03 騒動からの脱出
ステラ様は困惑した目で私を見る。
辺境伯家当主を自称する――事実だけど――見知らぬ人間が突然こんなことを言い出したところですぐさま頷けるはずもない。特殊な状況下なのでノーを告げるのも難しいだろう。
それを利用するようで申し訳ない気持ちはあるのだけれども、アッシュフィールド辺境伯領は人手不足が甚だしい。ステラ様のような優秀な人材は切実に、喉から手が出るほどに欲しいのだ。せめて話をする機会を得たいという気持ちもどうしても拭えない。
罪悪感と願望をない交ぜにしながらジッとステラ様を見詰めていると、やがてその紫の瞳に、揺らぎが見えた。
瞼が閉じられ、遮られる。それは決意からか、あるいは諦念からか。
再び覗かせた瞳から察するに前者だったようで、内心ホッとする。
「――わかりました」
ステラ様は私の差し出した手のひらの上に、自身の手を委ねてきた。
……冷たい。
そりゃそうだ。私みたいな転生者とは違い彼女は正真正銘の十五歳。貴族令嬢として高水準の教育を受けてはいても、まだ庇護されるべき子どもなのだ。こんな圧に晒されてはたまったものじゃないだろう。
一番の原因は第二王子、二番目は国王陛下と宰相閣下であっても、私も共犯者のようなものだ。
せめてもの罪滅ぼしに、彼女に心の傷が残らないように心配りをしなければ。
私は彼女の手を温めるように両手で包み、額へと押し当てる。最上位の感謝を示す行動らしいので丁度いい。
そうしてうっかり存在を忘れかけていた私の耳に、第二王子の怨嗟の声が届いた。
「きっ……さまぁ……王子である俺にこんなことをして、許されると思うなよ……!」
許されると思うなよ、はむしろ私のセリフだ。守るべき法を犯しまくっておきながらどの口で言うのか。
対処するのも面倒なので、撤退としゃれこもう。
「とりあえず、話が出来る場所に移動しましょう」
「ですが――」
「問題ありません。私はあのアホボン――もといディオ王子殿下とは違って根回し済みですので」
あ、心の声が漏れてしまった。ステラ様は眉をひそめたけれど、どうやら聞かなかったことにしてくれるらしい。助かった。
繋いだままのステラ様の手を引き、学生たちの間をするするとすり抜けてホールの外へと出る。背後から第二王子の喚き声が聞こえるけどあーあー聞こえなーい。
おっと、衛兵さんたちがやっと来たな。むしろ私の話が済むまで待っててくれたのかな?
話は通してあるけど……うん、私たちに軽く視線を向けただけで通り過ぎていった。衛兵の中に一人、国王陛下直属の近衛騎士が居たな。国王陛下にしか従わない彼が居れば、第二王子とて捕まえられることだろう。……前世の意識からすると、罪を犯す前に止められなかったのかと思ってしまうけれど、今は突っ込むまい。
ステラ様の手から強張りが解けた。衛兵から咎められなかったことで安心したようだ。しかしこのまま歩いて行くのはよろしくないな。野次馬学生がついて来ないとも限らない。
「すみません、飛びますね」
ステラ様に一言断ってから、転移の魔法を発動させる。パーティホールの外に出たから魔法禁止結界の効果が及ばなくなったのだ。
「――えっ?」と小さな疑問の声を上げるステラ様。いやうん、説明不足でごめん。でももう止められない。
足元から光が迸ると同時に視界が暗転。ほんの瞬きのうちにまた視界が開ける。
「……学生、寮?」
よろりと僅かに体が傾ぐステラ様の背を手で支える。
私の手に気付いていないのか、ステラ様は呆然としながら目の前に現れた――正確には私たちが現れた――学生寮を眺めていた。
「まぁ、転移魔法ってやつですねぇ」
「――転移」
……そういえば転移魔法って遺失魔法だっけ? それがこうもあっさり使われてしまえば驚きもするだろうけど……驚きだけではないか、これは。
彼女の顔に浮かんだのは――危機感だった。
「おっと。便利さより先に危険を感じるあたり、為政者側の視点って感じがしますね」
転移魔法は悪用しようと思えばいくらでも出来てしまう。それは法を守らせる側としては頭を抱える大問題でしかない。国王陛下が苛烈な性格であれば、知った時点で拘束してきたことだろう。……まぁ、されないためにも手を打ったんだけど。とても便利なんだから、使わないという選択はないのだ。
ちなみに、国王陛下にはうっかり知られたのではなくあえて知らせた。領地で好きにさせてもらうために、私が有用であることを伝えておきたかったのだ。悪用不可でも、平和的な有効活用なら協力するから便宜を図ってねってことで。
憂いを見せるステラ様を安心させるためにも、正直に話していく。
「そこも問題ないと思います。この魔法を暗殺や誘拐、危険物の密輸など悪事に使用しない、と国王陛下の前で創世神の神紋契約していますから。まぁ転移魔法が使えるといいふらす気もないですし、逆にそういった用途に使われる気もないという宣言でもありますが」
ただ『悪事に使いません』と言っただけで信用されるわけがない。私だってよっぽど信用している相手でもない限りまず疑う。
そこで必要なのが契約だ。
契約と言っても前世とは違い、破ろうと思えば破れるものではない、強固な契約。
それが――神紋契約。
破れば厳しい神罰が下される、神が存在するこの世界ならではの非常に重い、重すぎるゆえに軽い気持ちでは決して結べない契約。その中でも創世神は世界で一番格の高い神であり、比例して一番重くなる契約だ。
ここまですれば国王陛下とて私を信じざるをえない。というか破ったら私は終わりだから、破られた時のことを考える必要がなくなる。ついでに、私に命令して悪用を強要させないような牽制にもなるという寸法だ。
「創世神の神紋契約ですって……!?」
ステラ様は事の大きさがわかるようで、先ほどの転移魔法以上に驚きつつ、抱いた危機感を霧散させてくれた。
なお、神紋契約を結んでいるという虚偽の発言も神罰の対象なので、ブラフであるという疑念も取り除いてくれる。神様ってすごいねぇ?
「えぇと……その、学生寮でお話を?」
「いえ、お手数ですががもう一回移動……アッシュフィールド辺境伯領へとお招きしたいと考えております。ですので、着替えてきてください。パーティ用のドレスでは息苦しいでしょう?」
ドレス姿は美しく目の保養になるけど、話をするには向いていないだろう。コルセットとか辛いと聞くし。
言われるがまま素直に部屋へと着替えに戻るステラ様に手を振り、姿が見えなくなってからイヤーカフ――通信の魔道具――に手を触れて起動させる。
通信先は、アッシュフィールド辺境伯領に居る、私の幼馴染にして補佐官。
「ラン、聞こえる? 今話して大丈夫?」
『クロ? 大丈夫だけど……パーティはどうしたの?』
雑音なし、感度良好。私の幼馴染にしては大人しく育ったランの落ち着いた声がよく聞こえる。
特に機密の含まれる情報を話すわけではないけど、学生が通りかかったら電話を聞かれているような微妙な気分になるので、遮音結界を張ってから続ける。
「トラブルで抜けてきた。もう用はないし、もう少ししたらそっちに帰るよ」
『……そう。でもその程度でわざわざ連絡してこないわよね。何かあった?』
「さすが幼馴染、鋭いね。一緒にお客様を連れて行くから、それっぽく出迎えしてくれる?」
通信機の向こうで、ランが息を呑む音がした。
ランは私が転移魔法を使えることを知っている。しかし公言なんかしてないし、する気もない。強欲な相手に知られて利用されたくない――利用されてなんかやらないけど、面倒な対応が増えるのは避けたいからだ。
それなのに私が『(転移で)連れて行く』と言うからには……転移魔法を見せても良いと思っている程に重要な相手だと察したのだろう。
『……誰なのか聞いても?』
「ふふ、聞いて驚くがよい。彼女は――あの課題の救世主様さ」




