01 平和な朝の始まり
「うぅーん……」
朝になり、体を起こして大きく伸びをする。カーテンと窓を開け、まだ弱い日の光を浴びながら空気を入れ替える。年が明けてから……いや実際にはもうちょっと前の、養父様が亡くなってから色々あったので時間感覚がおかしいのだけど、まだ冬なんだよねぇ。魔の領域の山岳部で雪が遮られてあまり降らないし、体を鍛えているせいかめっぽう寒さに強くなっているし、ちょいちょい忘れがちになってしまう。
ジャージに着替えて軽くストレッチをしてから部屋の外に出る。廊下をしばらく歩くと、朝からキビキビ働くステラ様の侍女さんが目に入った。今日は休日なので、先日からステラ様と一緒に泊まっているのだ。
「おはようございます、辺境伯閣下」
「おはようございます、アンナさん。布団には慣れましたか?」
「……意地悪でございますね。おかげさまで慣れました」
この侍女さん、実はうちに泊まって最初のうちは何度か寝坊をしましてね……私としては全然笑い話で怒るポイントじゃないんだけども。その寝坊した理由が、『寝心地が良すぎて寝過ごしてしまった』とかで。敷布団は弾力性、吸湿、放湿性のあるハイランドゴートの毛皮を使用しており、掛布団はグリフォンの羽毛に加えて火炎鳥の羽毛も混ぜ込んでいるので、軽いだけでなくポカポカ空気を逃さない。我ながらよく出来たセットだと思っている。あまりに寝心地が良いとかで、ステラ様の寮でも使えるようにプレゼントさせていただいた。……どこぞでは新婚に布団を贈る風習があるらしいけど、まぁそこはどうでもよし。
「辺境伯閣下は今朝もお早いですね。昨夜も警報で起こされてしまいましたのに」
「おや、聞こえてしまいましたか、すみません」
悲しいかな、索敵網からの警報はほぼ毎日と言っていいくらいに発生するのである。それも、朝昼夕夜お構いなしだ。昼行性の魔物も夜行性の魔物も居るからめんどくさい。この屋敷の私の部屋には領主館同様に受信装置を置いてあるので、それが漏れ聞こえてしまったようだ。音量をもうちょっと下げるか……。
「たまたま起きていただけですのでお気になさらずに。昨夜も、その、大したことがなかったのですよね……?」
「まぁそうですね。クラウドバットが百匹ちょい湧いた程度なので、問題なく終わりました」
「……そうでございますか、よかったです」
侍女さんが何やら言いたそうな顔をしているけど、本当に大したことはなかったんですよ……? 軽傷者が数名出ただけで済んだので。
「朝の見回りに行ってきます。何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
侍女さんにも通信用イヤーカフは支給しているからね。まぁ彼女からの通信が来たことは今まで一度もないんだけども。
他の掃除係の子やキッチンで食事の用意をしてくれている女性に声を掛けてから、日課の見回り兼ジョギングに出発する。魔法で重くしているので、訓練の一環でもある。
まずは大通り沿い。店舗の方は閉まっているが、朝ごはんを提供する露店が立ち並んでいる。労働者たちや狩人たちがたむろしており、朝から大変活気がある。活気がありすぎてたまにケンカも起こるんだけど……今日は平和らしい。
「おはよー」
「よぅクロノア」
「おっす、この前はお疲れぇ」
「クロノアちゃん、これ持って行きな!」
挨拶を交わしながら人混みをすり抜けていると、今日もパンを並べているマルさんからリガの実をそのまま投げ渡された。りんごみたいな味がする、程よい酸味と甘さ、シャキシャキ感が美味しい果物だ。走ってる最中は対価を支払えないんだけどなぁ、と苦笑しながらもありがたくいただき、齧りながら走る。
狩人組合のある十字路を抜け、職人区へと向かう。まだ朝早いため小間使いたちが忙しなく荷物を運んでいるくらいなのだが、もうしばらくすれば炉に熱も入り、カンカンと金属を叩く音が聴こえたり、職人たちの怒号が聞こえたりするようになる。場所柄、特に武器防具の生産が盛んだからね。
「おっ、クロノア、またドラゴン狩ったんだって?」
「まぁねー」
「素材が手に入りやすくなれば万々歳だからな、もっと狩ってくれガハハ!」
うーむ、ドラゴン(アヴィのことだ)に襲撃されたばかりだというのに、元気なものである。人的被害がほぼないからってのもあるだろうけども。怯えて縮こまるよりは全然良いことだけどね。
その隣の宗教区。ここはいつも静かだ。そもそも宗教関係者が少ないからね。どうしても脳筋になりがちで、あまり神に頼ることをしない領民性でして……。ただこの辺りに大きな孤児院があるので、朝ごはんの時間が終われば賑やかになることだろう。
「これは領主様、おはようございます」
「おはようございます、司教様」
おっと、ばったり司教様と遭遇してしまった。この人はいい人だから顔を合わせたくないというわけじゃないんだけど……聖女様の件もあって、いつか神の加護がバレないか対策しててもひやひやしてしまうのである。
「この度はドラゴンを退治してくださり、ありがとうございました」
「いえいえ、領民を守るのも私の仕事ですので。孤児院の子どもたちは大丈夫でしたか?」
「問題ありません。むしろ領主様の武勇伝を聞きたがっているくらいです」
「あはは……またそのうち、お菓子を持っていきますね」
うーん、図太い。さすが辺境伯領民。
ぐるりと回って農業区。この時期は主に根菜類を植えた畑と、収穫にはまだまだだけど芝生のような小麦畑が広がっている。収穫をしている農家さんたちから手を振られ、手を振り返しながら走る。ここも問題なさそうだ。敷地が広いのでペースアップをして走り抜ける。
その近くに畜産区。普通の家畜だけでなく、魔物も試験的に飼育しており、脱走や暴走防止用に柵がちょっと物々しい。……などと考えている側から、騒々しい足音が聞こえてきた。見ると、ホーンカウが柵から出て爆走している。
「待てーーー! あっクロノアちゃんちょうどいい、その子止めてーーー!!」
「はいはい」
飼育員の女性、ハナエさんの要請に応え、私は走るホーンカウの正面に立ち、ぶつかる寸前、タイミング良く潜り込んでその巨体を上へとすぽーんと放り投げる。もちろんそのまま放置してたら落ちて傷付いてしまうのでキャッチしてやるのだが。それでゴロンと地面にひっくり返す。
「落ち着いたー?」
「……ブモ」
「クロノアちゃんありがとーーーーー!!」
ぜぇはぁと息を切らせてハナエさんがやってくる。この人も進んで私の研究(という名の思い付き)に付き合ってくれている人だ。代々の畜産家の人で、その知見を活かして魔物飼育もやってもらっている。
「何か問題ありました?」
「いやー、ちょっとお気に入りの場所を巡ってケンカしちゃってさぁ……」
「怪我人は?」
「大丈夫大丈夫。みんなその辺りは心得ているから」
大きな問題じゃなかったようでホッと一息吐く。私の思い付きでやってもらってるのに、大怪我をさせてしまっては申し訳ない。ちょっと凹んだのが伝わったのか、ハナエさんはバンバンと私を叩いてくる。
「本当にいいのよぉ。結構楽しいし、何よりお金になるからさ!!」
「……だったらいいんだけど。何か困ったことあったら遠慮なく言ってね」
「クロノアちゃんこそ、美味しそうな商売のタネを思いついたら教えてね!」
うーん、図太い。さすが略。
脳筋だらけでげんなりすることもあるけど、誰もが強いからこそこの辺境伯領はやっていけるんだなぁ、と改めてしみじみ思うのであった。
地理関係微修正してます。魔の領域は南じゃなく北(もっといえば北から東)です。脳内で北にあったのに何で南って書いてしまったのだろう…




