08 聖獣の真の姿
『グオオオオオッ!』
巨体ゆえ、上方から叩き付けるようにドラゴンが拳を振るってくる。
私は腰を落とし、鉄槌にも似た重いそれを開いた手のひらで受け止めた。衝撃で地面がバキリとひび割れるけど、私自身にダメージはない。
『なっ――』
私が潰れることなく立ったままで、悲鳴の一つも上げず攻撃を受け止めたことにドラゴンが驚愕しているが……この程度でいちいち驚いてどうするのさ。
そのまま手を離さず指に力を篭めてドラゴンの手のひらに喰い込ませ、ぐるりと回転。ドラゴンの肘から先を捻じり折った。
『――んなっ……!?』
……さてはこのドラゴン、まともな戦闘経験がないな? 聖獣ランクがそこらにぽんぽん湧いて出るわけでもなし、ドレッドコング程度が相手であれば吹けば飛ぶから仕方のないこと、なのだろうか。
まぁそこはどうでもいいか。その傲慢さによってこのドラゴンが今後どんな竜生を送ろうが私の知ったことではない。恨むなら世間知らずの自分を恨んでくれ。
ドラゴンが腕の再生すら思い至らず呆けている間に、ダンッと地面がめり込む勢いで踏みしめ、がら空きの懐へと飛び込む。実は腹は柔らかい……ということもなくびっしりと黒い鱗に覆われていたが、構わずボディーブローを放つ。
「はあああっ!」
『ガ、ハ……ッ!?』
武術で言えば『発勁』とでも表現しただろうか。私はインパクトと同時に凝縮した魔力を送り込み、ドラゴンの内部へとダメージを浸透させる。
聖獣には人間のような内臓がない。それゆえ腹に打ち込んだところで人間ほどの効果はないのだが、魔力的なダメージであれば別だ。
体内から揺さぶられたことでドラゴンは血反吐(のような何か)を吐き、たたらを踏む。ふむ、聖獣であればそこそこ効くと思ってたけど、想像より効いてるな? 身体構造の問題なのか、このドラゴンが聖獣の中でもランクが低いのか……などとあれこれ考えているうちにドラゴンが気を取り直した。
私が『ほらほらどうした』とでも言いたげにその目を見詰めてやると、ドラゴンは戦意を失っていなかったのかキッと睨み返してきた。この程度で降参するような存在なわけがないか。
そして、捻じれていた腕を戻しただけでなく。
「……うん? 何をする気だ?」
ドラゴンが大きく下がり、フシュルルルと息を吐いたと思ったら……なんと体が小さくなっていった。体長五メートルは超えていたのが、二メートルくらいになった。いや、体は魔力で出来ているのだから、ある程度サイズ変更は利く、のか?
体が小さいことは弱いことを意味しない。私がまさにその例の一つだろう。ドラゴンの発する魔力の圧に変化はないのだし、その分ミッチリと密度を増したと言える。
つまり、それの意味するところは。
『ガアアッ!』
「っ! やはり速くなったか!」
ドパンッ!!
それだけでなく、威力も跳ね上がっていた。
愚直に真正面から繰り出される拳は、先ほどのものとはまるで違った。風圧でかまいたちが生まれ、大気がバチバチと弾ける。当たれば岩も容易く粉々になることだろう。……私の体はそこらの岩よりは頑丈だけどね。
ドラゴンは今度は防がれても狼狽えることなく、何度も何度も拳を放つ。そこにボクサーのような洗練された動きはないけれど、恵まれた身体能力でゴリ押しをしてくる。
ただそれも目で追えないほどの速さではない。私は一つ一つ弾くことで対応をしていく。大きくではなく最小限の動きで丁寧に、『しっかり見えているぞ』と訴えるように。さっきの私の真似をしているのか、接触するたびに強い魔力の圧を感じるけど、それも自分の魔力で押し返していく。『チッ』と舌打ちが聞こえた。
傍から見れば小さな嵐が発生しているような応酬を数十回繰り返したところで。
「……お?」
ドラゴンはずっと握りしめていた拳を突然パッと開き、同じように払おうとしていた私の手首を掴む。逆の手で、逆の手首を掴む。
そうして私の身動きが取れなくなったところで、ドラゴンはニヤリとでも擬音が付きそうな笑みを浮かべて……首を後ろへと逸らし。
『オオオオオオオッ!』
頭突きを、してきた。
ゴンッ!!!
額と額がかち合い、およそ生物の体から出るとは思えないぐらい大きく鈍い音が響き渡った。
『ガ……ァ……ッ!?』
しかし負けたのはドラゴンの方だった。額の鱗が割れて飛び散っているのが見える。
……別にこれは私の頭がドラゴン以上の石頭と言うわけではない。身体強化の係数を上げたことで、ドラゴンの鱗の硬度を上回ったというだけの話である。私の素の肉体もかなり変質しているけど、さすがに聖獣ほどではない。……多分。
『お、オマエ……本当に人間なのか!? オレの身体強化済みの鱗より硬いって、一体どういう体をしているんだよ!?』
「失礼だな、ちゃんと人間だよ……。あと、キミの鱗より硬いのは、私の身体強化の方が優れていたからじゃないですかねぇ」
ドラゴンの口調に内心で『?』と思いながらも答えてやる。どっちも事実だ。人間離れしているという自覚はあるけれど、人間の範疇は超えていない。……たぶん。
ぐぬぬ、と悔しそうに歯噛みするドラゴン。最初の尊大な態度はナリを潜めているし、随分と人間臭い行動だなぁ。
『くそっ……! オレは、オレは強くなるんだ……こんな早々に挫けてたまるか……!』
ふむ?
……まぁこのドラゴンにどんな事情があったところで、私のやることに変わりはない。
――潰す。
『――ッ!?』
私のやる気に呼応したのか、風が唸り吹き荒れる。ドラゴンも感じたのか大きく目を瞠った。
やつの自信を粉砕してやるには、ねじ伏せてやるには、もっと身体強化の係数を高くする必要がある。
そのためには魔力を練って、練って、練って――
『お、おい。ちょっと――』
ドラゴンがなんだ。聖獣がなんだ。
たとえ相手が誰であろうと……立ち塞がるならぶっ飛ばす!
「はああああああああっ!」
『ま、待っ――』
私はまず、ドラゴンの動きを縫いとめるように足を踏み抜き、上へと跳ぶ。
間近に迫るドラゴンの顔面。――浮かべていたその表情に気を留めることなく。
思いっ切り! 拳をぶち込む!
ゴバッッッ!!!
鱗など関係なく、ドラゴンの頭が破裂した。首から上がごっそりとなくなる。
口を失っては叫ぶことも出来ず、ゆっくりと体が傾ぎ、音を立てて地面に倒れる。
しかしこれで倒したと油断してはいけない。この程度で聖獣が死ぬことはない。身に宿す魔力が尽きない限りは死なないし、現に体が崩れず保たれたままなので直に再生することだろう。
……と、思っていたのだけれども。
ドラゴンの体が……端から崩れ始めた。
「え? ……あれ?」
嘘? まさかこの程度損壊しただけで死んじゃうくらいに弱かったの??
これでうっかり死なせてしまったところで後悔はないのだけれど、計算違いの事態に少し焦っていたら。
崩れたと思ったドラゴンの体が……体長五十センチほどの、単に小さくなっただけでなく幼くなったようなドラゴンの体を形成し始めた。元通り再生するのに魔力が足りなくて更に小さくした、ってことなのか?
もうしばし待つと形成が終わったのか、ドラゴンはパチリと目を開き、のろのろと身を起こし。
『うわああああああん、何するんだよおおおおお! 待って、って言ったじゃないかあああああっ!!』
先ほどのまでの、低く、威厳のある男性の声とはまるで方向性の違う、高い、小さな子どものような声で、威厳など一欠片もなくギャンギャン泣き叫ぶのだった。
……えぇー……何これぇ……。




