02 スラムの長
ぐるりと走り終えて帰ってきた頃にはステラ様も起きていたので、軽く汗を流してから一緒に朝食を取る。普段は住人が私一人で寂しいものだから、屋敷の維持を手伝ってくれている子たちと一緒に食べているのだけど、ステラ様が居る時だけは『緊張するから……』と遠慮をされてしまっている。ステラ様はあまり気にしなさそうだけど、ご飯は落ち着いて食べられる方がいいか。
もぐもぐとバターをたっぷり塗ったパンを食べながら、今朝あったことを話題として挙げていく。夜のことはもちろん黙ってる。ステラ様は安眠出来たようで何よりです。
「……辺境伯領の方々はお強いのですね」
「強くなければ生きていけないってのもありますけど、後ろ向きよりは前向きに生活してもらえる方がうんと助かりますねぇ」
……十年前は割と殺伐としてたからなぁ。自分がどれだけ貢献出来たかはわからないけど、ここまで変わってくれてよかった。もっと活気付けるためにも、ステラ様の安心安全のためにも、防衛と治安維持を頑張らないと。
「あとは……魔物産業も気になりますね」
ステラ様が固目玉焼き(いつものメガコッコの卵から作られている)をジッと見つめつつ呟く。上品にフォークで切り分けて口に運び、少しばかり複雑そうな顔で咀嚼していた。……なんかごめんなさい。でも美味しいでしょう?
「私としても領地の特性を生かせるので力を入れたい部分ですが、いかんせん人手が足りなくて。ここ数年の死亡数は減って住人は微増していますけれど、外からの移住者がとても少ないですから……」
外から来るのなんて、大体が力に自信のある狩人たちだ。欲しい素材を取ってきてはくれるけど、領地の事業に手を貸してくれるわけがない。ケンカっ早くて騒動が多いけど、経済を活性化させてくれるありがたい存在ではある。
「あ、移住者といえば。レイギルお兄様が、辺境伯領に支店を出してくれる商人の方を推薦してくださるそうです。……その、変わり者だとも言っていたのですが、お会いしますか?」
「へぇ……それは興味があります」
ゴルドー商会が取り潰しになってまだ間もないというのに、随分と手の早いことだ。ステラ様は相談していたみたいだし、潰れる前からヤバイと想定して動いてくれていたパターンかな? シルバーレイン家の息がかかってる人員ということになるだろうけど……許容範囲か。たとえ変わり者でも推薦なら下手な人物を送ってくることはないだろうし、信用は出来るのだろう。そもそも辺境伯領民に濃い面子がそろっていることだしね……ウフフ。
「では、その予定でお話しを進めてもらいますね」
「お願いします。……で、その……こちらの方でも、ステラ様に会ってみたいと言っている人が居るのですが……」
「はい?」
私は、帰り道で会った人たちとの会話を思い出しながら、おずおずと切り出すのだった。
昼は通常の執務を行い、夕方。
辺境伯領民の朝は早いが夜も早い。この時間に活動するのは、夕食にありつこうとする狩人たちと、狩人たちを相手にする食堂や宿がほとんどだ。
冬だけあって日が間もなく落ちそうであり、街のそこかしこに魔道具の明かりが灯っているが全体を照らすには不十分で、闇が溢れ出す時間となる。
私はいつものようにステラ様をリノサウルに乗せ、いつもとは違い、大通りから外れて奥の狭く、暗い道へと進む。しばらくすると見た目からして柄の悪そうな大人がポツポツと現れ始める。……まぁ狩人にも柄の悪いのはいっぱい居るんだけどさ。
「あの……」
「私にケンカを売ってくるバカは居ないので安心してください。でも、まじまじと見るのは止めた方がいいです」
「……」
私たちが向かっているのは……いわゆるスラム街である。別に騙し討ちではなく、事前に説明をして、納得した上で来てもらっている。……侍女さんにはとても渋い顔をされたけど、私が護衛なので問題ないだろうと許してもらった。ちなみに彼女はお留守番だ。
薄暗い道を抜け、逆に明るくなってきたところで私は足を止める。目の前にはスラム街というには相応しくない……いやある意味で相応しい、大きな館が聳え立っていた。営業前なので明かりは少ないが、良く言えば質実剛健、悪く言えば質素な私の屋敷に比べても装飾品が多く、一見すれば豪華にも見える。
扉の前に立っていた見張りにリノサウルの手綱を預け、館へと入る。中は下品一歩手前くらいの濃い香の匂いが立ち込めており、ステラ様が鼻を覆った。
「匂いがキツイですか? 消臭魔法いります?」
「……いえ、大丈夫です」
ステラ様は顔から手をどけ、私の後ろをついて歩く。物静かで、あえて光量を抑えてある廊下をギシギシと軋む音を上げながら進み、突き当りの大きな扉を開けると。
「いらっしゃい、クロノアちゃん」
「やっほー」
「おひさー」
二十人は入れそうな大きな応接室に、多数の女性が集まっていた。誰もが美人といえる容姿で、艶っぽい薄着でくつろいでいる。だらしがないとも言う。まぁ部屋は暖かいので風邪を引くことはないでしょう。
ひぃふぃみぃと人数を数えて、私は目を丸くした。
「あれ……ひょっとしてみんなここに来てるの? 準備とか大丈夫?」
「そうよ。みーんな仕事の準備なんかより、あのクロノアちゃんのお嫁さんが見たいってさ」
「……お嫁さんじゃなく婚約者って説明したはずだけども」
「そんなのはアタシたちからすればどうでもいいのよ」
中心の、一際美人で、一番年長(……と言うと怒るのだけれど)の女性が笑いながら返事をする。私に向けたその笑みはすぐに鳴りを潜め、私の隣で固まっているステラ様を笑っていない笑顔で見つめる。
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。アタシのことは聞いているかしら?」
「……はい。このスラム一帯を取り仕切る長の方だと」
「それだけ?」
「いえ…………娼婦の方とも、聞いております」
……正直、会わせるのはちょっと迷った。だって本来ならステラ様と道が交わることのないようなタイプの人たちだ。あまり職業に貴賤があると考えたくはないけど、どうしたって明暗は出来る。とはいえ、この街で暮らしていくなら避けて通れない部分でもあるので、彼女たちの会ってみたいという要望でお連れした。
「ステラ様、今現在は貧困が原因でここで働いている女性は居ません。彼女たちは……まぁ、単純にお金を稼ぎたいとか、趣味嗜好とか、そういうので」
「そういう子たちは全員クロノアちゃんが連れ出しちゃったからねぇ。アタシたちは羽振りのいい狩人どもからお金を巻き上げるのが好きなだけよ」
ソファに座って、机を挟んでの改めての対面。出されたお茶にまず私が率先して口を付ける。ステラ様も同じようにお茶を飲み、目を瞬いていた。うん、意外……と言ったら悪いかもだけど、美味しいんですよ。高確率で狩人たちの貢ぎ物だけど。破産させるほどには毟り取っていない、はず。
他の女性たちが座った私たちを取り囲むようにソファの手すりに座ったり、後ろの背もたれ越しに覗き込んだりしてくるけど、ステラ様はチラと視線を向けただけで大きな反応はしなかった。
「えっと、ステラ様にはまず、なんで私が彼女たちと顔見知りなのか説明しますね」
「顔見知りだなんて他人行儀ね。一緒に寝たこともあるのに」
「――んくっ!?」
「そこ、わざと誤解を招く表現をしない! 子どもの頃にここに泊まったことがあるだけですから!」
慌てて弁明をする私を、みんなして楽しそうにクスクスと笑って見ている……おのれ!
キッと睨みつけてからコホンと咳払いをして。
「あー……まぁ、その、細かいことは、ちょっと、語れないのですが、昔になんやかんやありまして。……私は、ある男を殺害しました」
「――」




