12 対神獣戦
「……申し訳ありませんステラ様、余波が防ぎきれませんでした。お怪我はありませんか?」
膝を付き、私へと向けたクロノア様の問いかけにより、移ろっていた意識が戻ってきました。
普段と異なるクロノア様の調子に引っ掛かりを覚えたのですが……目に飛び込んできた彼女の姿を見て飛んでいってしまいます。
「く、クロノア様の方がお怪我をしているではありませんか!?」
そう、衣服が何か所も破れ、血が滲んでいたのです。
伯爵級ドラゴンすら倒すことの出来るクロノア様が怪我をするなど思いもよらず声が上擦ってしまいましたが、私とは逆に彼女は落ち着いていて。
「全部治療済みですので問題ありません。ステラ様にお怪我は?」
「え、と……あ、はい、ありま……せん……?」
怪我はおそらく、ないはずです。特に痛みもない体をさぐろうとして……体の上に乗っていたものに、やっと気付くのです。
「ひっ……し、シルクさん……っ?」
乗っていたのは白い毛皮――シルクさんでした。
それも……体の一部を欠けさせた状態で。傷口から血が溢れることはありませんでしたが、光が絶えずホロホロと漏れています。
まさか、死んで――
「シルクは霊獣なので、魔力が尽きない限り、この程度の欠損で死ぬことはありません。今も契約者である私から魔力供給しているので大丈夫です」
「……っ、そ、そうです、か……良かったです……」
周囲に散らばる物――壊れた魔道具から察するに、シルクさんはクロノア様すら傷を負ってしまう何かから私を庇ってくださったのでしょう。
私が不甲斐ないばかりに死なせてしまったのだとしたら、悔やんでも悔やみきれないところでした。
無事なことを示すように、クロノア様がシルクさんの体をするりと撫でると、大型犬ほどのサイズから一回りサイズが縮む代わりに、欠損が見当たらなくなりました。漏れていた光――おそらく魔力も止まっています。
「シルク、まだ動ける?」
『――あぃ。だいじょぶ』
「悪いけど、引き続きステラ様をお願いね。多分今なら避難出来るから」
『りょか』
「ステラ様、念のため、魔力供給が途絶えた時のために魔力回復薬をお渡ししておきます。……あと、防御の魔道具も追加で必要ですね」
そうしてクロノア様は空間収納と思しき場所から大量のアクセサリと魔力回復薬を出して……いえ、今、何と言いましたか……?
「……魔力供給が、途絶えた時のため……?」
「あぁ、それは私が死ぬという話ではないです。ただ場合によっては……供給する暇がなくなりますので」
私の思い浮かべた嫌な想像を否定してくださってからクロノア様は立ち上がり、視線を空へと――首から上が欠け、黒い靄を漂わせているドラゴンへと向けます。
……ドラゴンの首が飛んでいたのは、幻じゃなかったのですね……。
「霊獣であるシルクが生きているように、あのドラゴンもまだ生きています。終わっていません」
「……はっ。そう、です、あのドラゴンは、神獣セレネイドと名乗って……!」
神獣。それは聖獣よりさらに希少で、神様に仕える、伝説と言ってもよい生き物。
彼らに歯向かうことは、すなわち……神様への反逆を意味するのでは――?
また別の恐怖で大きく震える私に、背を向けたままのクロノア様は……ややずれた話をしてきます。
「神獣と言っても、実際のところは神の加護を受けた聖獣というだけの話です」
「……それは……十分に、すごいのではありませんか……?」
聖獣ですらすごいことに代わりはありませんのに、その上で神様のご加護を得ているとなると……いかほどのものになるのでしょうか。
それでもクロノア様は、緊張しているようでもなく……むしろ、ひどく冷静に。
「まぁ、強いことは強いんでしょうね。でも……」
――全てを凍てつかせるほどに、冷酷に。
「神獣? だから何だ。私の大事なものに手を出すなら……何だろうと、ぶっ飛ばす」
ゾワリと。
今まで聞いたことのない声色に、私の背に氷柱が突き刺さったような、錯覚が。
無意識に、ほのかな熱を放つシルクさんに、縋ってしまうほどに。
この時、私がクロノア様に抱いた感情は――
「では、行ってきます」
答えを出す間などなく、クロノア様は上空へと飛んでいくのでした。
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クロノアが親ドラゴン――神獣セレネイドの前に辿り着いた頃にはその首は復元されていた。
『……おのれ……我の攻撃を受けて無事なだけでなく、反撃で首を落とすだと……っ?』
戸惑いと苛立ちが先立っているものの、戦意と敵意は衰えず。
頭が生え変わったことで気が変わってくれていないかとクロノアはほんの少し期待をしていたが……叶わぬ願いだったようだ。
であれば、本格的に意識を切り替えよう、と決意し。
「負荷・解除」
クロノアは自分を鍛えるために常に自分に負荷をかけていた。バトルマンガなどで見られる、重りを付けて修行するシーンが近いだろう。領主を継いでからは忙しく純粋にトレーニングする時間が減ってしまったので、仕事をしながら鍛えたくて始めたものだ。
負荷で体は動きが制限されるし、負荷そのものも自身の魔力で作成している。つまり、解除するということは……二重の意味で鎖が外れることになる。
『……貴様、今、何かしたか?』
「言う必要ある?」
セレネイドの問いにクロノアは冷たく返す。重りだけでなく、感情すら削ぎ落したかのように。
クロノアの変化はセレネイドの目では読み取れない。しかし確実に何かが変わっていると感じ取り、目を鋭くさせる。
『な、なぁ、かーちゃんってば……』
『……少々離れていなさい』
子ドラゴンの最後の制止もやはり届かない。セレネイドは子に慈しみの視線を向けてから、戦いに巻き込まれないように放り投げ――
僅かに気が逸れたその刹那、クロノアがセレネイドに殴り掛かった。地面を踏みしめる代わりに、風球を足の裏に生成しての急加速。
『小賢しい真似を!』
セレネイドは目を瞠りつつも拳で応戦する。巨体ゆえの鈍重さなど欠片もない、完全にタイミングを合わせた迎撃。
ゴガッ!!!
「ぎ、ぃ……っ!」
『グッ――!?』
結果は、双方痛み分け。
クロノアも、セレネイドも、打ち合わせた拳が砕けた。
ドラゴンの強靭な鱗と肉体が破られたことにセレネイドは困惑するが、これは単にクロノアの身体強化の効果だけではない。
クロノアは拳に絶対防御を纏わせていたのだ。強き盾は、強き武器にも転ずる。ただ、人の身の魔力量では、神獣の拳を受けて無事ではいられなかった。
しかし双方すぐに治癒が開始され、振り出しへと戻る。
「はああああああああっ!」
『ちぃっ……!』
クロノアは痛みを意に介さず攻撃を続ける。セレネイドはその攻撃が己の鱗を砕きうる威力を持つと理解してしまったので、対処せざるを得ない。
とはいえ所詮は小さな人の体でしかない。二本の腕で繰り出される攻撃を二本の腕で弾き、ドラゴンにのみ存在する尻尾で横から引っ叩いてやろう。
そう思考したその瞬間――セレネイドは危険を嗅ぎ取り、身を大きく横に逸らす。
同時に、腹が大きく切り裂かれた。
『ガアアアッ!?』
鋭利な刃物で斬られたような鋭い傷口。
それは、クロノアが飛ばした絶対防御によるものだった。
拳に纏い続け、近距離攻撃しかないと意識を釘付けにしたところでのフェイント。予備動作すらなかったそれにセレネイドが反応出来たのはさすが神獣と言ったところか。
警戒対象が増えたセレネイドは鬱屈を心中に揺らめかせながらも思考を切り替える。『何も律儀に殴り合いに付き合ってやる必要はない』と。
腹から靄を散らしながらも今度こそ尻尾で弾き飛ばして距離を取り、口腔に魔力を溜め。
子ドラゴンの時とは比べ物にならないほど太い、黒炎のブレスを放つ。
『ガアアアアアアアアッ!!』




