03 クロノア式訓練法
学院が休日である今日、私たちは朝から領主館敷地内の孤児院に来ていた。ステラ様訓練計画の一環として、子どもたちと一緒に訓練をしてもらうためだ。
これは別にステラ様の体力が子ども並と揶揄しているわけではない。単にここに状態に合わせて強度を変えられる設備を作ったからである。
……のだけれども。
「……はぁ、はぁ……まさか、小さな子に、負けるだなんて……恥ずかしい、限りです……」
「あー……えと、そんなに落ち込まないでください……」
軽い柔軟の後に体を温めてもらうよう皆で一緒にジョギングをしてもらっていたら……ステラ様が一番に脱落した。年齢一桁の子どもばかりなのに。とはいえここまで顕著に差が出たのにも理由はある。
どうでもいい話ではあるが、ステラ様の今朝のお召し物は私がプレゼントしたジャージだ。運動の邪魔にならず、伸縮性があって、ついでにクイーンアラクネの糸を加工してあるので性能は良い。そして見た目ただのジャージであっても美少女は美少女である。……上気した頬とか、汗で張り付いた髪とか、妙に色っぽく見えるのは私の目が悪いからだろうか。……うん、ここが孤児院で良かった。大人の男性が居たらとても目の毒だっただろう。
子どもたちは私たちのことなど気にせず、まるで遊ぶようにきゃっきゃと走り回っている。元気でよろしい。
「……皆さん、随分と自然に、身体強化を使っているの、ですね……」
「おや、わかります?」
ステラ様は魔法使いとしての素質がないようなことを言っていたけど、魔力経路障害というだけであって、素質自体は高かったりするのだろうか。
私は子どもたちには真っ先に身体強化を教えた。辺境伯領は魔素濃度が濃くて中毒になりやすいという大きな欠点があるからこそ、魔素(魔力)に体を慣らすために必要なことだからだ。身体強化に慣れさえすれば、辺境伯領の魔素濃度の高さは逆にプラスになる。何せ放っておくと中毒になるくらいに吸う……つまり魔力の回復になる。回復した魔力でもって更に訓練して、と辺境伯領民はこうして強くなっていく。魔力経路障害によって身体強化が使えないステラ様が真っ先に脱落していくのも、仕方ないといえば仕方がない。
この身体強化であるが、外側からは使用しているかどうか一見ではわからない。けれども体内を流れる魔力を感じ取ることは可能だ。ステラ様にはそれが見えたのだろう。
「……ひょっとしたら、アリウスお兄様より上手かもしれませんね……」
「えっ? さすがにそれはないのでは?」
ここの子は大きくて十歳だ。年の差があるし、なにより貴族家で、英才教育を受けてきたアリウス様より上手ってことはないと思うんですけど?
その私の考えをステラ様は否定するように首を横に振ってから……額に手を当て溜息を吐く。
「……クロノア様が関わっている時点で普通ではないと気付くべきでしたね」
「えっ」
「……例えば、あれですが」
ステラ様は奥の方に設置されている器具に視線を向ける。
そこには上り棒に雲梯、ネットクライミングやステップストーン……いわゆるアスレチック遊具の数々あった。何人かの子どもはジョギングに飽きてそちらで遊んでいる。
「あれ、ただの遊具ではありませんよね?」
「まぁ……そうですね」
スポーツジムみたいなダンベルを用意したところで子どもたちは飽きるだろう、だから遊びながら鍛えればいいんじゃないかなと思って加工クラフティングで作成した物だ。それだけでなくあれらの遊具には仕掛けがしてあり、使用者の身体強化レベルによって自動的に負荷が変わるようになっている。
これが大ウケして私が何も言わずとも暇さえあれば遊んでいる子が多い。なお、一般的な訓練でも使う木人形や魔法用的当てなどもちゃんと用意している。
「遊ぶように、というのがポイントなのでしょうか。だとしても幼い頃からこれだけ訓練しているのは異常です。我が家もここまでやっていませんでした」
「えぇ……多いですか……? 私、これよりもっと訓練していましたけど……体を壊させないよう抑えている方ですよ……?」
などとぼやいたら信じられないものを見るような目で見られた。
……まぁ、当時は早く強くなりたくて焦っていた自覚はある。必死すぎて視野狭窄気味ではあった。
「……参考までにお聞きしても?」
「そうですねぇ……まず――」
常時身体強化は当たり前。魔力が減ったら周囲の魔素を吸収。それでも足りなかったら魔力回復薬(世界書庫さんの知識と魔法創造を合わせて作った)を飲む。とにかく身体強化。
そうして身体強化を重ねていると、やがて身体強化なしの素の肉体も強化されていく。たとえるなら筋トレの負荷で筋肉が肥大化するようなものだ。全身の肉が、骨が、神経が、自分を形成するありとあらゆるものが少しずつ変質していき、更なる負荷に耐えられるようになる。
「……待ってください。色々気になる点はありますが……えぇと、変質、ですか……?」
「そうですね」
「ごく普通に見えますのに……?」
恐る恐るステラ様が袖をまくって露出されている私の腕に触れてくる。指でなぞったり、押したり。
「……触覚を遮断しているわけじゃないので、くすぐったいのは変わらないですよ」
「……あ、申し訳ありません」
ステラ様がパッと手を離して、私の中の変な気分も消え去った。
「実際のところ、身体強化はまだマシだったんですよね。次の魔力保有量拡張の方が痛くて痛くて」
「魔力保有量は魔力枯渇した時にわずかに増えると聞いたことがありますが……痛い、ですか……?」
「確かに魔力枯渇でも増えますけど、その先の拡張をやらないとそんなに効果ありませんよ?」
魔力枯渇すると魔力保有量が増えるのは、枯渇時に魔力経路が最適化されるからという話であり、それも間違いではない。
けれど私がやったのは、文字通りに拡張だ。
魔力経路を太くすることにより、容積を増やす。
方法としてはある意味単純である。枯渇させ魔力飢餓状態にさせることで魔力吸収力を上げる。そこに回復薬などで大量に魔力をぶちこむ。そうすると吸収しすぎて膨らむというわけだ。当然ながら痛い。下手すると破裂する、っていうかさせたことがある。これもいわゆる魔力経路障害だけど回復魔法で治った。
更には魔力経路を太くするだけでなく新たに作成することでも容量が増えて――とまで言おうとして止めた。ステラ様の視線が痛ましいものへと変化したからだ。
「……そこまで、しなければならなかったのですか……」
――そこまでしても守れず取り溢した命もたくさんあるんですよ。
そう心の中で呟いてから、当たり障りのないことへと切り替える。
「まぁほら、私の場合は世界書庫のおかげで『無駄な行為ではない』とわかってましたからね」
これが徒労に終わるならただの拷問だけど、耐えれば強くなれるとわかっていたので我慢出来た。
痛いで済んで、死なずに済むのなら、安いものですよね。
ステラ様はまだ何か言いたそうな顔をしていたけど、口を噤み、おそらく本来言いたかったであろうこととは別の言葉を口にする。
「……ここの子どもたちは随分優遇されているように感じますけれど、他の孤児院はどうしているのですか?」
「ん? ここまでの遊具はなしですが、生活に必要な支援はあれこれしてますよ。ここの子たちは……優遇と言えば優遇ですが、よっぽど他に適性がない限りは将来は領主館で働くことを義務付けています。自由がないとも言えますね」
領主になったことで出来ることが増えたけど、しがらみも増えた。あまり子どもにばかり力を入れていると一部の大人がうるさいのだ。私としては無視したいけど、どちらも領民には変わらないのだからそうもいかない。
なので建前として義務を課した。将来働いて返せってやつだ。狩人になりたい子や、魔物が怖くて軍人になりたがらない子は別の孤児院に入ってもらっている。強制はしていない。
どこで育つのが幸せかは私にはわからない。ただどの子も、元気に、強く生きてほしい。
そう願う私に、元気な子が走り寄ってくる。シェリィと、追ってきたリンだ。「ままっ」と飛びつくシーちゃんを抱き上げてリンに問う。
「リン、どしたん?」
「あ、その……じゃま、だった?」
リンがいつになくもじもじしている。ちらちらとステラ様を見ているし、まだステラ様に緊張しているのだろうか。
「大丈夫だよ」
「……そう? その、みんなが、せっかくクロお姉ちゃんがいるんだから、一緒に訓練してほしい、って……」
「あそんでーっ」
あ、そういえば元はステラ様込みで訓練しようと思ってたんだった。ちょっと話し込みすぎたか。
「よし、それじゃ一緒に遊ぼうか。ほらたかいたかーい」
「あははははっ」
いつものようにシーちゃんを高い高いする私に、ステラ様が背後でぽつりと。
「……普通はそこまで高くしません……」
どうやら二メートルくらい投げたのがお気に召さなかったらしい。
大丈夫ですよぉ。今更落としませんし、落下速度はしっかり殺しつつ柔らかくキャッチして……あ、溜息吐かれちゃった。
次回から第三章ですが、いったん章タイトルは伏せています。
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