05 事務仕事中
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「家宰殿、こちらは今月の警備記録になります。ご確認いただけますか」
「ありがとうございます。お疲れ様です」
領主館執務室において、私は中年の男性――領主館に残った数少ない大人の事務員の方、サイラスさんにお礼を言いながら差し出された書類の束を受け取ります。
ペラペラと書類を確認し、その中でもやはり魔物の出現の多さに眉をひそめてしまいました。
「本当に、魔物が多いですね……」
「そうですか? これくらいは普通……あぁ、家宰殿は王都出身でしたね。それではさぞ多いと思うことでしょう」
この辺境伯領は魔の領域と接していることもあり、ほぼ毎日魔物が出現するのです。王都では考えられないことでした。クロノア様の作成した警戒網のおかげで、その大部分は狩人の方や軍人の方が壁の外側で倒してくださるのですが、偶に通り抜けてやってきてしまうとのこと。この領内においては一般領民の方もある程度鍛えていらっしゃるので、大事になることは現在はあまりないとのことですが……。
「怪我人も多数……この方たちは大丈夫なのでしょうか?」
「えぇ、ピンピンしております。いやはや、当主様のおかげで三年前から被害が大きく減ってありがたい限りです」
クロノア様のテコ入れで被害者が減ったのは書類上で知っていますが、こうして当事を知る方からしみじみと言われるなら相当に大きなことなのでしょう。その割には領主館から大半の大人が逃げてしまったとのことですが……。
そういえば、このサイラスさんは残ったのですよね。ふと気になって尋ねてみますと。
「うちの息子が当主様に助けていただきましたので。息子の恩人で、息子と大して変わらない年の子を置いていくのは、いくらなんでも大人として駄目でしょう。付け加えると、息子が当主様の大ファンになってしまいましたし」
「……ファンである軍のやつらを除けば三人しか残らなかったけどな」
「……駄目な大人が多くて申し訳ないねぇ」
横で作業をしていたレンさんの突っ込みに、サイラスさんが頭を掻きます。
領主館で働く人間の多くは貴族籍ではないとはいえ、自分の職責を放棄して逃げるのは許されない……と言いたいところですが、外様である私が口を出してよいところでもないでしょう。前辺境伯様がお亡くなりになったことが、どれほどの絶望だったのか私には想像も付きませんから。
……クロノア様がお亡くなりになったと仮定すれば頷ける話になってしまいますし。……想像するだけでも怖いですね。振り切るために、逸れた意識を書類へと戻します。
「修繕費の半額はこちらで持つのですね」
「えぇ。魔物災害は自然災害という位置付けではありますが、軍の者が対処出来ないのも責任の一端ではありますので。ただ財源が無限にあるわけでもなく、また自分の物は自分で守れという気風もあり、半額となっております。……まぁ過去には、半額で家の建て替えをしたくて、あえて魔物に壊させようとした阿呆もおりましたが」
「それは……どうなったのでしょうか?」
「もちろん、近隣住民の手で制裁を受けております」
王国法において私刑は原則禁止で、トラブルがあった場合は異議申し立てのちに裁判を行うのが通常ではありますが……この街の方々は大変元気なようで、殴り合いは日常茶飯事だそうです。王都や学院でも小さなケンカはよくあることなので、そう目くじらを立てるものでもないのかもしれませんが。
「軍の備品管理の方はどうなっておりますか?」
「のちほどお持ちいたします。家宰殿が合理的な手順と書式を作成してくださったおかげで楽になって、感謝しておりますよ」
「それは王都の軍のやり方を参考にしたものですので……」
「伝手がある、というだけでも便利ではありますね」
……宰相という伝手は確かに大きいかもしれませんね。しかも辺境伯領……というよりはクロノア様を重要視していますので、私のお願いしたことは大体叶えてくださいますし……。
「それにご存じの通り、うちは脳筋ばかりでして……ランとレンも頑張ってくれてはいますが、家宰殿の手腕で本当に助かっております」
レンさんも「それなー」と同意を零しております。
私が行ったのは、まず執務室の大量の書類の片付けと、今後仕事を行う際の手順をまとめて、いくつか効率化を提案しただけなのですが……クロノア様含め色々な方に褒められて戸惑いを感じてしまいます。
「自分たちでは日々の作業に追われるだけで、片付けどころではなかったので耳の痛い話ですね」
「……それなー……」
責めるつもりは全くなかったのですが……落ち込ませてしまったようです。
レンさんが持っていたペンをピッと私に向けてきます。……アンナに見とがめられてすぐにしおしおと降ろしたのですが。アンナはクロノア様以外には厳しいですからね……ただ彼女も行儀作法を少しずつでいいから教えてやってほしいと頼まれているらしいので、仕方のないことかもしれませんが。
「ステラサマ、クロサマと一緒なんす……なンですよ」
「同じ、とは?」
「自分が出来て当たり前のことを褒められると戸惑う? まぁ偉そうにされるよりはよっぽどマシなんすけど。その『普通』が俺たちにはスゴイことで、真似出来やしないんす」
つまり、感覚のズレ、ですか。
確かにクロノア様も、私の体を治してくださったりしていますが、それが『すごいこと』という認識は持っていらっしゃらなかったですね……。
なるほど、そのような点では私とクロノア様は似た者同士、なのでしょうか?
「まぁ、俺からあんまりあれこれ言うことでもないだろ……でしょうけども」
「いえ、構いません。気になったことはどうぞ仰ってください。特に私はまだこの辺境伯領の流儀に慣れていませんし……」
「……慣れない方がいい部分もめちゃくちゃあるすけどね」
「……すぐ手が出るところとか、特にね」
お二方が遠い目をします。さすがに私もその流儀に染まるつもりはありませんので……。
とはいえ、クロノア様が武力でもって軍の方々や狩人の方々から尊敬を集めているように、ある程度は私も強さを持ち合わせる必要があるのですよね……。今は体力作り程度にしか訓練に参加出来ておりませんが、そちらも頑張らなければいけませんね。アヴィさんに甘えて竜鱗がまとえればそれだけで済む話なのかもしれませんが、魔素中毒問題も道具で誤魔化しているだけで解決はしていませんから。
そうこう雑談を加えながら執務をしていますと、やがてクロノア様がランさんを引き連れて帰ってきました。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ」
クロノア様から視察の結果を、まずは口頭で軽く聞きます。特に大きな問題は発生していなかったようで、一安心です。……書類で細かい点を確認した時に、『大きな問題』の認識のズレが発生することもしばしばあるのですが。
「あとこちら、ステラ様にお土産です」
「……え?」
そういってクロノア様にお渡しされたのは、小さな宝石のような……魔石? 突然のことに目を瞬いてしまいます。
「それは辺境伯領に伝わるお守りのようなものです。実際には特に効果はないのですが……露店で見かけたのでつい買ってしまいました」
「お守り……ですか」
私はそれを明かりに透かしてみます。宝石そのもののような煌びやかさはありませんが、キラキラして綺麗だとは思いました。
それに何より……クロノア様からいただけたことが、とても嬉しかったのでしょう。思わず、笑みが零れてしまいます。
「ありがとうございます。大切にしますね」
……その光景は、他の方々に微笑ましいものを見るような視線で見守られていたとか。
ちょっと恥ずかしいですね……。




