02 棚からぼた餅
「えぇ……」
ステラ様(と侍女さん)をお出迎えして執務室に送り届けようとする途中、妙な空気を感じて練兵場を覗いてみれば……死屍累々。
私はただ一人、立ったままの下手人へと胡乱な視線を向ける。
「アヴィ、これは何?」
「何と言われても。訓練の相手をしていろと言われたので、相手をしただけだ」
しれっと答えるアヴィに、私はこめかみを押さえた。……まぁ、そうね。みんな伸びてるだけで、死んでないからね。アヴィ自身は息を乱すどころか、メイド服すら乱していない。
「とりあえず実力を見せてもらおうと思ったのだが……想像より弱かったな」
「「「うぐっ」」」
あ、聞こえる範囲に居た兵たちがダメージ受けた。でもさすがに神獣と比べられたら、ほとんどの人間は弱いとは思うのよねぇ……私がハズレ値なだけで。
「ご主人が率いているのだから、もっと強者が居るものかと思っておったぞ」
「……そりゃすみませんねぇ、ちゃんと育成出来てなくて」
養女になって、色々暴れたおかげで強さという信用は得られて、そこから指導をしたり、あれこれ道具を用意したりはしていたけど……養父様が病気で倒れてからバタバタしてあまり出来ていなかったとは思う。最近はステラ様のおかげで少し余裕が出てきたというのに……私の怠慢か。
ぽりぽりと頭を掻いていると、倒れている中で一人だけ――団長が起き上がり始めた。とはいっても膝立ちが精いっぱいのようだけど。
「当主様、申し訳ない。俺たちが不甲斐ないばかりに当主様の格を下げた」
「いや、謝らなくていいよ。私の格なんて気にしなくていいから。もしうるさく言ってくるなら殴っておくから」
「ぐぬ。わ、我はそこまでは言っておらぬ」
私に殴られまくったのが結構尾を引いているのか、アヴィがおなかを押さえている。……まぁおかしなことをしない限りは早々殴りませんよ。多分。きっと。
「まぁ練度に関しては今後の課題として。可能ならたまに相手してやってよ。怪我は……させてもいいけど、一方的に蹂躙するような身にならないやり方はノーで」
「ふむ、承った」
倒れている兵たちから呻き声が上がったけど、聞かなかったフリである。アヴィ自身の力を大っぴらに借りるのはアウトだけど、キミたちが強くなるのは願ったり叶ったりですからね。あと、いい加減起きなさいよ。
「そちらの銀の娘の方はいいのか?」
「……え、私ですか?」
軍人ではなく、ただ聞いているだけだったステラ様が急に水を向けられて目を丸くしている。
「話が唐突すぎる。でもその前に、まずきちんと名前でお呼びしなさい」
「……む、申し訳ない。ステラだったか?」
「あ、はい、そうです。アヴィ様」
「様は要らぬ。其方は恩人であるゆえにな」
「……では、アヴィさん、と」
何だかよくわからないけど、満足そうに頷いてからアヴィは説明をする。
「身を守るには身体強化が第一である。しかし其方は道具での防御に頼っているようなのでな。竜鱗は禁止されてしまったが、身体強化を教えるくらいなら――」
「はい、ストップ」
困り始めたステラ様の代わりに私が止める。
ステラ様は魔力経路障害のせいで魔法が碌に使えない状態で、もちろん身体強化も使える状態ではないのだ。とはプライバシーに関わるのでこの場では言わない。
「ステラ様には私が順を追って教えるから、アヴィの指導は今はいらない」
後で説明するからとりあえずお黙り、の意をこめてジトっと睨みつけてやると、アヴィは「ふむ」と一息漏らしてから。
「申し訳ない、ご主人の番だったな。我が手を出してよい範囲ではなかったな」
「……いや、細かく言えば違うって言ったじゃん」
「それだけべったりと魔力を付けておいて?」
「誤解を招きそうな言い回しやめてくれる??」
兵たちも、こういう時だけザワザワと元気だな! しゃべれなくなるくらいに転がしてやろうか? あぁもう、ステラ様も気まずそうに目を逸らしちゃったじゃん! 侍女さんも妙な視線を向けてくるし!
私が目力をこめると、これ以上はマズイと悟ったのかアヴィも黙った。こう言ってはなんだけど、力で上下関係が成り立っているとある意味楽ね……野蛮ではあるけれど。
その中、何やら違いそうな意味で驚いているのが目に入る。
「団長、何か言いたいことでもあるの?」
「……あぁ、いえ、シルバーレイン様は、聖獣様に認められているのですね、と……」
聖獣?と思ったけど、アヴィを聖獣と誤魔化してるんだった。うっかり口にしないように気を付けないとな。
「うむ。先ほども言った通り、我の恩人である。……ステラが居なければ、我の命は失われていたであろうな」
……殺そうとしたのは私で、私を止めたのがステラ様、っていう話なのだけども。まぁ、ガチ切れしてた私を止められたのはおそらくステラ様くらいなので、彼女しか出来ないことであったと言われればそれはそう。
内実を知らない兵たち(やっと起き始めた)がまたもザワザワし始めた。
「……なるほど。最初に紹介された時は……失礼ながら頼りないと思ってしまっていたのですが、まさかそのようなすごいお方だったとは」
「……えっ」
団長からいたく感心されて、ステラ様が戸惑っている。止めるべき……いや、止めない方がいいか。
まことに残念ながら、この辺境伯領は力が第一の脳筋集団なのである。狩人たちだけでなく、軍人たちもしかり。腕力という意味でもトップの私が『お願い』すれば言うことは聞いてくれるけど、内心で侮りを抱くこともある。
しかしここで、『聖獣の命を救った』という実績が得られればどうだろう。ちょっと真相が語られてないだけで、ウソでもなんでもない事実である。このエリュシオン王国は、聖獣フェニックスの力を借りて建国したという逸話をもつ。別の種類とはいえ、同格の聖獣――実際には格上とされる神獣――の命を救ったという話は、大層心を惹き付けることだろう。……いやこれ、真相が知られたら私が総スカンくらいそうだな? それとも脳筋たちだから『神獣すら下せる力の持ち主』と褒めてくるか?
ステラ様は、団長だけでなく兵たちも、おまけに侍女さんからも羨望を向けられておろおろしている。可愛らしいので放っておこう。あ、微笑ましく見ていたのがバレた。ステラ様の力でぺちぺちされたとしても全く痛くないんですけどね。
……あ、今度は私がセットで何か生温かい目で見られてるぞ……覚えてろよおまえら。コホンと咳払いをして、話を戻す。
「ともかく! 以降、ステラ様への無礼は許さんからな!」
「「「はっ!」」」
「あ、あの……」
「いいんです。ステラ様がアヴィの命を救ったのは事実なので」
「うむ」
舐められるよりは敬意を集めた方が仕事もやりやすい。……そうでなくとも、今後はステラ様に何かやらかしたら、私だけでなくアヴィからもお仕置きが飛ぶことになりそうだしね。誰も怖くてやらんでしょ。
そうして私たちは練兵場を離れ、やっと本来の目的地の執務室へと向かう。
「ところで……アヴィさんは侍女の服で練兵をされるのですか……?」
「あー……嫌がらせ、もとい罰として普通の侍女の仕事をやらせてみたのですが……」
もう散々だった。皿を割る、窓を割る、シーツを破く……あまりにもひどく、他の人の仕事を増やすだけだったので辞めさせた経緯がある。これには侍女さんも苦笑い。
「それで出来そうなのが繊細さを必要としない力仕事と、訓練相手くらいで……。着替えない理由は私も知りません。気に入ってるんじゃないですかね?」
「……そ、そうですか」




