14 逆鱗と絶望
「私の話を聞こうとしなかったくせに、自分の話は聞いてもらおうとするの? 随分と虫がいい話だね??」
『ぐ……』
「私さぁ、以前にもこういうことがあったんだよね。弟分をボコボコにしてくれたクソ野郎をボコボコにし返してやったら、『待ってくれ、命だけは助けてくれ』って。まぁ殺そうとまでは思ってなかったし、見逃してやったんだよ。そしたら……どうなったと思う?」
クロノアの唐突な話題転換に付いて行けず、セレネイドは回答も出来ずただ黙って聞き――呑まれる。
「翌日、弟分は殺されたんだよね」
――クロノアの抱える、絶望に。
「本当に、あの時はめちゃくちゃ後悔した。私の判断が、弟分を殺したんだ」
黒い瞳。その奥には、ヘドロのように粘度の高い闇が渦巻いて。
濁って、堕ちて、二度と這い上がれなくなるような深淵へと。
「だから私は、『人を殺すことが選択肢に入っている』奴は許さない。そいつは、後で絶対に人を殺す選択肢を選ぶから」
クロノアはセレネイドの頭部まで移動し、同じく黒い目を見詰める。
美しいはずの黒に、クロノアは一ミリたりとも心を動かされなかった。
「おまえ、最初に子どもたちを、ステラ様を巻き込む攻撃したよな? 私が背後を庇っていることをわかっていて広範囲の攻撃したよな? おまえの子を攫った……まぁ実際攫ってはいないんだけど、犯人である私だけじゃなく、周りまで巻き込もうとしたのは何故だ?」
『……それは……』
「そういうのはクズって言うんだよ。子どもを失いかけた苦しみをのたまいながら、子どもを手に掛けようとする……こんなクズが神の加護を得た神獣だって? ――ふざけるなよ」
メコリと、クロノアの足元の地面が凹んだ。激情が暴れ、漏れたことが原因だ。
セレネイドはクロノアの全身から――全ての制約を取り払い、偽装も消えた、真の姿から放たれる膨大な鬼気に気圧され。
やがて……もう無理か、と諦めた。
その時。
『ねーちゃん、待ってくれ!!』
子ドラゴンが、一人と一体の間に立ちはだかった。
恐怖に体を震えさせながらも、母親を背に、懸命にクロノアへと訴える。
『お願いだから、かーちゃんを殺さないでくれ……っ!』
「は――」
xxxxx
かーちゃんを、殺さないでくれ……?
ズキリと、脳裏に痛みが走る。
痛みと共に思い出したのは、これまでの両親たち。
前世の両親は、暴走車両から私を庇って死んだ。
今世の両親は、魔物から私を庇って死んだ。
失われたことに悲しんだ。奪った相手を憎んだ。守られるだけだった私を呪った。
今、ここで私がセレネイドの命を奪えば、この子ドラゴンは……親を失うことになる。
私と同じように、目の前で。
私が――奪う側に立っている。
散々魔物を殺して、人間すら殺してきた私が、今更善人ぶるつもりもない。
でも、子の前で親を殺すのは――
ふざけるな……ふざけるなよ……!
「ちくしょう……! おまえら、散々暴れておいて……なんでそんな情に訴えるようなことをするんだ! 卑怯だろ!!」
自分ルールで決めた領域とやらに踏み込んだというだけで襲ってきて。
攫ったわけじゃないのに勘違いして話も聞かず襲ってきて。
いざ自分たちが死にそうになったら手のひらを返す。愚かとしか言いようのない所業だ。これをやったのが聖獣・神獣とは呆れる他ない。
いつもの私であれば無視出来た。出来たはずなのだけど……対象が親と子というだけで、こんなにも感情がかき乱される。
だからこそ、腹が立って仕方がない。吐き出さずにはいられない。
「人間なんてどうでもいいと思ってるくせに、何でそんな人間みたいなことを言うんだよ!」
『……我らの魂の根源は――』
「出自なんてどうでもいい! 自ら人の道から外れることをしておきながら、人間みたいなことするんじゃないって言ってるんだ!!」
人間でなければ人間の道理は通じないのはわかる。
けれど、人間でないのに人間の道理を持ってくるのは何なんだ……!
……いや、そう、私は気付いている。
出自。魂の根源。
セレネイドが言いかけたもの。
それを考慮するのであれば、こいつらが愚かなのも頷けてしまう。ある意味、もっとも『らしい』理由。
神に遣わされた獣。神の加護を受けた獣。
神に関係するものであれば愚かであるはずがない。
……そんなわけがない。私自身が反証だ。
神の加護を受けた私が愚かなのだから、こいつらが同じであってもおかしくはない。同じ穴の狢。同族嫌悪。
私は血が滴るほどに強く唇を噛みしめ……絶対防御の盾を作り出す。目に見えない盾でありながらも察したのか、子ドラゴンが大きく身を震わせた。
守るための盾でありながら、命を奪うために使う私は……なんて酷い生き物なのだろう。
そんな自己嫌悪を抱えながら、一歩足を踏み出し――
「――クロノア様!」
今度は、ステラ様の声が私を引き留めた。
……いや何でここに!?と慌てて振り向いてみれば、走るシルク(大きさは戻っていた)の背にステラ様が乗っていた。
「ちょ、シルク!? なんで来たの!」
「クロノア様、シルクさんを怒らないであげてください。私が頼んだのです」
「え? いや、でも、どうして……!」
見ての通りセレネイドはまだ生きている。終わっていない。わざわざ危険に飛び込むような真似を、どうしてステラ様が……!?
混乱する私の頭を、更に乱すようなことをステラ様は続ける。
「クロノア様……これ以上はお止めください」
止める? 止めるって何を……殺すことを?
「神獣様が相手では、後に貴女が罰を受けるかもしれません。……ですから、どうかお止めください」
私が。
……思えば、第二王子の時もそうだった。
地位で相手を敬っているわけではく……相手の地位のせいで私が不利益を被るから。
私のことを第一に考えてくれている発言。
それはとてもありがたい……のだけれども。
「……駄目です。この手のタイプを生かしておくと、いずれ辺境伯領に被害が出ます」
「だとしても、泣いていらっしゃるのは見過ごせません。無理に強行してしまえば、貴女の心が壊れてしまいそうで――」
「――は」
泣いている? 私が?
前に立ったステラ様が、私の頬へ手を伸ばす。
ひんやりとした指がなぞるのは……いつの間にか、流れていたひと筋。
それに気付いた時、またひとつ、ぼろりと流れ落ちた。
ステラ様はそこには言及せず、私の頭を抱えて自分の肩へと押し付けてから、小さく耳元で囁いてくる。
「幸い、クロノア様のおかげで大きな怪我をした方は居ません。何か、別の落としどころはございませんか?」
「……死にかけたステラ様がそれを言うのですか?」
「私はこうして生きておりますので」
「……怖いとか、憎いとか、そういうのはないのですか?」
「私からすれば、貴女が傷付く方が怖いです」
私の頭を撫でる手付きは優しく、声も柔らかい。無理をしているわけではなさそうで。
それなら見逃してやってもいいか……という気持ちが湧きかけるけど、安全保障の観点から頷くことも出来ない。
悩む私に、逃げずに留まっていたセレネイドから、耳を疑いたくなるような提案がされる。
『ならば、我を契約で縛ればよかろう』
「は? 神獣と契約出来るほどの魔力があるわけが――」
『……あれだけ叩き込んでおいてその自覚がないのか? 我の身はとっくに其方の魔力で塗り潰されている』
……いやまさかそんな。
腐っても神獣だよ? 人間ごときの魔力量で足りるわけないでしょ? 魔力回復薬を飲んだからといって…………何本飲んだっけ。覚えてない。
「……契約すれば、おまえは素直に私に従うのか? というか、神獣という身でありながら、人間と契約して問題ないのか?」
『契約に関する制約などない。其方の望むままに』
ステラ様の要望通りに殺さずに済むし、辺境伯領への未来の被害も防げる。
セレネイドへの私の不信感は山盛りだけど……契約で縛れば勝手な行動をすることもない、か。
後のことを考えるとこれはこれでトラブルが起きそうだけど……今、丸く収めるにはこれしかないのか……。
「はぁ……わかったよ。おまえの新しい名前は深淵の闇――『アヴィ』だ」
そうして私は神獣と、不承不承ながらも契約を結ぶのだった。
……。
もう一つ、看過出来ないことがある。
見守ってくれていたステラ様に向かい、許しを請うように跪いて。
頭を深く下げる。度重なる失態に……彼女の目が、見られなかったから。
「ステラ様。……やはり、私との婚約を破棄した方が良いのではありませんか……?」
「――え?」




