04 ステラの治療
「さて、準備も整いましたので、今日からステラ様の体の治療に入ろうと思います」
「よろしくお願いいたします」
場所は辺境伯領の私の屋敷、ステラ様のために用意した客室だ。今は椅子に座っているけど、場合によっては寝込むかもしれないし、ベッドあった方がいいだろう。
侍女さんは特にやってもらうこともないので、例によって屋敷の掃除……というか、屋敷のあれこれをやってもらうために雇っている孤児たちの教育もしてくれている。彼女にもお給金は支払っているけど、教えられる大人が少ない現状ではありがたいことだ。
「私の魔力経路障害は治癒魔法をかけても治らなかったのですが……どうやって治療するのでしょうか?」
「そもそも、ステラ様の症状で治癒魔法をかけるっていう発想が間違っているみたいですね。あるものが壊れたならともかく、元々存在していないものを治すも何もないでしょう?」
存在していたものを損傷した場合は通常の治癒魔法で治る。けれども先天的に魔力経路の所々に欠損があるステラ様の場合は事情が異なってくる。
「それは……そう、ですが、より上位の、欠損した四肢を生やせる再生魔法も効かなかったのですけれども……」
「当然そちらも試してますよね。でも惜しい。ないものを作り出す、という意味でこれから行う治療はまさに再生魔法ですが、ちょっとアプローチが異なってきます」
効かなかったものが効くと言われて、ステラ様が目を丸くした。
まぁそのアプローチ方法が厄介で、知らなければ出来ないのも仕方がない。
「まず前提として、対象本人が再生魔法を使う必要がありました」
「え……それ、は……無理なのでは……?」
先天性の場合はろくに魔法の訓練も出来ない。治癒魔法でも厳しいのに、更に難易度の高い再生魔法なんて使えやしないだろう。
それで当人にやれと言われても無理ゲーでしかない。
「本人が再生魔法を使わなければいけない理由として、魔力経路が魔力で出来ていることに起因します」
「……もしや、魔力紋が問題ですか?」
おっと、私が全部説明する前に察した。さすがである。
魔力紋。指紋のように、個々が使用する魔力はほんの少しだけど差異が出てくる。漂っている魔素はフラットだけど、魔力として取り込んだ途端に本人の紋に変化するのだ。
この魔力紋の何が問題かというと……基本的に他人の魔力紋を弾いて混じらないのである。なのでこの世界に二者以上の魔力を必要とする合成魔法や儀式魔法は存在していない。……現時点では、という注釈が付くけど。
つまり、他者の再生魔法で被術者の魔力経路を作れないという結論になる。
「クロノア様は、今の私でも再生魔法が使えるよう指導してくださるということでしょうか?」
「いえ、それは魔力容量的に無理と思われますので、私が実行します」
「……え? 先ほど、他者では出来ないと仰ったばかりですよね……?」
疑問はごもっとも。
私は解決策となる物を取り出し、テーブルの上に置く。
「これは……何かの魔法薬でしょうか?」
「はい。摂取した人の魔力紋を、作成した人の魔力紋に偽装する薬です」
「そのような薬があったのですか……」
これは過去に、前述の合成魔法やら儀式魔法やらのために作成されたものだ。一人では足りない魔力を複数人で賄おうという狙いだった。
「私が作ったこれをステラ様に飲んでいただき、ステラ様の体内の魔力を私の魔力と誤認させて操作して、途切れた魔力経路を繋げていきます」
「クロノア様が、私の魔力を使って、ですか?」
「ステラ様の魔力経路ですからね」
以前に、いきなりやると体がびっくりすると言ったけど、ステラ様の魔力容量が少ないのでどちらにせよ少しずつの進捗になってしまう。
納得の色を見せたステラ様は、魔法薬をしげしげと眺める。
「……この薬があれば、私と同様に先天性魔力経路障害で悩む方々を救える、ということですよね?」
「あー……まぁ、そうなんですが、この魔法薬が廃れたのにも理由がありまして」
正しく使えば人の役に立つのだが……いくらでも悪用出来てしまうのがこの魔法薬の怖いところだ。
「例えば、相手の体内の魔力を暴発させてふっ飛ばすとか出来ます」
「――」
魔力紋は混じらないだけではなく、他者では操作出来ないという面もある。今回の治療の件に限って言えば面倒でも、重要なセーフティでもあるのだ。
法でがんじがらめにしたところで悪用するやつは出てくる。私としてはこのまま廃れさせたい。……もし必要になったとしても私自身は作れるしね。
「……あ。こんなこと言われても怖いですよね。今まさに飲んでもらおうとしているステラ様に言うことではありませんでした……気が利かなくてすみません」
「? いえ、クロノア様が私を害することなどないと信頼していますので、そこは大丈夫です」
……。
そうも真っ直ぐに言われると面映ゆいものがありますねぇ……。
もちろんその信頼を踏みにじるようなことはしませんとも。
「これをただ飲むだけでいいのですか?」
「はい。ンフフ、魔法創造を利用してちょっと改良してあります。本来は苦いのですが、美味しくなっていますよ」
まるで子ども用シロップでも飲ませるかのような私に苦笑を見せてから、ステラ様はぐいっと小瓶の液体を飲み干した。
ほぅ……と小さく吐息を漏らす。
「何だか全身が少しぽかぽかしてきました。クロノア様の魔力に染まっているからでしょうか」
「…………そういう効能は、初めて聞きましたね」
いやまぁそう、そうなんだけど……なんかこう、言い方。
染まる、って。
……いやいやいや、妙な想像をしている私が悪い。ステラ様に他意はない(はず)。
何かを察しかけたのか、「?」と首を傾げるステラ様を誤魔化すようにこほんと咳払いを一つして。
「今の状態を確認するために、一度魔力を通しますね」
「よ、よろしくお願いいたします」
肩にそっと手を置き、ステラ様の体内の魔力を意識し、動かす。
「……んっ」
「……痛いですか?」
「だいじょうぶ、です。少々、くすぐった……っ」
ステラ様は頬をやや蒸気させ、ピクリと小さく体を跳ねさせる。
……いや、本当に、ただの医療行為なんですけどね……?
おそらく魔力操作すらあまりやっていないだろうし、体が慣れていないんだろう。ということにしておく。
「今日は右の上腕辺りからやっていきます。消費するのはステラ様の魔力ですので、辛くなったら言ってください。あと場合によっては痛むので、そちらも辛かったら言ってください」
「は、はい」
私の拡張とは違って、途切れ途切れになっている経路を繋ぐだけだから大丈夫……だと思いたい。過去の事例では鎮痛剤が必要になるほどのものではなかったけど、そもそも治療例が少ないからな……。
「では――『再生』」
「……んぅ……っ」
ステラ様の途切れた魔力経路を、根が少しずつ伸びるようなイメージで生やしていく。
自分の体じゃないんだから慎重に、ゆっくりと、決して傷付けないように。
「も、もうしわけありま……、もう……だめ……っ」
三分ほど続けたところでステラ様がギブアップしたので止める。
酸素を求めて喘ぎ、いつの間にか汗もびっしょりとかいていた。……痛み……ではなく魔力枯渇の一歩手前だな。やりすぎたか。
私はタオルと魔力回復薬を渡す。ステラ様はタオルは素直に受け取ってくれたけど、魔力回復薬には困ったような視線を向けていた。
「……枯渇時に飲んだら、吸収しすぎてしまうのでは、なかったでしたか?」
「あぁ、大丈夫です。ちゃんと魔力容量を考慮して効果が弱めのやつにしてますので」
なるほど、とステラ様は頷いて、飲む……直前で止めて、とんでもないことを聞いてくる。
「……魔力を回復させれば、また治療を再開できますか……?」
「……体への負担が大きいのでおすすめはしません」
「でもクロノア様は、無理をなさったのですよね……?」
……おっと、私が悪い例になってしまったな。
けれど譲りたくはないです。
「命が懸かってるならともかく、そうでない場面ではお止めください。……焦らなくても、そこまで時間はかかりませんよ」
「……困らせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」
ふぅ、大人しく引いてくれて助かった……。
こうして、私たちの日課がまた一つ増えるのだった。




