10 重なるミス
付いていく? なんで??
怖がられたり恨まれたりするようなことはしたけど、懐かれるようなことなんて一切していないんですけど??
会話の飛躍っぷりに理解が及ばず、眉根を揉み解しながら子ドラゴンに尋ねる。
「……どうしてそんな話になったのさ」
『ねーちゃんは確かにこえー人間だけどさぁ、謝ったら許してくれたし?』
……いやあの、命を取らないと言っただけで、これまでの所業を許したつもりはないんだけど……。
『それに、魔力の使い方がすげーからな! 聖獣のオレより強い身体強化なんて早々にないだろ! 早く強くなりたいオレとしては、このお手本は逃せないぜ!』
「……なるほど、そういう論法」
喧嘩を売っておきながら教えを請う気でいるとはなんと図々しい。さすがクソガキメンタル。
いや、チンピラが負けた相手に「アニキ!」って付いていくようなものと考えればありえない話でもない、のか? ……もっと身近に、脳筋狩人たちにこんな感じの流れがよくあったな。悲しいなぁ。
んー……いっそ側に置いて見張っておいた方が、この子ドラゴンによる未来の人間襲撃可能性が減る、かな?
それになんと言うか……『ねーちゃん』と『強くなりたい』のワードをセットで聞いて、孤児院の子たちを思い出してしまったのよね……。我ながら子どもに弱いという自覚はある。普通の人間の大人より遥かに強者である聖獣なのにね。
「……細かい注意は追々増えるだろうけど、まず二つの絶対条件を呑むならいいよ」
『おう、なんだ!?』
「聖獣と人間では身体能力が違いすぎる。一般の人間はキミよりずっと弱いので、力の使い方にはよくよく注意して、うっかり相手を傷付けないようにすること」
『そりゃしゃーねぇなぁ。面倒だけど』
面倒だろうとなんだろうと譲らないぞ。孤児院の子が大怪我でも負った日には後悔してもしきれない。
「そして、一人での行動禁止。そうでないと魔物と勘違いされて攻撃されかねない」
『オレが魔物だなんて、失礼だな!』
「見分けが付かない人間も多いんだからどうしようもないよ。人間の私に付いてくるということは、嫌でも人間社会に慣れろということなのよ」
『むぐぐ……わかったよ……』
子ドラゴンは二つとも呑んだけどいかにも渋々といったていだ。……破ったら(私の手で)痛い目に遭うとしっかり躾けておいた方がいいかしらん……?
まぁそれも追々で、今日はもう帰ろう。もう(精神的に)疲れたよ。
「さて、私の領地に帰るよ。何か必要な持ち物とかある?」
『ん? ちょっと待って!』
そう言って子ドラゴンはどこか(おそらく巣)に向かってかっ飛んでいき、ものの数分で返ってくる。
手には、直径十センチほどの宝石のような珠を持っていた。
「何それ?」
『かーちゃんがオレにくれたやつ!』
「ふーん」
……と、私はあっさりと流してしまった。
ここできっちりと突っ込んでおけば、この後も平和だっただろうに。
――痛恨のミスだったのだ。
昼が過ぎ、夕方前になり、いつも通りステラ様を迎えに行って帰ってくると……ステラ様は子どもたちに紛れて遊んでいる子ドラゴンに目を丸くする。さもありなん。
私は子どもたちに「遊び中にごめんねー」と断ってから子ドラゴンの首根っこを犬猫のように引っ掴み、ぶらぶらさせながら連れてくる。『なにするんだよ!?』と苦情が入るけど無視。
「今日は調査をするので授業に出ないとお話ししましたよね? 詳しくはまた後でご説明しますが、これが今回の調査をする羽目になった元凶です。間接的に、ですけれどもね」
「……その、ドラゴンが、ですか?」
「正確にはドラゴンの姿をした聖獣です。魔物ではないのでご安心ください」
「…………えっ」
ステラ様が絶句した。さもありなん。
フェニックスほどの格はないにしても(むしろ全聖獣の中でも底辺に近いと思う)、あの聖獣なのだ。一生お目に掛かることもなく死んでいく人が多いなかで、こうもあっさりと見せられてはフリーズぐらいするだろう。
「……クロノア様ですし、そういうこともあるでしょう」
「えぇ……」
想像より早く復活したと思えばこのセリフ。悲しいなぁ。それとも理解されていると喜ぶべきなのだろうか。
「でまぁ、関連が間接的――不幸な偶然ということもあって、討伐する必要もなくてですね。その過程で色々あって、この子ドラゴンが私にくっ付いてくることになりまして」
「……聖獣様の討伐にならなくて良かったです」
聖獣と聞けばそんな反応になるものなのだろうか。実態はただのクソガキだけども。……悲しい現実は領主館で顔を合わせていくうちに知ることになるでしょう。
ステラ様に子ドラゴンを紹介しようと思って、まだ名前を聞いてないことに気付く。
「そういえばキミ、名前は?」
『ん? ないぞ』
「……母親に名前を付けられてないの?」
『ないなぁー』
ステラ様が同じく『母親』というワードに引っ掛かっているようだけど、すみませんが後回しです。
しかしどうしたものかな。ずっとキミとかドラゴンとか呼ぶのもなぁ。と悩む私に、子ドラゴンが提案してくる。
『ねーちゃんが適当に付けていいぞ』
「え? いいの?」
『かっこいい名前で頼むぜ。あのちっこいやつらが呼んでたけど「ドラちゃん」とかはナシな!』
……ドラゴンにとって『格好良い』ってなんだよ。あとそのワードにはしないよ、さすがに。
名前、名前かぁ。シルクの時は毛並みが白くてふわつやだったから絹を連想して付けたけど……私は改めて子ドラゴンをじっくりと見る。
最初見た時は深い深い闇色の鱗だったのだけど、今はやや明るい青みがかった黒である。……あれも見せかけだったのか。
黒くて硬い……鉱石……黒曜石……――オブシディアン。
「ディアン」
小さく呟いたその瞬間。
私と子ドラゴンを繋ぐように、細い光の線が走った。
……は!?
これ、契約の光じゃん!?
その現象は大して時間もかからず、呆気に取られている間に終了する。
けれども、わかる。わかってしまう。
今、私と子ドラゴンの間に、契約が結ばれたのだと。
『……お? おぉ? 何だか力が漲ってきたぞ??』
子ドラゴンは意味がよくわかっていないのか、無邪気にはしゃいでいる。
想定外の出来事に驚きすぎて言葉も出ない私に対し、ステラ様は何故か落ち着いて、それでいてどこか呆れを含ませたような声で。
「……クロノア様、名付けは契約の要だとご存じですよね……?」
「シルク相手にやったばかりなのでもちろん知っていますが……いやでも今回は何の準備もしてないんですよ……?」
名付けるだけで契約出来るわけがない。そうであれば、もっと召喚魔法使いや魔獣・霊獣使いは増えていることだろう。
名を贈る前に、契約者の魔力を契約対象に馴染ませるという過程が必要なのだ。なお、契約対象以上の魔力が要求されるので、聖獣はもちろんのこと、魔力の多い霊獣と契約している魔法使いが少ない理由でもある。
の、だが。
『あー、オレ、ねーちゃんに頭がぶっ飛ぶくらい魔力ぶち込まれたからなぁ。そのせいじゃね?』
「…………なん、だって……?」
ステラ様が『頭がぶっ飛ぶ……? ぶち込まれた……?』とジト目を向けてくるけど対応していられない。
確かに思いっきりやったけども、まさかダメージを与えるための行動が、こんな結果に繋がると思うわけないじゃん!?
そして……やっちまったと頭を抱える私を、更なる混沌へと叩き込む者が、現れる。
晴天だったはずの空から地へと、黒雷が轟音と共に閃き。
圧倒的なまでの存在感と、人を軽く圧し潰しそうな重圧。
闇を背負った、巨大な。
『我が子は、ここか――』




