07 新人研修
「野外基礎訓練……ですか?」
「はい。うちの軍の新人と、狩人の新人と、合同で魔の領域の森林部で泊りがけで行う訓練があるんです」
魔の領域の森は広い。まともに探索をしようと思ったら普通は一日では終わらず、中で泊まる必要も出てくる。……まぁ私は転移でいつでも行き来出来るんだけども、それは例外として。
奥地に居る魔物を狩るだとか、奥地にある素材を採取するだとか、ずっと下っ端のままでいる気ならともかく、上を目指そうと思えば野営は必ず出来るようにしておかなければいけない。軍人だってただ領地で守るだけでなく、討伐対象の魔物とか、医療用の素材を探しに奥地へ入ることがあるし。
「冬で寒いのですが、大丈夫なのですか?」
「比較的、という言葉が付きますが、冬が一番安全なんですよねぇ」
冬に活発になる魔物だっているけど、どちらかといえば冬に見かけなくなる魔物の方が多いのだ。そりゃ凍死の危険もあるけれど、対策をしていれば問題ないし、仮に対策を怠ったバカが居たとしても、今回に限っては私が何とかする。
「二泊三日で私が監督役としてついて行くので、その日は朝のご挨拶には伺いますが、授業終わりのお迎えが出来ないのと、その二日後の授業後にいつも通りにお迎えに行きます、というご連絡を。久々のお休みを堪能してください」
「……わかりました」
思えば、授業終わりに仕事、休日も仕事、もちろん休憩時間は確保しているけれど、十代でこれは働きすぎだと思うんです。たまにはのんびり息抜きをしていただかないと。
「そういうクロノア様は、きちんとお休みしているのですか?」
「……まぁ私は体力がありますので」
もしもの時は栄養ドリンクもあるし……とは言わずにおいた。
軍の方は疲労を溜めすぎては危険なので強制的にシフト制にしているけれど、領地運営の方がシフトが組めるほど人員が居ないブラック状態である。つまり私も毎日絶賛お仕事中であり休暇とは程遠い。我ながら随分と体に悪いことをしている気がしないでもないけど、それは前世基準であり、今の体なら全然大丈夫なのよねぇ。若さだけでなく、必死に訓練してきたのがこういう点でも生きている。
「ステラ様も、身体強化がある程度出来るようになったら行ってみますか? 夏の間は森の中も涼しく、避暑にいいかもしれません」
気分はキャンプだ、などと吞気に考えたけれども、魔の領域という場所が悪いし、貴族のお嬢様が別荘で避暑ならともかく、森の中のキャンプなんて行かないでしょという考えが湧いたりもしたのだが。
「……考えておきます」
と、意外にも否定ではない答えが返ってきた。……ふむ、さすがにテントに寝袋は性能の良い物を取り揃えても見た目がアレだし(侍女さんに怒られそうである)、寝泊り用のコテージとかこしらえておくか……? さすがに考えなしの発言すぎたな。
予定日になり、辺境伯領の壁の外、指定した集合場所にて。
新人とはいえ軍人である、先日のトーイを含む五人はすでに準備は出来ていた。狩人の方は現在二人。事前情報で知ってはいたけど、やや珍しいことに女子だった。この辺境伯領では男も女もないのだけれども、軍人も狩人も男の方が割合が多いからねぇ。ひらひらと手を振ると、几帳面にお辞儀を返してくれる。
そしてあと三人来るのを待っている状態なのだが……。
「お、おまえ……!」
その残り三人が予定時刻をギリ過ぎたくらいで到着し、内の一人が、私を見るや否や指差しての発言でこれである。
んー……? 誰だ……? と男を睨みつけるようにまじまじと見(これだけで相手はたじろいだ)、何とか記憶の端から引っ張り出すことに成功する。
「あぁ。可愛い子に見境なく声を掛けた挙句に、反応すら出来ず気絶したクソ雑魚くん」
「な……っ!」
私がステラ様を初めて狩人組合にお連れしたその日に遭遇したナンパ野郎だ。自信満々だったくせに私の攻撃を避けられず耐えられず、クソ雑魚と言いたくもなる。
いやしかし、ちゃんと狩人を続けていただけでなく、今日この日まできちんと生きていたとは。さっくり死にそうな愚か者だったのに。初心者研修でちゃんと叩き込まれたのかな?
噴火しそうになる男を、一緒に来た男二人が慌てて止める。パーティメンバーだろうか?
「やめろよロット! 今日の教官の話は聞いてるだろ!?」
「コラン、トルク、でもこいつがさ……!」
「いや特級相手に突っかかってんじゃねぇよ!」
「ぐぎぎぎぎ……っ!!」
二人がかりで諫められて何とかとどまっているけれど、顔がタコのように真っ赤でいつ墨を吹き出してもおかしくはない。……推定パーティメンバーの二人に思わず憐憫の目を向ける。『こんなんが一緒で大丈夫……?』と。
「いやその、こいつはケンカっ早いですけど、力はそれなりにあるんで……」
「ッス。俺たちも助けられてますし……」
弱いのに手が出るのが早いのはバカなのでは……? まぁいいや、今回は教官として来たのであってケンカを売り買いしに来たわけではないのだ。手を出してきたらもちろん倍以上にして返すけど、野外基礎訓練を受けさせても大丈夫だと組合長が判断したのだからちゃんとやろう。……私に矯正されることを期待して送り出したってオチじゃないといいんだけど。
ともあれ、予定の人員はそろった。時間も無駄にしたくないし、行くとしよう。
「それじゃあ各位、森の入り口まで身体強化をかけて走って移動するよ」
と指示を出したら、早速突っかかられた。件のロットとやらだ。
「は!? こんな荷物持って走るとか、体力を無駄に使わせるんじゃねぇよ!」
今回は森での泊りなので、彼らは全員大荷物を背負っている。これが軍事行動であれば小型の魔法鞄を支給して身軽にさせるし、目的の森に入る前から体力を削るべきではないという意見にも納得出来る。だがこれは訓練なのだ。
「これも訓練の一環なんだけど?」
「だ、だとしても、おまえ一人だけ手ぶらな状態とかせこいだろ!」
私はいつも手ぶらである。だって空間収納があるのだから。とはいえ、不公平であると言われれば一理ある。今も(というかほぼ常時)私は魔力で負荷をかけた状態なのだけど、そうと知らなければわからないものだし。
「新人たち、適当に三人……私が指名するか。サム、ネス、アサト、荷物を降ろして」
「? 了解です」
「私がそれを背負っていくから、きみたちは代わりにこれでも付けて」
私は魔法鞄から出す振りをしてごまかしつつ、空間収納から適当な重りを三人分取り出して渡す。そして代わりに三人分の荷物を担ぐ。直接重りを私が付けないのは、わかりやすい見た目にするためだ。
「ハンデ付きで文句は言わないよな?」
「ぐ……っ」
男二人がハラハラとしていたが、ロットは歯噛みをするだけで手を出してはこなかった。この程度でキレられても困るけれども。
「さて、トーイ。いつもの訓練の時と同じくらいのスピードで先導してくれる?」
「了解っす! みんな、出発するぞ!」
「おう!」
新人たちは元気よく応答し、狩人たちも言葉はないが走り始めた。先頭をうちの新人たち、後方を狩人たち、最後尾を私が付いて行く。
さすがに三十分程度では誰もバテやしなかったけれども、一時間を越えた辺りから怪しくなってきた。うちの新人たちはいつも訓練で走らせているせいかまだ余裕だけれども……狩人たちがそろってフラフラし始めている。運が良いのか魔物に襲われこともなく、ただ走っているだけなのに。
鍛え方が足りないなぁと生温かい視線を送らざるをえなかったけど、とりあえずロット含めて全員脱落することなく森林部まで到達出来たからヨシとしますか。汗すらろくにかいてない私を化け物を見るみたいな目で見てきたけど、失礼だな。




