいっか……? 念のため国王陛下と宰相閣下へお伝え……したところで胃を痛めるくらいでどうしようもないな。ステラ様を見ると首をふるふると横に振ったので同じ意見らしい。一旦胸の内にしまっておこう。
アヴィたちみたいに問題を起こしてない状態で目くじらを立てるものでもないだろう。……辺境伯領でおかしなことをしたらもちろんぶちのめしますけどね。
「こ、この近くには居ないぞ、うん」
おっと、アヴィが身震いしている。何か漏れてしまったか。
衝撃的な発言はさておき、ただ駄弁るために来たわけではないので、とりあえず子どもたちとステラ様に準備運動からのジョギングを始めてもらう。
「……ディアンが荒らしているようで何だかすまぬな」
「いいよ。みんな楽しんでいるみたいだし、これはこれでいい運動強度になるんじゃないかな」
私たちの視線の先で、ディアンも混じって先頭を走るどころか爆走するものだから、子どもたちがきゃーきゃー笑いつつも必死になって追いかけているのが見える。聖獣相手によく張り合うねぇ……ステラ様は自分のペースで走ってくださいね。
ジョギングのはずだったのに、半数くらいの子は鬼ごっこになっていた。子どもたちが鬼で、ディアン一人を捕まえるタイプの。地を駆け回り、遊具を野生動物のようにするりと登っては抜ける。ディアンは羽がないからか律儀に付き合っているのか、空を飛ばずに器用に逃げ回っていた。捕まりそうで捕まらないのはいい塩梅に手加減してくれているからだろう。私相手の時はただのクソガキムーブしかしてなかったのに、数日でとても成長したように見えるよ。
リーダーであるリンも含め、普通に走っていた子たちは規定の周を走り終えて次のプログラムに移り、ステラ様は大きく息を乱しながらこちらの方へと戻ってきた。汗だくだったので乾燥の魔法をかけて乾かしてあげる。
「はぁ、はぁ……あ、ありがとう、ございます……」
「お疲れ様です。水分をどうぞ」
「いただき、ます。……今回も……全員に負けて、しまいました……」
「……まぁみんなは、ステラ様が勉強や仕事をしている間も走り回ってますからね」
一応教育も施しているのだけれども、大半が勉強よりも運動の方が好きみたいで空き時間も何かしら動いているのだから、そりゃ体力オバケにもなるだろう。うーん、これで将来の文官は生まれてくれるのだろうか。そっちが出来る子も増やしたいんだけど……この辺りの教育プログラムはステラ様と要相談かな。
あ、教育といえば……ステラ様に話しておくべきことがあったなぁ……。
「えーと、ステラ様、ストレッチしながらでいいのでちょっと聞いてください」
「? 何でしょうか?」
「あの一番小さい子、シェリィについてなんですが……あの子のフルネームはシェリィ・エンフィールドと言いまして」
ステラ様はそれだけで素性を察したのだろう。目を丸くしながら、子どもたちの中でも一際小さい子を見つめた。




