06 神の加護持ち
私が名乗った『ノクス』という名前に、二人は慄いた。
けれども私はこれを重く受け止めてほしいわけではない。あえて軽く、おどけるように、私は口元に指を立てる。
「教会には内緒でお願いしますね。私はこの領地で手一杯ですので」
ノクスとは、夜の女神の名前だ。
この世界の最高神、創世神ティーアの次に偉い女神様。……地域によっては破壊神などと呼ばれているらしいけど、その解釈も間違いではない。このエリュシオン王国では夜の女神として崇められているので後者は置いておく。
夜の女神に限らず、神の名を添えて名乗ることは、『神の加護』を受けていることを示す行為だ。これも勝手に名乗ると神罰の対象となるので、名乗れること自体が事実である証明となる。神様ってすごいねぇ?
で、神の加護を持っていると加護の内容に応じて色々なことが出来る。それはこれまでの加護持ちの活動によって証明されている。むしろ教会が権威を高めるために華々しく宣伝している。……権威を高めたい教会に囲われたくないからこそ、教会には知られたくないのである。
……何で私に夜の女神の加護があるのかまではわからない。日本人だった前世と同じく黒髪黒目だから……って単純な理由とは思えないけど、理由が必要とも限らない。
「細かいことは追々お話するでしょうけれど、私の能力については大体これで説明が付くと思ってください」
他の加護持ちがどのような加護を受けているか知らないけれど(そもそも他の加護持ちに会ったことがない)、私の特殊能力こと神の加護はかなり応用が効くタイプのものだ。それこそ何でも出来る……と言いたいところだけど、私が知らない、思いつかないことは出来ないし、禁忌事項だってある。それでも十分に恵まれているとは思うけどね。
今回のチョコレートに関しては、『鑑定』の魔法で食用可であると読み取り、調理過程で魔素を一定以下まで取り除いているので健康被害はない。鑑定は遺失魔法ではないので他にも使用している人は居る……んだけども、魔の領域産素材は魔素濃度が高く、下手な鑑定魔法だと弾かれて読み取れないとか。なので魔の領域産の食べ物というだけで信用度は低くなる。勿体ないことだ。
神の加護という絶対的権威により信用を得ようとしたのだけれども……ステラ様はまた別の意味で顔を曇らせる。
「……何故、その話を私に? 私が不用意に誰かに漏らすとは考えなかったのですか?」
「ん? まぁこのことは国王陛下も宰相閣下もご存じですし……下手に隠しておかしな疑念を持たれて広まるよりは、さっさとバラして黙っててもらう方が得策かな、と」
加護持ちは希少で、教会だけでなく貴族たちも確保しておきたい人材だ。なので私が加護持ちと知られれば色んな人から狙われることだろう。
それでも私があえてステラ様(と侍女さん)に伝えたのは、彼女が言い触らすようなタイプではないと宰相閣下から聞いているのもあるけれど――
「私が持っているのは、暴力とお金だけです」
神の加護とは言うけれど、結局のところただの力だ。『ただの』というには大きすぎるのはさておく。
私には力と、その力で稼いだお金しかない。
それ以外の何も、持っていない。
それだけ持っていれば十分? それが通用しない相手だって居る。目の前のステラ様がそうだ。
「貴女を力で無理矢理従わせても意味がない。お金になびくとも思えない」
いくら領地に欲しい人材だからって、力で従わせてどうする。パフォーマンスを下げるだけの無駄な行為で、十全に力を発揮してもらわなければ困るのはこちらだ。
高位の侯爵令嬢であれば、お金にだって困っていないだろう。金貨を積んだところでやはり無駄な行為だ。
必要とあらば力を振るう、お金だって支払う。
では、その二つが効果を成さない相手であればどうするべきか。
「私には他に差し出せるものが、誠意くらいしかないんですよ」
他に何もない私は、頭を下げて、お願いするしかない。
しかし私は辺境伯家当主であっても無名だ。ただお願いするだけでは頷いてもらえないだろう。
だから、神の加護の話まで曝け出す。私と縁があることで、メリットがあるのだと思ってもらう。……うん? やはり神の加護に頼っているのか。
……本当に、何もないんだな、私は。
「私に……差し出す、もの……?」
「あ、あー……すみません、まだ説明していませんでしたよね」
ステラ様が困惑を深めていた。
どうにも段取りが悪くて申し訳ない。まだ勧誘のかの字も出していなかった。
「詳細を説明せぬままお連れして申し訳ございませんでした。そして重ねてもう一件、ステラ様に謝罪しなければならないことがございます」
……また勧誘から話が逸れてしまうけど、伝えておかずにはいられなかった。ただの自己満足であったとしても。
「本日の婚約破棄騒動ですが、事前に知っておきながら止めることが許されませんでした。ステラ様の名誉が傷付けられるのを黙って見ていたことを、お詫び申し上げます」
「えっ……」
「――」
この言葉には、ステラ様以上に侍女さんが絶句していた。彼女の口から説明されていなかったのね。
侍女さんは今にも爆発しそうだったけど、「ひとまずお話を聞きましょう」とステラ様が抑えてくれる。彼女は思った以上に冷静だなぁ。いや、正統な貴族はそう育てられるのだろう。私から見ればまだ十分子どもな年齢だからって、あまり低く見積もるのは失礼だな。……第二王子はどうしてあぁなった。
「えぇと……知っていた、というのは?」
「言葉通りの意味です。私は国王陛下のご厚意で特別生として学院にたまに通っていたのですが……一月程前くらいからこそこそ計画していたのを偶然知りました」
「……そう、でしたか……。私は、浅はかながら当日突きつけられるまで知りませんでした……」
「んんー……あんのアホボン、上層部への対応がゴミなくせにステラ様に悟られない辺り、優秀なんだか愚鈍なんだか……!」
思わず顔を覆って呻いてしまう。
本当に、第二王子は、どうしてあぁなった!
上層部に一切気を払わなかったくせに、学院内ではきっちり情報統制してたとか(私は知ってしまったけど)、アンバランスにもほどがある!
「止めることが許されなかった、というのはどういうことでしょうか?」
「私は『変な計画が立てられてますよー』と宰相閣下に手紙で相談したわけですよ。そうしたら『その件には触れないように。これは国王陛下の判断でもある』と返ってきましてね」
「……お父様、が……?」
ステラ様の顔色が一気に悪くなった。
……まさか実の父親が、第二王子による婚約破棄などという重大事件が起こることを自分に知らせてくれないとは、夢にも思わなかったのだろう。
「……ラン。紅茶が冷えたから新しく淹れ直してくれる?」
「承知いたしました」
震えるステラ様に言及せず、一息吐けるよう温かい紅茶を淹れ直してもらう。
急かすことなく、彼女が復活するのを待つ。幸いにして、温かい物を胃に入れたことで持ち直してくれたようだ。
ホッと息を吐いてから、宰相閣下のフォロー……というわけではないけれど、私が耳にした事実を述べていく。
「えっとですね、どうやらそれは国王陛下からディオ王子殿下に対する課題であったみたいでして」
「……国王陛下が、ディオ王子殿下に……?」
「『思い直してステラ嬢との婚約破棄を中断すればまぁ良し』、『ステラ嬢と結婚することのメリットよりデメリットの方が大きいと周囲を納得させられればそれはそれで良し』、みたいな感じで」
前者は実行前であれば罰も何もなく、後者はキッチリと筋を通しているのでそれはそれで問題なく。
ステラ様は「……なる、ほど?」と理解の色を見せている。うんまぁ確かに、この二つのどちらが選択されていたとしても、理解は出来る。
しかし現実は、全く理解の出来ない、したくもない、斜め下の方向へと転がって行った。
「それをあろうことかあのアホボン、上層部への根回し一切なし! ステラ様にないことないこと冤罪を積み上げて! よりにもよって公衆の面前で! 王国内において最も理性で動くべき王族が感情だけを振り回して法を犯し! 赤点落第どころか退学まっしぐらコース!!」
今思い出しても怒りが湧いてくる。
やることなすこと全て間違いを踏み抜いていって、王族どころか人として失格だ。これが狩人相手だったらぶん殴れたのに、王族という地位が邪魔をする。
「アホボンには何の沙汰が下されても自業自得として、盛大に巻き込まれたステラ様があまりにも不名誉! なので、事が起こるまで静観しているのと引き換えに証文をもぎとっておいて、可能な限り貴女の名誉回復が出来るよう大げさに行動させていただきましたが……私程度の無名貴族がやったところでどれだけの効果があったことやら……」
……うん? あれ?
普通に考えれば、国王陛下とてステラ様をフォローするための何等かのアクションを用意していたはずだ。現に近衛騎士が配備されていたわけだし。私は交渉の権利として証文を得たけれど、場を上手く収めろという指示は受けていないのだから。
何度も言っているけど、私は無名貴族なのだ。その影響力なんてたかが知れている。私が動くより、国王陛下に任せた方が良い結果になった……のでは……?
……余計なことしちゃった……?




