02 人手ゲット
少女三人(私はカウント外)でケーキ三ホールは多かっただろうかと思っていたけど、意外にも残りそうになかった。
ステラ様とセラフィーナ様は普通の範疇なのだけど、イリス先輩が非常に大食いだったからだ。一番小さい体なのに。私も体型から考えられないくらいには食べられる方だけど、体質が違いすぎるからなぁ。
ゆっくりと上品に、少しずつケーキを口にしながら、ステラ様は小さく独り言ちる。
「美味しいには嬉しいのですけれど……太ってしまいそうですね……」
「うっ」
同じくらい食べているセラフィーナ様が被弾してお腹を押さえていた。もっとも多く食べているはずのイリス先輩は全く気にしていないのか、表情を変えないままお皿に残るケーキをちまちまと食べ続けている。
彼女たちが食べたケーキのカロリーについては言わぬが花であろう。とはいっても、二人とも太っていないのだから気にするほどでもない……気にしてしまうのが年頃の女の子というところだろうか。
「ステラ様の場合は、まぁ大丈夫じゃないですかね」
「? どうしてでしょうか?」
「ステラ様の……体調次第になりますが、身体強化を教える約束になってますよね? 身体強化は魔力と同時にカロリーも消費しますから」
魔力経路障害とはさすがにこの場で言葉にせず、体調と濁しておく。それさえ直せば魔法を使えるようになるので、身体強化の訓練に移れるからね。
「最初はちょっとずつしか出来ないでしょうけれど、慣れれば長時間出来るようになりますし、それこそ息をするのと同じくらい自然にずっと続けられるようになりますよ」
「――えっ」
「ここは以前にもお話ししたところですが、続けることで素の肉体が強化されて、基礎代謝も大きく増えますし、いっそ太りようがないくらいになれますよ」
ハハハと明るい未来を語ったつもりなのに、何故かステラ様は浮かない顔で。あれぇ?
首を傾げる私にセラフィーナ様がおずおずと口を挟んでくる。
「あのぅ……身体強化を長時間って……ものすごく辛いのでは……?」
「……まぁ、慣れるまではそうかもしれませんね?」
危ない。自分のせいで基準がおかしくなっていた。
子どもたちもかなり長いこと身体強化が出来るようになってきたけれど、あれだって一朝一夕に出来ることではない。ただでさえステラ様は魔力経路障害で今までろくに魔法を使えなかった身なのだ。人一倍長い目で見なければいけないだろう。
「あー……決して無理強いはさせませんので、安心してくださいね?」
「……はい」
「それにそもそも、多少太ったところでステラ様の美しさに陰りはありませんよ。まぁ、健康という意味では太りすぎはよくないのですが」
「――」
あれ、黙られちゃった。やはり女の子相手に太る系ワードは禁句か。セラフィーナ様からの視線もなんか痛いし、今後は気を付けよう。
内心で冷や汗をかく私に助け船……などではないけど、マイペースだったイリス先輩が最後の一切れまで食べ終える。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。どうでしたか?」
「どれもおいしかった。毎日食べたいくらい」
「……毎日はやめたほうがいいですよ」
「太るって話? ワタシ、太らない」
セラフィーナ様から「え゛っ」と淑女らしからぬ声が上がったけど聞き流しておく。
おそらくだけど、イリス先輩は脳みそでめちゃくちゃカロリーを使っているのだろう。……私も身体強化の影響で体質が変わって全然太れないと言ったら怒られそうだな。それとも逆にめっちゃ食いついてくるかな。ダイエットというには厳しい道のりだけど。
「太る以前に、健康に悪いって話ですよ。病気によっては食事制限が必要になって、好きにお菓子が食べられなくなりますよ」
「……それは困る」
「でしょう。勝手ながら、勉強一筋で適当に食事をしているイメージがありますけど、健康には気をつけてくださいね」
「……気を付ける」
目が逸らされた。図星だったらしい。この天才頭脳の持ち主が栄養の偏りでぶっ倒れたら損失なんですけど……まぁあまり他人の人生に口出しするわけにもいかない。
「ところでクロサマ。これ、どれも食べたことのない味がした」
「ん? まぁ辺境伯領でとれた食材ばっかり使ってるからですかね?」
ミルクとバターとチーズがホーンカウ産、フルーツも魔の領域産だし、砂糖も樹液から精製、何なら卵もメガコッコとかいう魔物産だし……小麦粉以外ほぼ魔の領域産だな。
私の回答にセラフィーナ様が目を丸くし、ステラ様はこめかみを揉み解していた。
「……メガコッコの卵は初耳ですね」
「……今言いました。ちなみにステラ様は以前食べたことあります」
「……そうですか……」
うちの屋敷で使ってるからね。泊まった時にお出しした料理に混ざってました。……他にもあれとかそれとか。常日頃自分たちで普通に食べてたから気にしなかったけど……なんかごめんなさい。
私の反省の色が伝わったのか、ステラ様は苦笑へと変える。
「クロノア様が出してくださる物に危険はないとわかっていても、身構えてしまいますね」
「お手数お掛けします……」
私たちのやり取りを余所に、何やら考えていたイリス先輩は「ヨシ」と一言呟いたのち。
「クロサマ、ワタシ、学院卒業後に辺境伯領で働きたい」
「……えっ」
「人手、募集してたでしょ?」
「してましたけど……イリス先輩ほどの成績なら王都のどこでも引っ張りだこでは?」
初対面の後に軽く調べてみたけど、イリス先輩の成績は学年二位だった。……学年一位の侯爵家令息に忖度が働いたのでは?などという疑惑があったけど、触れるのはやめておいた。まぁ王都一のこの学院なら一位でも二位でも就職先に困りはせず、むしろ『ぜひ来てくれ!』と言われるレベルのはずだ。
私としては先輩の頭脳は欲しいし、作ってみてほしいものも色々ある。しかし辺境伯領は辺境だけあって王都から遠い田舎だ。マシになったとはいえ危険も多い。ひょっとしてそこまでお菓子に釣られたのか?と思いきや。
「お給料、いっぱいくれるって聞いた」
「言いましたけど……お金欲しいんです?」
「欲しい。仕送り」
それは……なるほど。イリス先輩は特待生で学費は必要としないけど、身分としては平民でありお金は欲しくなるものだろう。
「うちは弟妹が多い。あればあるほどいい」
「……家族から離れて暮らすのに抵抗はないんですか?」
「ない。……むしろ、離れてお金だけ送る方が、家事手伝いしなくて楽」
上の子が手伝わされるのはあるあるですねぇ……。遠い目をして語るイリス先輩の背が妙に煤けて見える。ストレス溜まってるのかしらん……。
家族を失った身としては家族が居るだけ羨ましい話ではあるけれど、人それぞれの事情や苦労があるので深くは突っ込むまい。
「それに、王都の貴族、ちょっと、かなり、肩こる。クロサマ、ステラサマ、気楽」
「あー……」
平民といえど特待生なら貴族とも関わりが増える。しかし平民であることは変わらず、貴族との付き合いは大変だろう。
ふむふむ。王都も給料は良さそうだけど、貴族の相手はしんどい。加えて、王都の家族と離れて暮らすことを視野に入れたい。危険度に関しては……まぁ私が何とかすればいいか。
ステラ様にちらと視線を向けてみれば、『問題ありません』と頷いてくれた。ならいいか。
「じゃあ、来年になっても気が変わらず、うちで働きたい気持ちを持ったままでしたら、歓迎しますよ」
「! ありがとう」
いつぞやのように、私が差し出した手をがっしりと握り返してくれた。
「あとよければですが、アルバイトしません?」
「あるばいと?」
「私が作って欲しい物のリクエストをするので、対応する魔法陣を書いてもらうお仕事です。もちろんこれもお給料弾みますし、おやつも付け――」
「やる」
おぉう、食い気味で返ってきた。おやつだけに。
ふふふ……私はQOLが上がり、イリス先輩はお金とお菓子が得られる。これぞwin-winの関係……!
そんな私たちの横でセラフィーナ様が「私もクロノア様とステラ様と働きたいなぁ……」などと小さく零していたけど、申し訳ないけど聞こえなかったことにしてスルーさせていただいた。
いや彼女は王都の教会で働くのが決まってますし……意地悪のつもりではないんですよ……。




