07 聖獣との攻防
ゴアアアアアアッ!!
大気が弾け、無数の鋭い刃となって私へと襲い掛かる。
「――ちっ!」
一緒に乗っかっていた恐怖のデバフは弾いたけど、不可視かつ広範囲の攻撃を避けるのは厳しい。魔力で盾を作り結構な数を相殺したが、いくつかは私へと辿り着き、さらにそのうちの一部が私の装備と肌を切り裂いていく。さすがに聖獣だけあって私の防御を抜くか。『自動再生』によりすぐに塞がるレベルだったので問題はないけれども。
切り裂かれた頬を撫でる。わずかとはいえ久々に感じた痛みに、思わず口角が上がった。
聖獣ゆえの魔素の濃さか、このドラゴンに鑑定をしても弾かれるので詳しくはわからないけれど、私の肌勘では侯爵級以上はある。その一方で、以前出会った聖獣ほど強くはなく、これなら負けないという感覚もある。自惚れというより経験則だが……慢心だけはしないよう、肝に銘じておく。
『フン、この程度は耐えるか。ではこれならどうだ!』
ドラゴンが口を大きく開けると、その喉の奥でチロチロと黒い炎が踊っているのが見えた。
――ブレス!
ゴバババババババッ!
直径一メートル近い、極太の黒い火柱が迸った。
正面から見ると脅威の一言でしかないが、直線であれば当たるわけもない。それでも副次効果を警戒して、安全マージンを取って大きく横に跳んだ……つもりだったのだけれども、着弾した黒炎が大きく膨れ上がり、意志持つ蛇のようにうねって私へと迫りくる。
「これくらい!」
一息で魔力で刃を作成、黒炎の蛇をまとめて斬り裂いていく。散らされた黒炎は今度こそ消えていった。
しかし一本だけ、消えずに蛇の形を再形成して私の腕へと纏わりつく。
「ハァッ!」
私は慌てず魔力を放出し、黒炎の蛇を吹き飛ばした。袖が焦げて穴が空いたけれど、幸い腕はちょっと赤くなってピリピリする程度だった。ここから侵食してくるでもなく、自動再生でほどなくして癒えていく。
結構いい装備を用意したつもりだったけど強度が足りてないか。いや、ドラゴンの炎が装備でここまで防げるだけでも十分ではある、のか? ……ちゃんと研究し直した方がいいな。今後、このドラゴン以上の強敵が現れないとも限らないのだから。備えはどれだけあっても困るものではないし。
腕を一振りして調子を確かめる。痛みもない、毒や呪いを付与されたわけでもない、問題なし。
「今度はこっちから行くぞ!」
そのまま腕を伸ばしてターゲッティングし、対抗したわけじゃないが同じく不可視の魔力弾を射出する。
狙いは頭――ではなく腕だ。殺す気はないから……だったのだけれども、そのような心配をせずともドラゴンが軽く腕を払っただけで弾かれた。威力が足りなすぎたか。
ならば、これならどうだ。
私は長い銃身をイメージして魔力で筒を作り加速の効果を乗せ、魔力弾を先ほどより尖らせ貫通の効果を乗せる。篭める魔力を先ほどの五倍にセットし――爆発させる!
ドパンッ!
『なっ――』
虚を突かれたような声をあげつつもそこはさすがにドラゴン、魔力の流れを頼りに魔力弾を回避する。
とはいえ完全に避けきることは出来なかったようで、右肘へと着弾。人間に比べて遥かに高い肉体強度をものともせず前腕を吹き飛ばした。
……しかし、聖獣は人間や魔物とは根本の身体構造が異なる。魔力で出来た体ゆえ、飛ばされた前腕が散っていったかと思えば再度肘の先に集まり、元通りになる。
元々倒す気はないのだが、フェニックスでなくとも再生力の高い彼らを倒すには相当の火力が必要となる。一度に全身を吹き飛ばすか、魔力を再結集させずに吸収するか、はたまた再生の阻害をするか……言うは易いが行うは難い。もしもの時のためにシミュレーションしたことはあるけど……実践する機会がないことを祈る。
そうして再生するので大したダメージにはなっていないのだが、ドラゴンを驚愕させるには十分だったようだ。一度は失った己の腕を呆然と見ている。
「……ねぇ、こっちとしてはあんまり争いたくないんだけど、もう終わらない?」
『――。人間風情が、あまり俺を舐めるなよ……!』
ささやかな望みをかけて問いかけてみたけれど、ドラゴンはまだやる気らしい。なんて血気盛んなのだ。聖獣は人々のために神が遣わした獣だという話はどこへ行った。……彼(?)も穏やかだったし、王家に協力したフェニックスも居ることだし、単なる個体差か。
逃げられないことはないけど、遺恨を残したままで辺境伯領まで突撃されても困るし、ある程度満足させるか、私に手を出してはいけないと納得させるかしておかないと駄目かな。
ここまでされておきながら『人間風情』と侮ってはいても気合を入れ直したのか、ドラゴンから漂ってくる気配が研ぎ澄まされていく。こちらも一段出力を上げるとしよう。
『ゴアアアアアアッ!』
ドラゴンの咆哮と共に、その周囲に十を超える黒炎の球が生成される。大きさはソフトボールくらいで大したことのないように見えるが、聖獣の域に到達している生物が作るものがそんなちゃちなわけがない。一つ一つに魔力が凝縮されており、普通の人間が当たればあっという間に消し炭になることだろう。
そして更に――
『先ほどは避けられたが……こいつがあればどうだ!』
「――」
直後、私の体が地に押し付けられるような圧に覆われた。
風魔法……いやこれは重力魔法か!
メリメリと音を立てて足元がひび割れていく。私の体が潰されるほどではないけれども、この縫い付けられた状態で高機動を行うのは厳しいかもしれない。
「ちぃっ!」
私は盾として、土壁の魔法を展開した。背丈は私を越え、前方だけでなく左右背後まで完全に囲う。
『愚かな、その程度の土くれで俺の炎を防げると思ったか!』
土壁で見えなくなった向こうからドラゴンの怒声と、黒炎球が射出される音が聞こえてくる。
ゴガガガガガガッ!!
ドラゴンの言う通り、土壁は容易く粉微塵にされた。もちろんそれだけで黒炎球の威力は衰えず、爆発炎上する。これではひとたまりもない。
――そこにいれば、だけども。
「せーの……っ!」
『は――』
私は拳を握りしめ、ドラゴンの後頭部を殴り付ける。
ドゴンッ!
鉄塊を殴ったような鈍い音が響き渡った。
不意打ちにガードが出来なかったドラゴンは弾き飛ばされ、地へと墜落していく。大きな音がして叩きつけられたが、これくらいで死ぬことはないだろう。
想定通り、数秒転がっていた程度で、ドラゴンは首を振り上半身を起こす。
『馬鹿な……一体何が……っ』
ドラゴンは混乱しているようだが、単純な話である。
土壁は黒炎球の防御のために出したのではない。ただドラゴンの視界を遮るためのものだ。
ドラゴンから見えなくなったのをいいことに、黒炎球が土壁に衝突した瞬間に短距離転移を行い、ドラゴンの頭部のすぐ後ろに出て殴った。ただそれだけの話だ。説明してやらんけど。
私はそのまま悠々と飛行魔法で空に浮き、腕を組んで露悪的な笑みを浮かべて、地を這うドラゴンを見る。
「聖獣と言っても大したことないねー。私がちょっと殴っただけで落っこちちゃってまぁ」
『……ちょっと殴っただけ……だと?』
真後ろからだったからね。ドラゴンといえど何が起こったのかわからずとも無理はないか。なお、身体強化の係数は普段通りなので、私の範疇で『ちょっと』なのは事実である。
「力自慢が自分だけだと思った? 人間を舐めるのも大概にした方がいいと思うよ?」
『ふざけるな、そんなことがあってたまるか……っ』
「おっと、納得いってないようだね。いいよ、真っ向肉弾戦をしてあげようか」
私は飛行魔法を解除して地に降り立ち、挑発するようにくいくいと手招きする。
ドラゴンは、あっさりと乗った。




