13 火にくべる
放たれたのは子ドラゴンの時と同じくらいの太さの黒炎の柱。
しかし、篭められた魔力量は比較にならないほど濃密。無策で食らってしまっては、一般人より遥かに頑丈なクロノアとて無事でいられないのがありありとわからされてしまうほどの圧。
そうだとしても、クロノアは避けない。避けるという選択肢を選べない。
己の背後には辺境伯領が、子どもたちが、ステラが居るから。
ここで避けてしまっては、どれほどの余波が撒き散らされることか。悲惨なことにしかならないのは想像に容易い。
「絶対防御!」
ボボボボボボボッ!!
「ぐっ……!」
盾の展開は間に合ったが、盾があってすら感じる超高温の熱。
ジリジリと手のひらが焼け、侵食せんと腕を黒が這う。純粋な痛みとはまた異なる、吐き気を誘うそれにクロノアは歯を食いしばった。
長いようでいて、実際には数秒。何とかクロノアは耐えきり、詰めていた息を大きく吐き出す。腕にしばらくチリチリと残り火が宿っていたが、それもやがては消え、跡が残るのみとなった。
『……』
セレネイドはクロノアがブレスを真正面から凌いだことに目を瞠り。
次いで……口の端を小さく上げ、クツクツと小さく笑う。
『覚悟を褒めてやるべきか、無謀と笑ってやるべきか……まぁ、貴様がちょろちょろと逃げないのなら好都合だ』
「――っ」
セレネイドは察した。クロノアが避けずに防いだ理由を。
クロノアは察した。セレネイドがそれを利用することを。
――そしてまた一つ、箍が壊れる。
『さぁ、いつまで耐えられる!?』
再度の黒炎ブレス。
クロノアは打開策を考えながらもひとまず絶対防御を再展開し――
『ハハ、いい的だな!』
ドオオオオンッ!!
防御のため足が止まっていたところを、空から黒雷が狙い打つ。
一点に凝縮された破壊の力は黒炎で消耗した盾を貫き、クロノアは頭を庇うべく咄嗟に強化係数を上げた両腕を頭上でクロスする。
「がっ……あああぁ……っ!」
視界が白く弾けると共に、意識と両腕が吹き飛んだ。
黒雷はそれだけで収まらず、腕を起点に瞬時に全身に伝播していく。
皮膚に雷痕が刻まれ、外側だけでなく内側まで焼き尽くさんと力が駆け巡る。肉を、神経を、内臓を焼き、脳を白熱させ、心臓の鼓動まで遮る。
……しかしそれでも、クロノアの命を奪うまでには至らなかった。
自動再生の効果により、浮上した意識で雄叫びを上げる。
「この、程度で……っ、死ぬものかあ……っ!!」
全身が光に覆われた。
内側を蠢いていた魔力を弾き出し、いびつながらも傷を癒し、失われた腕までもよみがえる。
その様は再生魔法を使った時は異なり……どちらかと言えば――
『!? 貴様、今のは……いや、その気配――』
「あああああああっ!!」
人間としてあまりにも異様な光景を見せたクロノアに対し、セレネイドがとある点に気付き疑問を投げかけようとするも、クロノアが突っ込んできたので中止せざるをえない。
またも黒炎ブレスで迎え撃つが。
「何度も喰らうか! 舐めるな!!」
前進しながらクロノアは絶対防御の盾をやや曲面、それもセレネイド側が内側に来るように生成する。
また、同時に反射の性質も付与。これで黒炎はセレネイド自身へと返ることになる。元々の威力もあり完璧に返すことは出来なかったが、ただ受けるよりはずっとマシだろう。
この黒炎はセレネイドが生み出したものであり、セレネイド自身を傷付けることはない。とはいえ、散らされる炎は目くらましには十分で。
クロノアはそのまま、盾をセレネイドの鼻っ面に打ち付けた。
『がっ!?』
痛みでセレネイドの意識が逸れたその瞬間、クロノアは転移魔法でセレネイドの背後に回り、翼の付け根を絶対防御の盾で斬り落とした。
『ぐあああっ!? なん……だと……っ!?』
セレネイドに限らず、ドラゴンは重すぎるため鳥類のように翼で飛行をしているわけではない。魔法により飛んでおり、翼は補助器官となる。
それゆえ翼を奪ったところで飛行能力を奪うこととイコールにはならないし、そもそも再生だってお手のものなのだが、補助であっても使っていたものが突然に失われればバランスを失うのは必至だ。
ガクリと大きく体を崩し、背を下に落ちていくセレネイド。クロノアはただ落ちるに任せるでなく、追撃して心臓部(魔物と違い構造が異なるので弱点足りえないが)に拳を絶対防御の盾付きで殴り付けた。
それだけに留まらず、もっと深く貫け、もっと深く抉れと、盾の形状を鋸の刃に変え、丸鋸のように高速回転させる。強靭なドラゴンの鱗であるが、盾自体の強度とクロノアの魔力量にゴリ押しされ、だんだん穴を開けていく。
そうして、肘まで埋まったところで。
「弾けろおおおおおっ!!」
ありったけの魔力をセレネイドの体内で炸裂させた。
『ゴアアアアアアッ!?』
体内で発生した更なる衝撃に、セレネイドは受け身も取れず地に打ち付けられた。
いかに神獣とて魔力を直接打ち込まれればダメージは入る。正確には、神獣の超高魔力濃度をものともせず、激しく揺さぶるほどの魔力を打ち込まれれば、ダメージは入る。
クロノアは反動で吹き飛ばされ、こちらはなんとか姿勢を立て直して四点着地をする。が、引き換えとしてクロノアの腕もまた悲惨なことになっていたので、支えきれず顔を打つことになる。顔はさておき腕はまた再生で強引に治し、やや重い体を引きずるように立ち上がった。
セレネイドもよろよろと体を起こすが、制御がままならない。体が魔力で出来ているがゆえに、魔力がかき乱されただけでなく、他者の魔力が混じり込んだことで齟齬を起こしているのだ。
『ぐ、くそ……っ』
セレネイドの巨体であっても、こうなっては本領を発揮出来ない。
全てを破壊するはずの重き攻撃はクロノアにいくらかダメージを与えても壊すには至らず、逆に自慢の鱗を斬り裂かれる始末。魔法を使用して距離を取ろうにも、クロノアの魔力のせいで上手く操作が出来ない。同様の理由で回復も進まない。加えて、どんどん魔力が送り込まれるようになり……侵食されているような錯覚に陥った。
防御を抜かれ、魔力すら抜かれ……今まで味わったことのない苦痛に悶えるセレネイドに……クロノアは容赦なく、魔力を打ち込む。
自分の拳が砕けても治し、魔力が切れてもアイテムで回復し、いつまで経ってもセレネイドの体が砕けないことに舌打ちし、それでも何度も、何度も、執拗に。
「……再生阻害だけじゃなく、総量も減らさなきゃだめか」
そう呟いたクロノアは、絶対防御の盾を大きく展開する。
意図に気付いたセレネイド。しかし、ふらつく体で止めることも避けることも出来ず……腕が斬り飛ばされた。一番最初の、首が飛ばされた時の焼き直し。
……に見せかけて、クロノアは飛ばされた腕を掴み。
「喰らえ、暴食」
再回収されないように、魔力を吸収した。
ドラゴンの腕は魔力の塵となり、クロノアへと宿る。
「ぐ……っ、気持ち、悪っ……」
一見有効な手立てであるが、欠点もある。
セレネイドがクロノアの魔力が混じったことで不調になったように、クロノアにもセレネイドの魔力が混じることになるからだ。
元々の吸収魔法は魔石など物質に移すのがセオリーだが、神獣の魔力を吸収出来るほどの高品質魔石は早々ない。それゆえクロノアは体内に取り込み、魔法創造の力を利用して無理矢理に魔力を馴染ませる。それでも強烈な吐き気は残るけど、意志の力でねじ伏せていた。
これにはセレネイドもゾクリときた。
……自分が、捕食されているかのような、すさまじい悪寒によって。
『……ま、待て。其方――』
思わず零れた掠れ声により、小さな暴虐は止む、のだが。
「待て? ねぇ、今、待てって言った?」
……代わりに、クロノアの胸の内に燃え盛っていた炎に、油を注ぐことになる。
それは、セレネイドの変化にも気付かない、目もくらむほどの大きな怒りの炎だった。




