11 今日はお休み
侍女さんと合流し、辺境伯領の領主館へと転移。執務室に入ろうとしたところで、ステラ様に袖を引っ張られて引き止められる。
「クロノア様。本日のこの後のご予定は特にありませんでしたよね?」
「え? ギルドへの報告書の提出も終わってますし、さすがに今日は外に出る予定は入れてないですし、執務室で事務仕事くらいですね」
「お急ぎのものはありませんでしたよね?」
「おかげさまでないですね」
ちゃんと優先順位を付けて、急ぎのものから片付けてくれたのは他でもないステラ様ですからね。近いところの締め切りの仕事はないのですよ。余裕があるって素晴らしい……。
「では、クロノア様は本日はお休みしてください」
「え?」
「二日も徹夜したのでしょう? 急ぎでもないのに何故働こうとするのですか……?」
……言われてみれば、確かに? 前世であれば代休をもらうのが普通なくらいだ。ただしブラック企業は除く。
仕事自体はいくらでもあると言えばあるのだけど、睡眠時間を削っても手が足りなかった以前とは違い、多少休んだところで慌てるようなものではない。それなのに働こうとするとは……ブラック労働を撃滅したいと思っていたはずなのに、すっかり体に染みついてしまっていた……何てことだ……。
うーん……でもなぁ。
「ステラ様を働かせておいて自分だけ休むのも悪い気がする、というのもそうなんですが、二日ぶりにステラ様にお会いしたのに、寝て過ごすのも勿体ないんですよねぇ」
「………………」
「なのでまぁ、やっぱ仕事してる方がいいかなぁと」
「……少し、ここでお待ちください」
ステラ様はそう言い、一人で(侍女さんも追いかけていったけど)執務室の中へと入っていく。
どうしたものやら?と手持ち無沙汰にしていたら、ものの五分ほどで二人とも出てきた。
「ステラ様?」
「レンさんに事情を説明してきたら快諾してくださいました。私も今日はお休みです」
「え?」
「急ぎの仕事はなく、私だけ働いているのがお嫌なのでしょう? でしたら、今日の私はクロノア様を休ませる係です」
まさかの行動に思わずぽかんと間抜け面をしてしまった。確かに、ステラ様も毎日働く必要はありませんね……?
そうして私たちは私の屋敷へと移動をし、侍女さんの給仕を受けながらのティータイムとなった。侍女さんが仕事するのも気になるけど……これは本人がやると譲らなかったので。むしろ休めと言われても困るらしい。この人もある意味ワーカーホリックだ。侍女さんは気を利かせたのかお茶を淹れるなり退室したけど、きっと片付けとか掃除とかしてるんだろうなぁ。
「研修でどのようなことがあったのかお聞きしてもいいですか?」
「もちろん、守秘義務というものでもありませんので」
というか、ステラ様は家宰なので隠すようなことはあってはならない。あるとしても今回知り得た狩人たちの個人情報くらいか。……個人情報保護法とかないから、言ったところで罰則も何もないけどさ。
まずは……集合場所で早々にロットとの諍いがあったことからか。ステラ様もそのナンパ男のことは覚えていたらしく、眉をひそめていた。
「……クロノア様の行ったことの衝撃が強すぎて忘れられないのですけれどもね」
おっと。
ウフフ、いきなりドン引きされるようなことをやってしまったんだっけ……。ステラ様の前であってもついつい手が出てしまうあたり、私も辺境伯領民だよなぁ。
身体強化をしながら森へと走って行ったこと。森の中であれこれ説明しながら奥へ進んだこと。ゴブリンを始めとした魔物たちが出て来たこと。野営をしたこと。
「私一人なら転移で行ったり来たり出来ますからね。久々に野営をしましたよ」
「……私であれば、怖くてとても休めたものじゃないでしょうね……」
「大丈夫です。ステラ様と行くことがあれば、貴女は絶対にお守りしますので」
「…………ありがとうございます」
シルクも居るし、おまけに今ならアヴィも居る。この布陣でステラ様に傷を付けられるやつなんて早々に居ない。居たとしたらそれこそ神や魔王くらいなんじゃないですかね。どっちも見たことないし、今後見ることもないだろう。……ないはず。
「……あの、以前耳にした時も気になったのですが……魔王は実在するのでしょうか?」
「魔王、と呼ばれた存在が過去に居たことは事実ですね」
セラフィーナ様から勇者の話を聞いた後に少しだけ調べてみたのだけど、驚いたことに実在したらしい。情報指定が漠然としすぎていて世界書庫の情報も絞り切れず、きっちり調べたわけじゃないのだけどもね。
魔王。魔物たちの王。そいつが存在しているだけで魔物たちが活発化し、世界各地で魔物被害が増大する。要は魔災があちこちで発生するようなものだ。そしてそれは魔王が討伐されるまで続く。いがみあう各国が手を組んだほどなので、相当な被害が出たのだろう。
討伐してもいずれ復活するらしいのだが、復活時期に関してはランダムで事前対策は厳しい。ずっと外敵に備えて気を張っていろというのは土台無理な話だ。
「少なくとも現時点では居ませんのでご安心ください」
「……わかりました」
たとえ現れたとしても、全力でお守りいたしますとも。
二日目も同じような行動の繰り返しで、ロットが大人しくなったことで問題も発生せず。同じく魔物の群れがやってきたけれど、初日の忠告をきっちり実践してちょっと怪我をした程度で終わった。
「……冬は比較的安全、なのですよね?」
「そうですね。デカいのはちょっとイレギュラーと言えばイレギュラーですけど、そもそも魔の領域全体がイレギュラーだらけですし」
新人たちに経験は積ませたいけど、当然ながら無駄に死なせたいわけでもない。なので、よっぽどの大事が発生しない限りは生還させられる私の役目となるわけでありまして。まぁこの訓練を提案したのが私だからってのもあるけど。
「クロノア様は、人を大事に育てるのですね」
「そんな大層なものでもないですよぉ。ただ人が育ってくれないと、この領地が立ち行かなくなってしまいますので、どうしても力を入れざるを得ない部分ですね」
だからこそ私は教育をしっかりとしたい。前世の義務教育ほどとまでは言わないけれど、最低限王都の平民と同じ水準の教育は受けさせたいし、この辺境伯領で必要な武力も育てたい。ゆくゆくは各種産業に必要な専門性の高いところまでやっていきたい。一朝一夕ではいかないから長い目で見なければいけないけれど。
「あ、そうだ。ステラ様にお土産があるんでした」
そう言いながら私は、二日目の夜に見つけた物を空間収納から取り出した。ステラ様は目を何度か瞬いてそれを見つめる。
「雪灯花です。冬に咲く花で、ほんのりと光ります」
花瓶に活けられたそれは、雪のように白い花びらを持つ花だった。
私が魔法で闇の帳を降ろすと、蛍のように明滅してほんの数メートルだけだけど柔らかく照らす。
「薬効成分もありますけど……ほぼほぼ観賞用ですね。よろしければもらってやってください」
「これは……ありがとうございます」
室内を元通りに戻すと、ステラ様は柔らかく微笑んで受け取ってくれた。よかった、外さなかったみたいだ。年頃の女性の喜ぶ物なんてよくわからないからねぇ。
大体一通り話したところで、ふわとあくびが漏れる。
「クロノア様、夕食の時間まで仮眠を取ってはいかがですか?」
「……いやでも、ステラ様を放っておくわけには……」
「大丈夫です。私はここに居ますから」
……ここに居る。居てくれるのか。
だったらいいか……などと働かなくなってきた頭でぼんやりと考えてから、ソファに背中を預け意識を落とす。
……目が覚めた時には、ステラ様に膝枕されてて恥ずかしい以上にめちゃくちゃビビった。
私、何で起きなかったんだ……?




