10 二日ぶりの
「ステラ様のお顔を見ると、殺伐とした世界から平穏な日常に戻ってきた感ありますね」
待ち合わせ場所の学生ラウンジにて、ステラ様を見かけてポロっとそんな言葉が出てきてしまった。ステラ様は何度か目を瞬いてから、読んでいた本を閉じる。
「……クロノア様、ひょっとしてお疲れなのでしょうか?」
おっと、選択ワードがよろしくなかったのか、妙な顔で心配をされてしまった。というか、辺境伯領は日常からして殺伐としていることがあるので、どのみち適切ではなかったかもしれない。
「二徹してますけど大丈夫ですよ。特に大きなトラブルも発生しなかったですし」
夜中に絶えず魔物が襲ってくるとか、誰かが命に関わる大怪我を負ったとかもなく、おまけにロットも大人しくなって、研修は問題なく終わったと言ってもいい。
ステラ様は眉根を揉み解してから本をしまい、傍らに置いてあったマフラーを巻いて立ち上がる。
「……とりあえず、移動しましょうか」
「そうですね」
学生ラウンジだけあって周りに学生が多い。辺境伯領の込み入った話をすることも多いので、ここで話を続けるには向かないだろう。
一歩外に出るとすぐさま風が吹き、冬の冷たい空気が身を叩く。ステラ様のマフラーがはためいた。
「ステラ様、マフラーの調子はいかがですか?」
「大変温かくて良いですね。ありがとうございます」
これは私がプレゼントさせていただいた品だ。掛布団と同じく火炎鳥の羽毛が混ぜ込んであり、首元だけでなく全身うっすらと温かくなる、冬に嬉しくなるアイテムである。まぁ私は防寒具とか不要なんだけど。
「少し前にセラフィーナ様ともお話ししましたが、羨ましがられてしまいました」
「……セラフィーナ様であれば教会から手厚い支援がいただけると思うのですが……」
それこそ防寒具などいくらでもくれるだろう。なんならカイロみたいな魔道具だってもらえたりするんじゃないか? あれ、まだそういう魔道具ないんだっけ?
「魔道具は貴族向けにあれこれと作られていますが、日常使いする物はまだ少ないですよ」
「へぇ。これはビジネスチャンスですかね?」
「どうでしょう……そのようなところに魔力を使うのは勿体ないというイメージもあるようですから。寒くても厚着すれば防げますし。売るにしても、このマフラーのように魔力を使わない物の方がいいかもしれません」
うーん、火炎鳥を狩れる狩人が少ないから、そんなに流通させられないんだよなぁ。魔道具も流通していないのはそうなんだけど、ちゃんとアイデアを出してイリス先輩に頼んだらあっさり作ってくれそうな気がするんだよね。
「では、脱いでも暑い夏に、涼しくなる物を用意したら?」
「……それは、ありかもしれませんね」
ふむ、この様子だとステラ様は暑いのが苦手そうだな? 夏までには冷えるやつを用意しておくかな。魔道具でもいいし、氷系魔物の素材を織り込んだショールとかも似合いそうだよなぁ。あ、この場合は冬の間に狩りに行った方がいいよな。あいつら獲った季節によって効能変わったりすることもあるから。
どこかで狩りに行けそうな日はあるかと脳内スケジュール帳をめくっていたら、ステラ様から妙な視線が向けられる。
「……クロノア様、またお仕事を増やそうとしてませんか?」
「いえ、お仕事ではない、ですよ?」
するどい。でも仕事じゃなく趣味なので嘘は吐いていない。……のだけれども、それも見抜かれているようで溜息を吐かれてしまった。
「私としては、貴女に少しでも楽になってほしいのですが……」
「ステラ様のおかげで十分に楽になってますよ?」
執務室の山のような書類が片付いたのはまさにステラ様のおかげですし、喫緊の書類と税処理が片付いたにも関わらず毎日お仕事してくださってますし、本当に頭が上がらないんですが。
「……私のせいで増えた手間もありますよね?」
「それも少なからずあるかもしれませんが、圧倒的に減っている量の方が多いですし」
レンの目の隈も消えたし、領地運営に関わっている全員は感謝している。……事務方の人員そのものが少ないのはさておき。
子どもたちとも、最近ステラ様と一緒に訓練(彼女の場合は運動という範疇であるけれど)することが増えて懐いてきているしね。……あの子たちの場合は「どんくさいねーちゃんを手助けしてあげないとな!」みたいな気持ちらしいけど……悪感情を持つよりはいいでしょう。教育ターンになったらステラ様のすごさがわかるはず。
そうして雑談しながら歩いていると、女子学生二名から声が掛けられる。顔に見覚えはあるので、ステラ様のご友人かな。
「あらシルバーレイン様。今からお帰りですか?」
「はい。本日もお疲れ様でした」
「ふふふ……今日はご一緒のようで良かったですね」
「……はい、ありがとうございます」
彼女たちはステラ様を見て、私を見て、笑みを浮かべている。うん?
何だろう、と首を傾げている私に、解説?をしてくれる。
「先日、久々にシルバーレイン様とお茶会をしたのです」
「そこで、シルバーレイン様はどこかお元気がないようでしたのでお尋ねしてみたら、アッシュフィールド様とお話し出来てないから、ですって。可愛らしいことですね」
「なるほど? それは奇遇ですね。私もステラ様とお話し出来なくて少々寂しい思いをしていましたので」
苦笑を篭めて言うと彼女たちは「あらあら」「まぁまぁ」と笑みを深くして、お辞儀をして去っていった。
ステラ様の方に視線を戻してみれば……目を逸らされた。突っ込まれたくなさそうなので何も言わないでおこう。
それはそれとして。
「ところでステラ様。ひょっとして……といいますか、ひょっとしなくとも、最近はあまり社交をされていませんよね……?」
毎日のように辺境伯領で一緒に仕事をしているのだ。まともに社交なんて出来るわけがない。貴族であれば他家との繋がりはとても大事なことであるし、この年頃の少女であれば友人の存在は大切だろう。あまり気が回らなかったのは申し訳ない。
謝罪する私に、ステラ様は首を横に振る。
「い、いえ、そこは大丈夫です。その……新年パーティの件で腫物扱いされていましたので……」
「……大丈夫とは言えないのでは?」
「少し前のディオ王子殿下の事件も広がっていますし、評価は戻りつつあるので大丈夫ですよ」
「それはそれでまた社交が必要になってくるのではないですか?」
将来ステラ様が辺境伯領で働くとしても、他の貴族との縁が切れるのはよろしくない。どこで何をしていようとコネは多い方がいいのだ。何にもないと私みたいに苦労することになるからね……。
「……そう、ですね。たまにお休みをいただくことになるかもしれません」
「その時は遠慮なく仰ってくださいね」
「……場合によっては、クロノア様にご足労をお願いすることになるかもしれません」
「えっ」
社交――女子であればお茶会が多いのだけれども、偶に男子……婚約者同伴もあるらしい。第二王子が婚約者だった時はほぼ来てくれなかったそうだけど。いやまじで何やっとんじゃあいつ。私との婚約は大っぴらに公言されているわけじゃないのだけれど知っている人は知っているし……まぁ新年パーティの行動でそう思っている人もそこそこ居るみたいで。
「あそこは駆け引きの場でもありますので、クロノア様にはあまりお見せしたくないのですが……」
「あー……まぁ必要だったら呼んでください。不仲と思われてもステラ様が困るでしょうし。とりあえず、言質を取られないようにニコニコ笑っていればいいですよね」
辺境伯領であれば腕力で大体のことは解決出来るけれど、領の外でそんなのが通用するはずがない。むしろ言葉という武器の方がよっぽど強いだろう。……貴族になって数年、ちゃんとした教育を受けてないからそういう点では不安だなぁ。
「私がカバー出来るよう、クロノア様と内緒話が出来ればいいのですが」
「なるほど。じゃあ肉声なしで意思疎通出来る魔道具を作っておきますね」
「……え?」
「ンフフ、お任せください」
念話が存在するのだから、作ろうと思えば作れるはずなのよね~。……長距離伝書鳥とかも作れないか試してみるかな? 声が届くなら文字が届いてもいいとは思うのよね。




