01 ケーキパーティ
「あっ! ステラ様、クロノア様、本日もお疲れ様です!」
「こんにちは、セラフィーナ様。貴女は本日もお元気そうですね」
いや本当に。と同意を口に出そうとして、無難に挨拶を返すだけに留めた。
第二王子魔物召喚事件から十日ほど。学院の動揺も収まり、平和が戻ってきたかのように見える。
……宰相閣下情報によると、事件の真相は未だに解明出来ていないらしい。
実際のところ、私が世界書庫で調べればすぐにわかるのだけれども、使いたくない以前にいかんせん証拠能力がない。この場合疑われるのは世界書庫の中身ではなく、それを伝える私のほうである。
だって(公式には)誰もアクセス出来ていない場所なのだ。私が『出来ます』と言ったところで一体誰が信じてくれるだろうか。頭を疑われるだけなのがオチで、最悪偽証罪でぶちこまれる。
そもそも世界書庫の件は国王陛下と宰相閣下にも話していない。お二人は信じてくれそうな気はしないでもないけど……アクセス出来ると知ったら私に何を要求するかわからない。それくらいには影響力のある物だと思っているので、今後も自分から打ち明けることはほぼない。
そういえば、唯一知っているステラ様は今のところ何も聞いてきていないな。宰相閣下にも報告していない(と思われる)のはちょっと意外なのだけれども……色々と私に遠慮しているのだろう。ちょっと利用したくらいじゃ怒らないのにな。
話を戻そう。
あの件により、何と言うか……私たちが聖女――セラフィーナ様に懐かれてしまったようである。お互いの名前呼びもその結果だ。
身を挺して第二王子から守った。……間違いではないし、ステラ様なんかは私みたいな対抗手段なしに立ち向かったのだからより感銘を受けることだろう。
でも私はやはり教会紐づきという点に置いて喜べない。しかし邪険にするのはもっての外だ。ステラ様を助けられた恩があるのだから。なお、「やはり勇者様では?」と再攻勢を受けかけたけど、ステラ様が「勇者様であれば教会の認定がなくとも世のため人のために動いてくださるでしょう」と煙に巻いてくれたことで落ち着いている。再燃しないといいんだけど……。
そんな私の悩ましさを知る由もなく(知られたくもない)、今日も聖女様はまるで子犬の尻尾を幻視させる勢いで駆け寄りまとわりついてくる。
「あれ? 今回はお二人だけじゃないんですね?」
と、セラフィーナ様は目の前にやって来てやっと、私たちの後ろにもう一人居ることに気付く。
そのもう一人とは。
「あー、紹介しておきますね。セラフィーナ様、こちらは魔道具科のイリス先輩です。イリス先輩は……ご存じかもしれませんが、セラフィーナ・ルミナリエ様です」
「聖女サマは、知ってる。…………よろしく」
「は、初めまして」
私が自習ルームで出会った天才さんである。
本日イリス先輩が同行しているのは偶然ではない。彼女にお礼をしようと思って――……お礼と考えると、ここでセラフィーナ様を返すのも座りが悪いな。
「……セラフィーナ様も一緒におやつ食べます?」
「え? いいんですか?」
「たくさんありますので。……いやホントにたくさんあるので取り分減りませんから、そんなジト目で見ないでくださいよ先輩」
「……しからばおーけー」
ふぅ、この食いしん坊め。
私たちはセラフィーナ様を加え、四人で学生ラウンジへと到着する。すでに結構な学生の数で賑わっていたが、私たちが顔を出した途端に一瞬だけど話し声が止んだ。
学院の有名人、ステラ様とセラフィーナ様ですからね。……加えて私もこの前の件でまたちょっと有名になったらしい。少女二人を守り、魔物を倒したことで評価が上がった反面、問題行動があったとはいえ第二王子に手を出したことで評価が下がった部分もある。ちなみにその点において国王陛下からのお咎めはない。むしろ非公式とはいえ謝られたくらいだ。
謝ると言えば、イグナーツ何某もといエンデューロ様にも謝られたっけ。「変に突っかかって悪かった」と。どうやら私が魔物を倒した場面を見ていたらしい。でもその後「でも俺は諦めないからな!」とも宣言されてしまった。私に言ってもねぇ……。
ひそひそと噂をしているようだけど、悪意は感じられないのでとりあえず放置。私は比較的空いている一画に三人を誘導し、座ってもらう。
「さて、本日のお題目はケーキの試食でございます」
そう言いながら私は魔法鞄から三つの大きな箱を取り出す。なお、魔法鞄は空間収納とは違い、貴族であれば持っている人が多い。ただし収納容量はピンキリであり、出回っているのもほとんどピンだ。キリになるとめちゃくちゃお高い。私は買おうと思えば買えるけど、マックス容量が不明かつ時間停止機能のある空間収納とは利便性が比べ物にならないので不要だ。私が今使ってるのは単にカモフラージュ目的で、鞄の中で空間収納に繋げていたりする。
ステラ様がどこか苦笑したような笑みを向けてくる。今朝の時点でこのことは伝えておいたけど、私が睡眠時間を削ってお菓子を作っていたのがアウトだった。すでに怒られたあとだ。ただ彼女もチョコレートが好きなので私が作るお菓子に興味はありありらしい。可愛いものね。
「私が作ったので形が不格好で詰めも甘いかもしれませんが、味は保証します」
「えっ? クロノア様が作ったのですか? 辺境伯様なのに?」
「まぁ、趣味の一環でして」
やはり貴族が手料理は意外らしい。セラフィーナ様が目を丸くしている。
一方のイリス先輩はまだ開けてもいない箱にずっと目が吸い寄せられている。本当に甘い物が好きなのね。
「これらはみんな、イリス先輩の描いてくれた魔法陣のおかげで火加減の調整が楽になったオーブンで焼いたケーキです」
だからイリス先輩を呼んだのである。
私なら魔法で火加減はどうとでもなるけれど、誰でも手軽に使えるようになるという恩恵は大きいだろう。屋敷と領主館に設置したので、料理係の子たちが喜んでいたよ。
「これは……見た目も楽しいですね」
「うわぁ、美味しそう……っ」
「――(目が釘付け)」
箱の蓋を開けると、まず出てきたのはオーソドックスな生クリームと季節のフルーツたっぷりのショートケーキ。生クリームとバターはいつものホーンカウ製であり、フルーツも採れたて魔の領域産(魔素除去済み)だ。
他には爽やかレモン(っぽいフルーツ)のチーズケーキ、バターたっぷりパウンドケーキもある。まぁショートケーキに比べたら見た目は大人しいけど、どちらも味見時点では十分に美味しかった。
私はショートケーキをナイフで小さく切り分け、フォークを添えてイリス先輩の前に皿を置く。地位的には真っ先にステラ様に出すべきだけど、今日は彼女へのお礼だ。イリス先輩はすぐに飛びつく……かと思いきや、意外にも全員分切り分けるまで待ってくれた。目がぐるぐるとしてたのはご愛敬。
「ではどうぞお召し上がりください」
「「「いただきます」」」
おそるおそる、わくわくと、まっしぐらに。
三者三様にケーキへとフォークを入れ、口へと運ぶ。
「甘いです……それなのにくどすぎず、滑らかで、いくらでも食べられそうですね……」
「乗ってるフルーツと合わせて食べるともっと美味しさが増しますね!」
「――(無言で咀嚼している)」
ンフフ。
少女たちが喜ぶさまに私は口元を緩めつつ、紅茶を用意していく。甘さ控えめのストレートティーだ。ケーキが十分に甘いから、これでさっぱりすることでしょう。
そして私にはブラックコーヒー。別にカッコつけてるわけじゃなく、ケーキの甘さを考えるとブラックが適当だと思っただけだ。
「……あの、クロノア様。私、そんなに子どもっぽい仕草をしていましたでしょうか?」
「え? そんなことないですけど」
「そうですか……その、貴女が、小さな子どもを微笑ましく見るような視線をしていましたので……」
……ひょっとして年寄り仕草が出てしまっただろうか。気を付けよう……と言っても無意識だからどうしようもないか。
恥ずかしそうに頬に手を当てるステラ様は、その仕草こそ子どもっぽいようでいて可愛らしかったけどそこには触れずに。
「いつも子どもたちの相手をしているから癖になってるのかもしれませんね。大丈夫です、ステラ様はどこからどう見ても麗しい方ですよ」
「…………ありがとうございます」




