03 一つの関係性
私の唐突すぎる発言にステラ様が息を呑んだ。……ごめんなさい。この国は前世で過ごした国ほど倫理観が備わっているわけではないのだけど、彼女は善人だからね……。しかし私はこの件に関しては後悔はしていないし、反省する点などないと思っている。……前世に比べて随分歪んだなぁと思わないでもない。
王国法にも思いっきり引っ掛かってる……と見せかけて、スラムの人間の戸籍管理をしてなかったことで、公的には人が死んでいないことになってるのよねぇ……。捕まりたかったわけでもないんだけど、世知辛い話だ。
「その男は、このスラムでめっっっちゃくちゃ嫌われていたボスだったという話で、彼女たちはもちろん、スラムのほとんどの住人から搾取していて。だから彼女たちはキレて報復をするでもなく、むしろ私に感謝してきまして」
「……あの時は本当に助かったわ」
「ねー」と相槌の声がたくさん続く。……人殺しを正当化するつもりはないのだけど、結果的に多くの人を救ったことにはとてもびっくりしたものだ。
「ムシャクシャしていたこともありまして、もののついでに色々と掃除をしまして。で、彼女――カリナねーさんにスラムの長を引き継いでもらいました」
「そういうこと。クロノアちゃんが当主になるどころか貴族になる前からの付き合いだけど、スラムの人間と繋がっていたことに引くかしら?」
繋がると言っても金銭の授受をしているわけじゃなく(私自身で稼げるので不要だし、逆に受け取ってももらえない)、スラム街の治安を維持してもらう代わりに彼女らの健康診断を行っていたり、変なのが居たら報告してもらうって程度なのだけども……繋がりと言えば繋がりか。
カリナねーさんの探るような問いに、ステラ様は……背筋を丸めることなく伸ばしたまま、目を見つめ返して言う。
「いいえ。過程はどうあれ、クロノア様が貴女方に手を差し伸べたことを責める気などございません。そして、領民と協力関係であることに悪いも何もないでしょう」
「人が死んでいても?」
「……何も知らない私が、殺さずに済んだはずだ、などとは言えないです……」
……私に遠慮をして、信条を曲げて無難な回答をしてやしないか不安になってきてしまう。何だかステラ様の善意に付け込んでいるようで、これはよろしくない。
ステラ様は婚約者なわけだし、この後特に問題がなければ……まぁその、結婚することになるのだし。私の過去のやらかしを伝えないままでいるのは不誠実なのかもしれない。国や家の利益込みの関係性ではあるけれど、私は手を貸してもらっている立場なので、誠実であるのは最低限の礼儀だろう。
ただそれはそれとして、カリナねーさんが突き付ける理由は……よくわからない。
「クロノアは、きっとお嬢ちゃんが思っている以上に苛烈よ? 貴族として守られて育ってきたお嬢ちゃんが耐えられるのかしら?」
「……その点に関しては、わかっているつもりです」
私はステラ様の目の前で神獣を殺しかけましたからねぇ……。人間相手だと余計に引き金が緩いと思われてても仕方がない。犯罪者相手ならその場で処罰可能な権力まで得てしまったのでなおさらだ。
やや目を伏せていたステラ様であるが、それでもやはり、背は伸ばしたまま。折れず、曲がらず。
「私が知る範囲において……と注釈が付いてしまいますが、クロノア様はいつも領民を守るために行動していらっしゃいます。自分よりも、誰かのために動くことを最優先にしている彼女を、どうして責められましょうか」
……。
なんだろう、自分のことを言われているはずなのに、自分のことではないような。茶化しているのではなく。
私はそんな高尚な人間ではない。ただ、『私が』失いたくないから、やっているだけなのだ。結果的に誰かを助けていても、結局は自分のためなのだ。それを褒められると、何とも言えない気分になってしまう。
すごい複雑な顔になっているのを、正面に座るカリナねーさんは気付いている。一瞥してきただけで笑いもツッコミもしなかったけど。
「……ま、優良物件であるクロノアを手放すような真似は出来ないわね」
「その側面があることは否定出来ません。国王陛下も私の父も推し進めているのですから。ですが……」
「ですが?」
ステラ様は一拍置いてから、はっきりと。
「他の方の思惑は関係ありません。私が、クロノア様をお支えしたいのです」
「…………力のあるクロノアを、力のないお嬢ちゃんが?」
「確かにクロノア様はお強いです。ですがそこではなく、別の部分において必要だと考えています」
「そういえばお嬢ちゃん、領地の運営能力を買われたんだっけ」
「……それもですけど……色々と」
……横で聞いている私は、色んな意味で恥ずかしい……!
真っ直ぐに、躊躇いもなく言い放つ内容と……先日に不覚にも泣いてしまった件を思い出してしまったのと。おそらく『色々』に含まれているだろうそれを濁してくれなかったら、私のメンタルが死んでるところだった!
今にもプルプルと震えそうになる体を抑えている私を、カリナねーさんは鼻で笑ってから背もたれに大きく背を預け、大きく声を上げる。
「だとさー。みんな納得したー?」
「うーん、仕方ないかなー」
「そうねぇ。そこまで言い切られたらねぇ」
急に弛緩した空気になるねーさんたちに、ステラ様だけでなく私も目を丸くする。えーと、これはつまり。
「一度やってみたかったのよねー。子どもが『この人と結婚したいです!』とか言ってきて、その相手を見定める親の役」
「えぇ……なにそれ……。てっきり、領主である私の代理にもなるステラ様と面通しをしておきたいって話だと思ってたんだけど……」
「それもある」
渋い顔をする私に対し、ステラ様は納得を見せたようで。
「なるほど。クロノア様、この方たちは本当に貴女のお姉さんなのですよ」
「え?」
「大事な家族によく知らない人間が近付いたら、心配の一つや二つ、したくなるものでしょう?」
「まぁねぇ。アタシたち、特に貴族とか嫌いだからねぇ」
緩いままグビとお茶を飲みながらも、カリナねーさんはなかなかに厳しいことを言ってくる。
「クロノアには悪いけど、アタシは前領主のことも嫌いなのよ。めちゃくちゃ強かったけど、それ以外は大雑把で、アタシらの生活まで見てなくて」
……まぁ、そんな感じはしてた。そして養父様が大雑把なのも事実だ。生活を見てないというよりは、見てる余裕がなかったという方が正しいけど……領民からすればどっちだろうと溜まったものではない。
「クロノアが貴族になったのもうわーって感じだったし、その上でさらに貴族のお嫁さんもらったってなったらねぇ?」
「いやだからまだ婚約者――」
「いつまでもうっさいわねぇ。スラムの娼館という異様な場で、見知らぬ人間に囲まれた状態で一歩も引くことなく、堂々と胸を張ってここまで言ってくれる相手なのに、アンタは何をぐだぐだ言ってるのよ。何が不満なのよ?」
あ、あれ? ステラ様が褒められるのはとても良いことだけど……私が怒られる流れになったぞ?
「お嬢ちゃん、クロノアにいじめられたらいつでもおいで。とっちめてあげるから」
随分と気に入られたのか、そうまで言うカリナねーさんに、ステラ様は何度か目を瞬いてから笑みを見せる。
「お気遣いありがとうございます。ですが問題ありません。クロノア様は私を守り、幸せにしてくださると約束してくださってますから」
「……クロノア、アンタそこまで言っておきながら……」
臆面なく言いのけたステラ様のセリフに、私に向けるねーさんたちの目線が生温かったり、鋭かったり、色んなものに変化していく。え、これ怒られるポイントなの……?
「そ、そこまでも何も、遠くて危険な辺境伯領で働いてくれるのだから、誠意を見せるのは当たり前だよね……?」
「「「……」」」
あ、今度は呆れられた……どうして……。




