11 襲来
低めのハスキーな声が、辺り一帯へと響き渡る。
ぞわりと、脳を揺さぶるような、臓腑を掴んでくるような。ただの声だというのに、それだけで明らかに格が違いすぎると理解させられる圧。
発生源は……黒雷と共に突如として現れた、黒麟の。
私は……あれを、知っている。
正確には、あれとそっくりなものを、知っている。
美しい宝石のようで……いや、宝石以上の美しさを秘めた荘厳な。
夜闇をそのまま切り取ったかのように、内包すらしていそうなほどに深く、底なしで。
崇め、畏怖すら抱きそうになる……闇を纏うドラゴン。
……まさに、私の手元にいる、子ドラゴンが……理想の姿として見せていた、あの姿。あれよりか体は一回り大きく、美しさは段違いだけれど。
つまり、それの意味するところは――
『見つけた』
私を――私の手元の子ドラゴンを見て、ドラゴンは口を大きく開け――
――まずい! この場には……!!
『ゴアアアアアアアアッ!!』
「こんのおおおおお……絶対防御展開!!」
私は咄嗟に、知っている中で一番防御力が高い魔法の盾、絶対防御を使用した。すぐそばに居たステラ様、子どもたちも守るように、特大サイズで。
直後、ドラゴンの咆哮によって襲い掛かる凄まじい音の衝撃。雷撃や黒炎でなかったのは幸いか。……おそらく、私の手元に目的である子ドラゴンが居たからだろう。子ドラゴンが切っ掛けであるけど、子ドラゴンのおかげで助かった。
それでも盾のサイズのせいか、ドラゴンの咆哮が凄まじすぎたのか、魔力がゴリゴリと削れていく。この勢いで減っていくのは初めての経験で焦りが生じたが、魔力が四分の一くらい減った辺りで咆哮は収まるのだった。
「はぁ、はぁ……っ」
周辺は散々な有様になっていた。
壁は崩れ、木はへし折れ、土は抉れ。離れた建物も余波でヒビが入っているのが見える。たった一声でこれとは……いや、呆けている場合ではない。
私はサッと魔力回復薬を飲み干し、まずは……手元の子ドラゴンを上空のドラゴンへと投げつける。
「お探しのものはこいつだろ!!」
『うひゃあああああああっ!?』
『なっ――』
悲鳴をあげながら飛んでいく子ドラゴン。まさか投げられるとは思っていなかったのか、ドラゴンも驚きで固まった。
よし、今のうちに。
「動けなくなった子は動ける子が抱えてあげて! 敷地内の全員、大人も含めて全員即座に避難!! 絶対こっちに来ないよう通達もよろしく! リン、引率頼んだよ!」
「――っ、う、うんっ」
絶対防御の効果範囲内に居たので怪我は負っていないし、恐怖効果も防いだけど、一番最初の声圧でダメになったのか数名倒れている子が居た。申し訳ないけど診察は後回しだ。リンに持たせている回復アイテムで何とかしてもらうしかない。さすがに死ぬほどのダメージではない……はず。そこは皆の普段の訓練の成果が出ていると信じよう。
この辺境伯領においては魔災被害が頻発しているので、非常時にどうするべきかは子どもであっても嫌でも知っている。私の指示に即座にテキパキと動き始めた。
「ステラ様も、動けますか?」
「……っ」
……ダメそうだ。腰が抜けてしまったのか、地面にペタリと座り込んでしまい、全身が恐怖で小刻みに震えている。顔色だって真っ青だ。普段王都で暮らしていれば襲われる経験なんてない……いやあったけど例外は置いておいて、慣れていない身では辛かろう。
おそらく自分も盾になろうと出てきてくれたのであろうシルクが、心配そうに横で尻尾を萎れさせていた。
「シルク、私の代わりにステラ様を避難させてくれる?」
『りょか』
――けれども、それは叶わなかった。
『幼な子ならまだしも、そこまでは許せるものか』
ドォン!
「――ひっ!?」
「ステラ様!?」
小さな落雷。
……いや、ステラ様には当たってはいない。外したのではなく、脅しとしてあえて外して落としてみせたのだろう。
幼な子ならまだしも、というのは……子どもたちが避難するのは見逃してくれたってことか。その前の咆哮の時点で私が防いでいなかったら高確率で死んでいたのによく言うよ、と文句を言いたいけど、気が変わって改めて標的にされても困るので吞み込んでおく。
でも、ステラ様が避難するのは許さない、と……?
私はキッと空のドラゴンを睨みつける。
「何故こんなことをするんだ!」
『何故? 何故だと? 我が子を攫っておきながら、何をぬけぬけと!』
「……はぁ!?」
攫っただって? 冤罪にもほどがある! その子ドラゴンは自分の意志で私に付いてくるって言ったんだぞ!? ていうかやっぱり親ドラゴンだったか! 親子そろって本当に迷惑だな!!
私は親ドラゴンに抱えられている子ドラゴンに叫ぶ。
「ちょっと! 誤解を解いてくれない!?」
『……お、おう、そうだな。なぁかーちゃん――』
しかし、子ドラゴンが弁護しようとする間もなく、親ドラゴンの怒りが迸る。
『はっ、契約を結んで強要が出来るようになった状態で弁明させるだと!? ふざけるのも大概にしろ!!』
「強要なんてさせてないし! 契約も単なる事故なんですけど!?」
『そ、そうだぞかーちゃん。ちょっと落ち着いて――』
『可哀想な子……今すぐ契約を解いてあげるから……』
こんのぉ……! 親ドラゴンも話を聞かないタイプか! この親にしてこの子ありだなこんちくしょう!! ふざけるなはこっちのセリフだよ!
契約は一度結んだら二度と解けないわけではない。解く方法は大きく二つで、一つは契約者が破棄すること。もう一つは……契約者が死ぬこと。親ドラゴンが狙っているのは絶対に後者だ。
「言われなくても契約を解くっての! だから話を――」
『黙れ! それ以上囀るな人間!!」
ドンッ!!
再度の落雷。
今回は脅しなどではなく明確に私を狙ったものだが、予め用意しておいた防御結界が弾いてくれた。
二度も攻撃を防がれたことに、親ドラゴンが警戒心を上げる。
『貴様……人間のくせに……。生まれたてとはいえ我が子を下しただけのことはあるか……』
……下したのは事実なので、これに関しては黙っておく。ちょっとどついたくらいで死ぬ要素とか全くなかったのだけれども。頭がふっ飛んだ? 聖獣には関係ないね。
どうしたものかな。頭を冷やさせるために一戦交えるとしても、すぐ側にステラ様が居る状態では危険すぎる。どうにかして矛を収めさせるか、何とかして場所を移すか……。
そうして私がステラ様に気を遣ったのを、親ドラゴンは察したのだろう。
最低最悪な、宣言をする。
『先ほどから気になっていたが……貴様の隣の人間、貴様の匂いが色濃く残っている。番だろう』
「……細かく言えば違うけど、それが何さ」
匂い、と言われると何だかイヤな気分になるけれど、ドラゴンが言っているのはもちろん体臭の話なんかじゃなく魔力的な意味と思われる。ステラ様には私が作った防御用魔道具をいくつも身に着けてもらっているので、私の魔力を纏っているのはその通りだ。
……ステラ様もドラゴン視点で見れば十分に幼な子のはずなのに、避難が許されなかったのは……このせいなのか……?
『知れたことを。子を奪われた我の痛み、番が死ぬことで思い知れ。我は神獣セレネイドなり。魂まで焼け焦げる程の後悔を抱えさせてやる』
「…………………………あ゛?」
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それは、ほんの瞬きの間に起こったことで、弱い私には何が起こったのかよくわかりませんでした。
私の脳が認識出来たのは、バリバリといくつもの硬い何かが砕ける音。これは後に、クロノア様からいただいた魔道具が壊れた音だとわかりました。
次に、私に覆い被さる柔らかい衝撃と、温かさと……シルクさんの鳴き声。
そして。
――空を舞う、ドラゴンの……首。




