06 訓練中
「はああああっ!」
「……っ」
ドン!と、重く、固いもの同士が激しくぶつかり合うような音が響く。
その音を発しているのは、私の拳とアヴィの手のひらなのだが。見た目と音の乖離で脳がちょっとバグりそうな光景だ。
武器無し、攻撃魔法無し、身体強化のみでの殴り合い……もとい訓練中である。
「まったくもう、綺麗に受け止めてくれちゃって!」
「割といっぱいいっぱいであるのだがな……」
拳を受け止められ、そのまま体を無理矢理捻っての一回転からの後ろ回し蹴り。これも受け止められる。蹴り上げた足を地面を打ち抜くように降ろすが寸でのところで避けられ、体重を乗せて体当たりするがビクともせず、岩にぶつかったような感覚がした。いくら外見は人のようであっても実態は神獣、重さが全く違うからだ。強化具合が似たようなものならどうしたって私の方が負ける。
「おっと」
横から拳が襲い掛かってきたので、後ろに跳んで距離を取る。再度飛び掛かっては拳と蹴りを様々な方向から繰り出してみるが、どれもアヴィにクリーンヒットすることはなかった。逆にアヴィの攻撃が私に当たることもなかったが、ヒヤリとしたシーンは何度もある。
「ねぇ、なんか上手くなってない?」
「おかげさまで人間形態にも慣れてきたのでな」
慣れで済ますには習熟が早い。元が人間だから体の動かし方を思い出しつつあるのか、アヴィの素質が高いのか……。まぁ私とてきちんと格闘を習ったわけでもなく、中途半端に世界書庫で知識を得てからのほぼ我流なので、洗練されているわけでもないのだけれども。おそらくその道の専門家なら攻撃を当てることは出来ただろう。
さて次はどうするか……と思考を巡らせたところで、横の方からドサッと音がした。目線を向けてみれば……今年入ったばかりの新人が尻もちをついていた。もちろん私たちの訓練の余波とかではなく、彼ら自身の訓練の結果である。
ここは領主館敷地内にある訓練場。兵士たちが等間隔で立っているが、当然ただ突っ立っているわけではなく、身体強化にひたすら全力で魔力を注がせる訓練の途中である。武器の取り扱いも魔法の習熟も大切だけれども、まず第一にベースの肉体あってこそだからね。
「ほら立てー。意識があるならまだ限界じゃないぞー」
「は、はいぃ……」
へろへろと立つ新人を眺めながら、私は自分の訓練をいったん一区切りとした。自分の体の調子を確かめつつ、アヴィへと疑問を投げかける。
「思ってたより全然強いね?」
「……普通に考えて、一般的な人間が我らの肉体強度に敵うと思うのか?」
まぁそれはそう。でもわざわざ『一般的』と付けたからには、私は一般的じゃないと言いたいのだろう。
「我の武器は黒炎や黒雷を始めとした魔法にもあるが、一番の武器は肉体強度だ。全てを壊す拳と、全てから守る鱗と、それさえあれば何が相手だろうと勝てる……と思っていたのだが」
アヴィはすごい恨めしそうな目をして私を見る。そんな目で見られても困るんだけど?
「拳はご主人の絶対防御に遮られ、自慢の鱗も絶対防御に斬り裂かれ……今でも信じられぬわ。というか、盾を拳に纏うだけならともかく、飛ばして斬撃にするってなんなのだ!?」
「なんなのだと言われてもなぁ」
私の脳内にそんな用法が引っ掛かっていたのだ。おそらく大元の発想は前世のマンガやらなんやらだろう。物語の世界は何でもアリだったからねぇ……私の魔法創造と組み合わさればそりゃ応用も出来るだろう。惜しむらくは私自身の発想の貧困さか。
「私の絶対防御もアヴィの攻撃で結構壊されたんだから、ゴリ押しでもいけたんじゃ?」
名前からしてなんでも防げそうだけれども、実際のところは魔力依存のものすごい丈夫な盾ってだけだからねぇ。なんでも防げるなんて、そんな前世の物語にあった概念すら塗り替えるようなのは無理…………たぶん。
「人間の魔力量で防げるのが驚きなのだが……ご主人なのでそこはさておき。……翼を斬られて驚いている間にゴリ押しされたからのぅ……」
「斬られたぐらいでビックリするって、戦闘経験足りないんじゃないの?」
「むぐ。我と『戦い』になるような相手が早々におるわけなかろう……」
それはそう。神獣レベルがあっちこっちで戦っていたら地形が変わってしまうわ。これはこれで生まれながらの強者の弱点なのかねぇ。
「まぁいいや。久々にちゃんと体が動かせた気がするし、また適当に付き合ってよ」
「……承った」
なにやら渋々という顔をしているけど、契約の強制力が働いているわけではない。面倒なので細かい意志まで縛っていないし。
私としても、全力を出せる訓練相手は貴重なのだ。自分がハズレ値なのはこれでも理解している。しかしアヴィ相手に苦戦した……そもそも軽症者数名で済んだのはただの幸運だろう。場合によっては死者が出てもおかしくなかった。それをただの幸運で済ませるわけにはいかないので、もっと研鑽を積む必要がある。私という個に頼らずとも安定してやっていける領地を作るのが理想だけど、それはそれとして大きな災害のような魔物を相手に出来るようにしておくに越したことはないからね。努力を怠っていざという時に泣きたくないのである。
さて、と意識を切り替えて、私は団長の前に立つ。
「今日の強化チェックいくよー?」
「……よろしくお願いします」
強化チェックと言っても大したことではない。単に、ちょっと強めに私がぶん殴るだけである。ちなみに私が考案したわけではない、彼らの自発的なものだ。
拳を握りしめ、団長の腹へと一撃。ドムッ!と鍛え上げられた腹筋を殴る(先ほどに比べれば普通の)音がした。
団長は小さく呻き声を上げ、一歩後ろへと下がったが、倒れることなく耐えきった。さすが団長にして一級狩人相当の実力の持ち主だ。……アヴィに言わせれば「まだまだ」らしいけど、そりゃ神獣と比べましたらねぇ。
「ふむふむ、前より強化度が上がってるね」
「……あ、ありがとうございます」
「もう一段階威力上げて試す?」
「…………よろしく、お願いします」
逡巡した後に頷いた。真面目だねぇ。いいことだけど。
そして私はご要望に応えて一段威力を上げて殴ったら……吹っ飛んだ。ありゃ。後ろからアヴィの「うわぁ……」って声が聞こえたけど無視だ。
意識は残っていたようで、団長は腹を押さえながらよろよろと起き上がる。私は鬼ではないので魔法で治癒をしてやった。
「申し訳ない。まだまだ訓練が足りず……」
「まぁ、うん、頑張って」
本当に頑張ってもらわねば、辺境伯領民が困ることになるからね。わざわざハッパをかけずとも、ここの領民たちは強さに貪欲だけども。
私は続けて小隊長たちの強化チェックを行う。二名が転がったけど、これも前回よりマシになってるのでひとまずヨシ。みんな勤勉でなによりだ。
そして私は、最後尾で顔を青くしている新人たちへと声をかける。
「きみたちもチャレンジしてみる?」
「え、いや、その……」
「さすがに威力は弱めるから大丈夫。もし耐えたら特別に夕食の肉を増やしてあげよう」
それでも大半の新人は首をブンブンと横に振ったけど、一人だけ果敢に手を挙げた新人が居た。
「お。きみは確か、トーイだっけ?」
「はい! 当主様に名前を覚えていただけて光栄っす!」
「そりゃ一緒に働く仲間の名前くらいは覚えるよ。んじゃ、準備はいい?」
「うっす!」
フンと力を入れて立つトーイに、私はかなーり手加減をして殴ったのだが。
「ぎゃあああああ!?」
……ものすごい勢いで転がっていってしまった。また後ろからアヴィの「うわあぁ……」って声が聞こえたけど、私ワルクナイ。
一瞬、しーんとした静寂に包まれる訓練場。私はコホンと咳払いをしてごまかす。
「あー、うん。各自、精進するように。それでは身体強化をしたままの格闘訓練を始め」
「「「はい!」」」
……かわいそうだし、勇気に免じてちょっとお肉増やしてあげるか……などと思いながら、私はトーイの治療を治癒してやるのだった。




