15 星は寄り添う
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クロノア様との婚約を……破棄……?
一瞬、足元がぐらりと揺れたような錯覚が起きましたが……落ち着きましょう。彼女は『破棄したい』ではなく、『破棄した方が良いのでは?』と提起しただけ、なのです。
「……理由を、お伺いしても?」
「……今回の件は、完全に人災……私のせいです」
クロノア様は俯いておりお顔は見えませんが、苦悩を帯びているのは声だけでわかります。
「私が浅はかだったばかりに辺境伯領に災いを呼び……ステラ様の命を危険に晒しました」
「ですが、私はクロノア様のおかげで怪我一つ負っていませんよ?」
「運が良かっただけです。……ほんの少しでも巡り合わせが悪ければ、死んでいたかもしれないのです……」
それはそうかもしれませんが……たらればの話をするとキリがないのではないでしょうか……?
けれども、私が思う以上にクロノア様のトラウマを抉っていたようで。彼女の声はどんどん重たくなり、背も丸まり……ポツリと、思いもよらない言葉を。
「……私は……周囲に死を振りまく死神です……」
「……え?」
「両親は暴走車両から私を庇って……二度目も同じくして、魔物から私を庇って死にました」
……二度目?と疑問に思う間もなく。
「姉のように慕っていた人は、私の無責任さゆえに、弟のように可愛がっていた子は、私の甘さゆえに、死にました」
これは……あの日に感じた、クロノア様の抱える闇。
「養父様は、私の無能さゆえに、死にました」
自分自身を傷付け、壊していく、呪いの刃。
「家族はみんな死んで……私一人だけが、のうのうと生き残っているのです」
クロノア様は、結婚する気がないと仰っていました。自分は養女でアッシュフィールド家の血を継いでおらず、家の乗っ取りになるのが嫌だからと。
けれど、おそらくそれは建前。
本音は……家族を作りたくないから。
家族と認めた誰もが死んでしまい、これ以上失うことに耐えられないから。
……あまりに悲しい自己防衛。
では私も……クロノア様のために、身を引くのが正しい?
……そんなわけ、ありません。あってはいけません。
「クロノア様。私の能力が足りないと思っていますか?」
「……は? まさか、ステラ様には大変お世話になっております。不足などと思ったことはありません」
「では、私のことがお嫌いになりましたか?」
「ち、違います! ステラ様の人柄に問題があると言っているわけでもなく……!」
私に問題があるわけでなく、クロノア様の心情の問題、と。
でしたら……私は、引きません。
「それならば、婚約破棄は了承出来ません」
「で、でも……あ、ひょっとして家や国の都合でしょうか? 私は国に逆らう気はありませんし、今後もシルバーレイン侯爵家の要望にはお応えしますので――」
などと、クロノア様の口から出てくる言葉に、私はつい、カッとなり。
「家や国のことなど関係ございません! 私が! 嫌なのです!!」
「……っ!?」
……このような大声を出したのはいつぶりでしょうか。淑女としてはしたないのでしょうけれど……反省はいたしません。
私はひざをつき、驚きであげたクロノア様のお顔を掴み、じっと目を合わせます。逃がしません。
「確かに、私には覚悟が足りなかったのでしょう。辺境伯領は危険だと知っておきながら、自分で自分の身を守ることすら出来ない弱者のままで、クロノア様に負担をおかけしてしまいました」
「!? そこはステラ様が気にするところではありませんっ」
……鍛えていたところで、神獣様の攻撃が自力で防げたとは思いませんが、それはそれ。幼い子ですら日々鍛えているというのに、心構えがなっていなかったのです。
「……ご存じの通り、私は弱き者です。ですので、『死なないから安心して』とクロノア様にお約束することも出来ません」
「……来ていただく代わりに、ステラ様を全力でお守りすると約束したのは私です。それが、今回は――」
「守ってくださいましたよね?」
「……そもそも危険な目に遭わせてしまったのも私のせいなので、自作自演のようなものです……」
いいえ、貴女は守ってくださいました。全力を尽くしてくださいました。
衣服はボロボロで、怪我は残っていないようですが血痕だらけで……貴女がどれだけ血を流したことか。
自作自演と仰いますが、故意でなく。神獣様という規格外の相手であっても立ち向かった貴女を、非難することなど出来るわけがありません。
「もう一度言わせていただきます。私が、嫌なのです」
闇色の瞳。
私があの日見た夜空は後悔で揺れ、絶望で曇り。
それは、嫌なのです。貴女には、希望を抱いて欲しいのです。
貴女が孤独を選ぼうとするなど、許せるはずがありません。
「クロノア様は仰いましたよね。私を幸せにするための努力は惜しまないと」
「……言いました、けど」
「私の幸せに、貴女の幸せが必要です」
私に何が出来るのかわかりません。それでも、私は貴女を独りにさせたくない。
たとえそれが、貴女の負担になってしまうのだとしても――
「私は、貴女を諦めたくないのです」
「――」
クロノア様は目を見開き。
五秒、十秒。
後に、ひとつ、ふたつ、雫を浮かべて。
……この方は、思い切り泣くことも出来なくなってしまったのでしょうか。やはり甘やかし役は必要ですね?
私はまた先ほどと同じように、肩にクロノア様をかき抱きます。服は濡れますが、それ以上に、温かい――
「……どうしてそこまで言ってくださるのですか?」
「貴女だって私に色々してくださっているでしょう?」
「……大したことはしてないですよ……?」
「……一般的に、先天性魔力経路障害の治療は大したことなのですが……」
他のお医者様が治せなかったから、今の今までずっとそうであったというのに。
本当に自己評価が低いですね……。
「……本当に、よいのですか? また危険な目に遭うかもしれませんよ……?」
「クロノア様がお守りしてくださるのでしょう? もちろん、ある程度は自分で対処出来るよう努力いたします」
「うう……」
まだ渋るクロノア様と私に神獣様(……すっかり忘れてしまっていました……)が、驚くべきことを申し出てくるのです。
『その銀の娘には命を救ってもらった恩がある。我も守護することにしよう』
「――っ!?」
あ、クロノア様がびっくりして離れてしまいました。残念ですね。
『我の竜鱗を纏うのはどうだろうか。ご主人のような例外はあるが、並大抵の者に傷付けることなど出来やしないぞ』
「却下! 魔素中毒になる!」
霊獣であるシルクさんですら魔素中毒になるのに、神獣様であればなおさらダメですね……。
「そもそもおまえらに用はない! 人間を傷付けない、人間に迷惑かけなきゃどうでもいいから、とっとと巣に帰れ! そのデカい図体が邪魔すぎる!」
『ふむ? ではこれならどうだろう』
神獣様が呟いたかと思えば、全身が黒い靄に包まれて。
……十数秒後に靄が晴れた時、そこに居たのは。
「…………………………いや、なんでメイド服なのさ」
二十代半ばくらいで、黒髪黒目、背が高く肌の浅黒い、メイド服美女の姿が、あったのでした。
私が驚きで口も開けないでいる間に会話が進んでいきます。
「従者とはこのようなものではなかったか?」
「偏りィ! っていうか、おまえここに居座る気!?」
「言ったであろう。銀の娘には恩義があると」
「あぁもうこんちくしょう! わかったよ、アヴィには領主館全員の護衛を命じる!」
「承った」
『……オレは?』
「ディアンは子どもたちを重点的に守れ! あと遊び相手!」
『お、おう。わかったぜ』
ぜぇはぁと肩をいからせるクロノア様は、一つ大きく呼吸をして。
まだ膝をついたままだった私に改めて恭しく跪いて。私の手を取り、額に押し当てるのです。
「改めて、誓わせていただきます。魔物が相手であっても、人が相手であっても……神獣だろうと、魔王だろうと、全力で貴女をお守りします」
「……増えていませんか?」
「私の決意の現れのようなものです」
そうして小さく笑みを見せるクロノア様の瞳は、夜空のように晴れていたのでした。




