05 魔の領域
一口に魔の領域と言っても段階がある。
辺境伯領の目の前にあるが、広大すぎて全容を把握しているものは誰も居ない。把握しようにも絶えず溢れる魔物によって邪魔をされる。私は知ろうと思えば知れるけど、機会もなく忙しいので今は知らない。
まず辺境伯領に接する一番手前の灰色の平地。ここは初代当主が魔物たちを大量に焼いた灰が降り積もって出来た平地と言われている。だから灰の大地などと呼ばれるようになった。ここに現れるのはほぼ小型の魔物で、狩人たちの小金稼ぎの場である。
ぽつぽつと薬草が生えているだけの、特に旨味もないがそこまで危険でもない緩衝地帯だ。ただ、奥地のもっと強力な魔物が溢れてくる時があり、それが魔災(の一種)と呼ばれる。
平地の次は森だ。この森の木は真っ直ぐに生えず、捻じれている物が多い。魔の領域全域に色濃く漂う魔素――魔法使用時に必要な燃料。漂っているものを魔素と呼び、体内に吸収されると魔力と呼ぶ――を吸収することで形状がおかしくなっているらしい。しかし木の見た目とは裏腹に、食用可で美味しい森の恵みも多い。ただ魔の領域の物は全て魔素濃度が高く、下手に摂取すると魔素中毒になるので注意が必要だ。
森は奥地に行くほど大木が密集し(日光とか土の栄養とか関係なく魔素で育っているらしい)、鬱蒼とし、不気味になっていく。森を住処とする魔物も奥地に行くほど群れの数が増えるか、先鋭化して強力になるかのどちらかとなる。強力な魔物ほど群れないおかげで辺境伯領は存続しているとも言えるだろう。ワイバーン? あれは魔の領域の魔物のランクでは中の下くらいだ。もっと強力なのは姿を見せないだけでゴロゴロ居る。
そして森の奥は峻厳な山が連なっている。一体一体がワイバーンとは比べ物にならない強力な魔物――有名どころだとドラゴンが住処としている。ここまで来るとかなり魔素が濃く、普段から慣れていない者は魔素中毒による行動不能に陥ってしまう。狩人たちも森の中ほどまでしか踏み込まず、人跡未踏の地などと呼ばれているけども、人が来ないからこそ希少価値の高い素材だらけなので、私は時間のある時に足を運んではお金にしている。お金はなんぼあってもいいからね。
まぁ私もこの辺りはそんなに知らないし、辺境伯家に残されている資料にも載っていない。秘境と言ってもいいだろう。
そして、山の向こうには何があるのか――ちょっとばかりワクワク感がないでもないけど、全部時間がないのが悪い。スローライフとか憧れる……。
「ワイバーンは……あれか」
巨木の頂点の枝に立ち、空を眺めるとそれらしき影が見えた。警戒装置は正常稼働中、っと。
今回私が転移魔法で移動したのは、森林部の中央よりちょい手前側。一般人であれば来るのにも時間が掛かるけど、転移であれば一瞬で楽だ。時間が掛かるからこそ、魔物たちが領地に到達するまでに時間があって、軍部で迎撃準備を整えつつ訓練としゃれこんだのに、本当に間が悪いったらありゃしない。
「ステラ様をお待たせするわけにはいかないから、サクサク殺らせてもらうよ」
平和に育った元日本人の記憶を持ってはいても、魔物と暴力で溢れるバイオレンスな領地で十五年も生活すれば魔物を殺すことに忌避感もない。むしろそんなものを持っていたらこっちが死ぬ。それはごめんだ。
私はワイバーンたちの額に魔力で目印を付け、右手を鉄砲のように形作って構える。
指先に魔力を込め、極小の魔法陣を展開。爪ほどの小さな円錐状の魔力弾を形成し――
「射出――!」
私の指先に生まれた魔力弾が、マーカー目指して一瞬で走り抜ける。摩擦で熱を発して尾を引き、雷が天から地へと落ちるかの如くワイバーンの額を穿った。ドォン――と衝撃波で森が揺れる。
ワイバーンとて、頭(もしくは心臓)を貫かれては生きてはいられない。悲鳴を上げる間もなく絶命して落ちていった。
「よし、上手くいったな」
魔法の練習も兼ねて適当に魔物を倒すことも多いけれど、最近は『如何に傷を付けずに倒すか』を模索していた。何故ならその方が高く売れるからだ。ワイバーンは私からすれば一撃であっても、その鱗は強靭で、爪も牙も骨も武具の素材となってくれる。内臓は薬となり、肉だって食べられる。魔素中毒の問題もあって、やはり摂取には注意が必要となるけどね。
小さな穴一つで仕留められるとなれば、もはや全身が素材だ。いくらで売れるか今から楽しみである。
……もちろんステラ様のことも忘れずに、私はさっさと残りのワイバーンを倒していくのだった。
ワイバーン八体を空間収納で収納して解体場まで運びこみ、服に汚れが付いていないか確認してから執務室へと向かう。
「ただいま戻りました」
ノックをして扉を開けると、まず見知った二人が目に入る。先ほど入口前で会ったランと、彼女の双子の兄であるレンが居た。レンにも人手不足で業務を色々とお願いしているので、執務室に居るのはわかっていた。
そして、どうやら怒ってはいないと思われるステラ様が中央テーブル前のソファに座り、侍女さん共々、私が作ったチョコを食べているところで――
「って、ちょっとラン! なんでチョコ出してるの!?」
「クロノア様が一番良いお菓子と仰いましたので」
「試作品だよ!?」
「私はこれ以上に美味しいお菓子を存じ上げません」
「えぇ……全国のパティシエさん泣いちゃうよ……」
チョコは今世には存在していないお菓子で、私が前世知識を元にお試しで作っているところだった。確かにチョコは前世でも大人気のお菓子だったけど、まさか試作途中の物が一番良いお菓子として提供されるとは思わないじゃん……? いやこれは他の味をあまり知らないだけかな。もっとお土産買ってきてあげよう。
幼馴染の感覚に悶々としながらステラ様の対面に座り、私にもスッと出された紅茶を飲んでいると、ステラ様から疑問の声が上がる。
「試作品、とは?」
「えっと……その、すみません、この茶色いお菓子……チョコレートというのですが、これはまだ開発途中なんです」
ランとの意識のズレで未完成の物をお出ししてしまって申し訳ない……という気持ちだったのだけれども、そことは違う場所に引っ掛かりがあるようで。
「もしや貴女自身で、ですか?」
貴族であればお抱えの料理人が居るから、普通は手料理なんてしませんよねぇ。まぁ手料理が趣味の人も居るかもだけど、料理は基本的には下働きの仕事とされている。宮廷料理人レベルになると誉れとされているらしいけどね。
うちにだって料理人はいるけど、料理人が知らない前世のお菓子なのだから私が作るしかない。レシピを教えて自分は見守るだけ、とかは面倒なのだ。
「そうです。故郷――じゃない。えーっと……甘い物がどうしても食べたくなりまして、衝動的に」
おっと、前世のことを口走りかけてしまった。
特殊能力のことは私に近しい人は知っているけれども、前世の記憶があることは誰にも言えていない。……理由はただ、何となくだ。
私が誤魔化したのはステラ様も気付いたようだけど、追及される前に侍女さんから質問が出てくる。
「口を挟んで申し訳ございません。辺境伯閣下、こちらのお菓子をどこかの商店に卸す予定はおありですか……?」
……つまり購入したい、と? 貴族令嬢に仕える侍女であれば、美味しいお菓子などいくらでも知っているだろうに……まさか本当にこの試作品チョコがそこまで美味しい物扱いになるの……? 本物を知っている身としては複雑というか、王都の食文化が心配になってきたというか……。
心境はどうあれ、私は首を横に振る。別にいじわるしたいわけではない。
「私としても皆が気軽に食べられるようにしたいところですが、いかんせん材料となる果実が魔の領域の奥地にありまして。供給源が実質私一人で、市場に流通させるには量が全然足りないんですよねぇ」
「えっ……魔の領域の……?」
おっと、ステラ様の顔が曇った。……説明もなく魔の領域産の物を食べさせられれば警戒もするか。皆で普通に食べていたから失念していた。レンなんて以前『これがあれば生きていける……』などといかにも中毒っぽいことを言っていたけど、実際の中毒症状とは違うのでスルー。いや、仕事で酷使している私が悪いか。ブラック、ダメ絶対。
ともあれ、これは安全が保証された物であると、信用を得なければ。どのみち彼女には打ち明ける気ではいたので丁度いい。
真面目な顔を作り、ステラ様と向き合う。
「改めて名乗りますね。私はアッシュフィールド辺境伯家の当主にして領主を務める、クロノア・ノクス・アッシュフィールドです。とはいえ家名はあまり慣れていないので、どうぞクロノアとか、クロとか、ご自由にお呼びください」
私の名乗りに、ステラ様と侍女さん、二人ともが息を呑んだ。




