09 子ドラゴンと書いてクソガキと読む
目の前で泣きわめく子ドラゴンにして聖獣。そう、こんなんでも聖獣であることは確かなのだ。非常に残念なことに。
あまり信じたくない現実に胃に重たいものを感じながら、少しでも軽くなるよう大きく大きく溜息を吐き……それで現実が変わってくれるはずもなく。
仕方なしに、ゲシッと軽く子ドラゴンを蹴る。
『なんで蹴るんだよぉ!?』
「話が進まないんだけど?」
『――ハイ』
魔力を篭めて睨みつけると、子ドラゴンは震えてピタッと泣き止んだ。
本当になんでこれが聖獣なのか、と私はまた頭にうっすらと(精神的な)痛みを感じてこめかみを揉みほぐす。
「で。結局、キミはなんなのさ?」
『見ればわかるだろ、聖獣だよ!』
「……ハッ」
あまりの威厳のなさ(もちろん見た目ではなく態度の話)に思わず鼻で笑ってしまった。子ドラゴンは抗議したそうに私を見るが、睨み返してやったらしおしおになった。……そういうところですけど、わかってます?
「その聖獣サマが、こんなところで何してるんですかねぇ?」
『オレはかーちゃんから生み出されたばっかりでちっこいから、早く大きく強くなるために魔素の濃いこの地で暮らしてただけだ!』
「……は?」
かーちゃん……母ちゃん!?
「まさか聖獣って親子関係あるの!?」
『いっとくけど、人間みたいにツガイで増えるわけじゃないぞ。力っていう大きな湖から一掬いの水を汲みだすようなもんだな』
あ、力の源という意味で母なのね……ビックリした。
いや、たとえ聖獣が番で増えたところで私に不都合があるのかと問われても、別に何もないと答えるのだけども。
まぁこれでこの子ドラゴンが聖獣にしてはめちゃくちゃ弱い理由がわかった。世にも珍しい生まれたばかりの子聖獣で、まだ大して力を持っていなかったというだけの話だった。……それだけでなく精神までこうも子どもっぽくて、この先大丈夫なのか……?
「ちなみに、さっきの大きな姿はなんだったのさ?」
『オレの理想の姿だ! ……せっかくあんだけ魔素を溜めたのに……オレの魔力紋ごと飛び散ったからまた集め直しだよぉ……』
再生しないと思ったら、どうやら私が魔力を篭めすぎたらしい。しょぼくれた姿に同情心が湧かないでもないけど、悪いのはそっちだから謝らないぞ。
……ここまでの経緯を思い出したらまたイラっときて、威圧のために魔力を練り練りする。
「……で。何で私は喧嘩を売られたのかな?」
『……オ、オレの、領域に……入った、から……?』
「領域に入るのは禁止って、ちゃんと法的効力を伴う通知をしてた? オレルールとか勝手なやつじゃなくて、この世界に、そういうの、あるのかな??」
『……』
人間であったならば汗をだらだらと流していそうな子ドラゴン。
次に彼(?)は……私にとって、最悪な答えを口にする。
『だ、だって、この世はじゃくにくきょうしょくなんだろ? だったら――ヒッ!?』
……ほう、弱肉強食ときたか。
確かにそれは世界の真理の一つとも言える。
弱き者は強き者に食われる。搾取される。淘汰される。強き者が敷いたルールに、弱者は不満があろうと従わねばならない。従うしか生きる道はない。
私も魔物相手にはよくやってるし、全面的に否定は出来ない。
けれども……それは、獣の論理だ。
理性がなく、本能だけで生きる者の話だ。
聖獣が生きていくのに人間の命が必要なら敵対するのはわかる。
人間の命が必ずしも必要でなくとも、理性がなく手当たり次第に襲い掛かるタイプでもまだわかる。
けれども、どちらにも当てはまらないのに、私は命を狙われた。
ただ自称領域に入ったという、それだけの理由で。
それが命よりも大事なプライドに関わる問題であったならわからないでもないけど、この様子ではそうでもない。
相手の力すら見極められず喧嘩を売った挙句に、返り討ち。
なんて、無様な。
「この世が弱肉強食であるというならば……強い私が弱いお前を殺しても、何の問題もないよなぁ……?」
聖獣だから元々殺す気はなかったのだけど、お前がそのつもりなら容赦する必要もない。
むしろ残しておくのは害悪でしかない。どうでもいい理由で私を襲ったように、いずれどうでもいい理由で人間を殺すからだ。そしてそれは、高確率で魔の領域と隣接する辺境伯領の人間となるだろう。領主として看過出来るはずもない。
そうして、私が魔力に殺意を篭め始めると――
『ご、ごごごごめんなさいいいいい! お願いだから命はとらないでええええええっ!!』
子ドラゴンは、這いつくばるように土下座をした。
いやそれはもう、どこで覚えたの?ってくらいに見事な土下座で。
それはずっと昔に見た、子どもがヤンチャしすぎて大人をガチ切れさせて、全身全霊で謝る姿にも似て。
既視感と、あまりの情けなさに、穴の開いた風船から空気が抜けるように私の殺意が抜けていった……のだけれども、腹立ちまで消えたわけではない。子ども相手に大人げないというなかれ。ガツンと絞るところは絞らねばならぬ。
「大したことのない理由で人の命を狙っておいて、いざ自分が死にそうになったらそれは、随分と都合のいい話だね?」
『だ、だって、おまえそんなに強そうに見えなかったんだよぉ!』
「……そのセリフ、弱ければ殺してもいいと同義だよね?」
『ひぇっ……ごめんってえええええっ! もうしないからああああっ!!』
あかん。これ、典型的なクソガキムーブだ。それと同時に、本当にメンタルも子どもなんだなと内心で苦虫を嚙み潰す。これを生み出してこんな状態で放置した存在に文句を言ってやりたい……いややっぱりあまり会いたくない。
しかし……私が強そうに見えなかったって。聖獣が見た目で強さを判別するのか?
……考えて、そうさせてしまったかもしれない原因にふと思い至る。
そういえば私、神の加護を察知されないために偽装を追加したんだった。それの弊害?で、魔力も見えなくなって、結果的に弱そうに見えた……とか?
うーん……偽装の仕方を考えないと、今回みたいに余計なトラブルを招きかねないな……。
はぁと大きく溜息を吐くと、子ドラゴンが何か勘違いしたのかビクリと身を震わせた。
「あぁもう、わかった、わかったから。命は取らないから」
『……ほんとうに……?』
「その代わり、今後、私だけじゃなくて、命を狙われない限りは人間を殺そうとするのをやめて」
『……命を狙われたら殺してもいいってこと?』
「キミの存在自体が悪というわけでもなし、無抵抗で殺されろとまでは言えないねぇ」
これは先ほど子ドラゴンに言ったことと同じだ。子ドラゴンの命を狙ったのなら、負けた時に殺されるのは自業自得。それが辺境伯領民であってもだ。魔物相手に殺戮を繰り返す私が、逆に殺される覚悟をしているのかと問われれば……まぁしてないけど、細かいことを言い出したら家畜すら命をいただけなくなるので置いておく。
とは言ったもののどうしたものかな。これだけ脅しておけば大丈夫だろうという気持ちと、クソガキメンタルだから忘れた頃にうっかり調子に乗ってやらかしそうという気持ちが混在しているんだよなぁ。
「ん……?」
心中で唸る私を、子ドラゴンがじっと見ていたことに気付く。怯えているでもなく、不満があるでもなく。
「何かまだ言いたいことでもあるの?」
……そうやって水を向けたのが悪かった。
気付かないフリをして、サッサと帰っておいた方が……この後はきっと、平和だったのだろう。
『オレ……ねーちゃんに付いていく!』
「…………はあぁ??」




