06 トラブルの元凶
後日、憂鬱さで根を張りそうになる重い腰を何とか上げ、朝から私は襲い来る魔物たちを蹴散らしつつドレッドコングたちの足取りを逆に辿って行った。
狩人の皆が被害に遭った場所より奥は誰も足を踏み入れておらず――そもそも奥まで侵入するのが私含めて極少数だ――これ以上の人の被害者は居なかった。魔物の骨は多数落ちてたけど、そこは弱肉強食ということで。
……ドレッドコングたちは、私を見るなり『獲物が来た』と嫌らしい笑みを浮かべていた。奴らは食欲だけでなく、嗜虐心も満たすためにわざわざ縄張りを離れたのだろうか? いや、結論付けるにはさすがに早いな。
特に目ぼしいものは見当たらないまま森を抜け、山岳部へと入る。
「……うん?」
雪の積もる山を登り始めてしばらくして、何か違和感が体に纏わりついた。
今まで何度も山に足を踏み入れてはいるが、初めて感じるナニカ。
……と思ったけれど、微妙に既視感がある。はて、これを感じたのはどんな時だったか……うぅん、思い出せない。大したことのない話だったからだろうか。
しかし違和感があるのは事実。内心で記憶をひっくり返しながら、もちろん警戒も忘れずに山を登っていく。
そしてやがて、ドレッドコングたちが元々縄張りとしていた場所まで、特に魔物に襲われるでもなく辿り着く。
「……争った形跡が残っているな」
いくらかは雪に埋もれているが、砕けた岩、抉れた山肌、壊れた巣、そして……散らばる血痕。
鑑定してみると案の定、ドレッドコングの血痕だった。
「つまりあのドレッドコングたちは……縄張り争いに負けて、森まで逃げてきたってことか?」
更なる強者に敗れて這う這うの体で逃げてきたけれど、森の魔物はドレッドコングに比べたら弱い。余所に来たからと大人しくするでもなく、弱い魔物を蹂躙して回って、山に居た頃よりも好き勝手出来ると悦に浸っていた可能性は……ありえないでもないか。プライドがないならば、わざわざ危険地帯に戻るよりはよっぽど良い生活を送れるだろう。調子に乗りすぎて私にやられたわけだが。
つまり今回の事件の元凶はドレッドコングたちを追い出した何かであるのだけれども……おそらくこれはただの弱肉強食の結果でもあるので何とも言えない。意図的に被害をもたらそうとしてドレッドコングたちを追い出したなら更なる調査が必要だけど、まずそんなことはありえない。魔の領域の魔物たちは人間に興味などないのだから。……弱い餌くらいに思って、狩りのために森を出てくることは多々だけどね。
人間の意志が介在する可能性もほぼないだろう。魔物をコントロールすることなど、それくらい難しい。
……とまで考えて、私は先日の第二王子の件を思い出した。
――呪いを篭められた、火喰い鳥。
あれはただ水晶に封じ込められていただけでコントロールも何もないけど、呪いが掛けられていた。
第二王子も呪われて思考誘導されていたし、呪いによって魔物をコントロールする術を帝国は持っている、もしくは研究しているところなのか……?
よしんば魔物をコントロールまで出来なかったとしても、魔物が暴れることで呪いがまき散らされるなら更なる混乱に見舞われることだろう。
王国にどんな災厄が訪れようと魔物が原因であれば、どれだけ疑わしかろうと帝国を糾弾するのは厳しい。
……検索で調べてみようにもキーワードが足りなさすぎて絞り込めない。世界のありとあらゆる知識を蓄える世界書庫にアクセス出来たとしても、利用者である私がポンコツであればこんなものだ。
ハァと一つ溜息を吐き、念のためドレッドコングたちを追い出した魔物を探してみようかな、そう思った時。
『おかしな気配がすると思えば……貴様が元凶か』
低い男性の声が、脳へと叩きつけられた。
肉声ではない、魔道具により発せられているわけでもない、直接相手の脳へと届ける念話と呼ばれる類のものだ。私もシルクとやるが……それに比べると、相手の都合のみで遠慮なしにぶちこまれているので気持ちが悪い。
不快感に眉をしかめる私にお構いなく、声は続く。
『矮小なる生き物よ、俺の領域に侵入するとはいい度胸だな』
二度目の声と共に、空が陰った。
夜が訪れたわけではない。雲に覆われたわけでもない。
大きな、五・六メートルくらいありそうな魔物のシルエットが、空を舞っていた。
そいつは……一言で言えば、闇夜を纏うドラゴンであった。
全身が、煌びやかな宝石のようでありながら、下品さを一切感じさせない艶やかな黒い鱗で覆われた、優美なるドラゴン。
陽の光差す昼間でありながら、夜闇を彷彿とさせる圧倒的な深い黒。畏怖の象徴である闇。
ただそこに居るだけで存在感にビリビリと肌が刺激され、私は今になってやっと気付く。
この一帯に漂うのはこのドラゴン――聖獣の気配だと。
以前に遭遇した聖獣とは特にトラブルもなく別れたので、すっかり印象が薄れてしまっていた。忘れてごめんと彼(?)に内心で詫びる。
しかしなるほど、山に入ってから一切魔物の襲撃がなかったわけだ。全部こいつを恐れて逃げ出していたに違いない。なーんも居ない中、私がぶらぶらとしていればそりゃ目立ちもする。
私がそんな暢気なことを考えている間に、ドラゴンは滞空しながら威圧を私に向けて放ってくる。……普通の魔物に比べれば全然強いけど、これくらいなら問題なく耐えられるな。少しばかり拍子抜けだ。まぁ確かに彼(?)ほどの力も感じないし、こんなものなのだろうか。
威圧に潰されるでもなく、怯えるでもなく、平然としている私を見て、ドラゴンは『む』と声を漏らしていた。それだけ自分の力に自信を持っていたのか、私が小さな人間の見た目をしているので侮っていたのか。
「さっき『俺の領域』って言ってたけど、ここに居たドレッドコングたちを追い出したのはキミってことでいいのかな?」
『……あぁ、あの猿どもか。それが何だ』
「キミが中途半端にやるもんだから、森の方で被害が出たんだけど?」
『何故俺がそんなことを気にしなければならんのだ』
まぁ管理者じゃないんだし、それはそうね。私だって殊勝に謝ってくることを期待してたわけじゃない。
ドレッドコングたちは力がなかった。狩人たちも力がなかった。見知っている人が亡くなったのは悲しいことだけれども、結局のところただそれだけの問題なのだ。見たところこのドラゴンが呪われている様子もないし、今回は帝国は無関係だろう。
不幸な事故だった。この結果を持って帰ろうとした――のだが。
『待て。俺が貴様を逃がすと思うのか?』
「……何で私は命を狙われるのかな?」
『ここは俺の領域だと言ったはずだ。侵入者』
「……ここは元々ドレッドコングたちの縄張りだと思ったけど?」
『俺が領域と定めた。それが全てだ』
先祖代々続く土地とかならともかく、先住者を追い出してのこれ。今まで私も知らなかったのだから本当に最近のはずだ。傲慢だなぁ。そんなに入られたくなかったなら柵でも付けておいてくれませんかねぇ。
というか、ドレッドコングたちは見逃して(逃げられて?)被害を出しておいて、何で私は駄目なんですかねぇ。イライラしてきたぞ?
あんまり聖獣と敵対したくなかったけど……ケンカを売られれば話は別だ。おまえがやる気なら、やってやんぞこらぁ。間接的な仇だもんなぁ、殺しまではしなくても、シバき倒してやりたい気持ちが湧いてきたぞぉ。
私が戦う意志を固めたのを悟ったのだろう、ドラゴンは不快そうな鼻息を漏らしてから大きく息を吸い――上空から咆哮を響かせるのだった。




