02 星に願う
唐突に割り込んだ私に、周囲から『誰だこいつ?』とでも言いたげな視線がいくつも刺さる。前世であれば緊張の一つもしただろうに、荒くれ狩人たちに揉まれて育った身としては、暴力の伴わないそれらには何も感じない。随分と図太くなったものだ。
中央の空いたスペースへと入ったことで、第二王子たちとステラ様の視線もこちらへと向く。前者は訝し気に、後者は徐々に目を見開いて。……おや、ステラ様は私を知っていそうな反応だな? 宰相閣下とは知己であるし、そこから何か伝わってたりするのだろうか。変な噂じゃないといいけど……。
「貴様、何者だ!?」
第二王子が苛立ちを見せながら私へと誰何する。
こんな見るに堪えない茶番を始めたアホなボンクラに敬意の欠片などないのだが、残念ながら対外的な地位は第二王子の方が上だ。死んだ養父様の顔に泥を塗りたいわけでもないので、口調だけでも丁寧な対応を取る。
「ディオ王子殿下におかれましてはお初にお目に掛かります。私、アッシュフィールド辺境伯家当主にして領主をしております、クロノアと申します」
「アッシュフィールドぉ…………? …………東の田舎者じゃないか! 貴様の出る幕などない! とっとと去れ!」
田舎なのは事実だけど、仮にも貴族家当主に面と向かって罵倒するとは品性の欠片もないなぁ。いやこんな事態を引き起こしている時点で今更か。それとも、これも当主だと信じられていないパターン? もしくは私が元平民で養女から当主になったことを知っている?
内心でどんどん下がっていく評価とは裏腹に、私の笑顔は深くなっていく。第二王子がバカを見せれば見せるほど、今後の結果が楽しいことになるのだから。さっきの怒りはどうした、って? 私に悪意を向けられる分には痛くも痒くもないしね。
「婚約破棄したんですよね? つまり彼女はフリーですよね? だからもらっていこうかと思いまして」
これには第二王子もステラ様も面食らったような顔をした。
……ですよねぇ。
婚約破棄かつ断罪をしている(ただし第二王子のみの視点)対象にその場で勧誘だなんて、普通はしませんよねぇ。
自分でもどうかとは思っているけど、ステラ様は今まさに名誉を傷付けられている。冤罪だったと後で証明されても、センセーショナルな話題は広まるのが早く、また打ち消しにくい。他の貴族家に望まれるほどに魅力があるとその場で即座に上書きをしなければ、貴族令嬢にとっては致命的な傷跡となってしまうのだ。アッシュフィールド辺境伯家はともかく、クロノアの知名度が低いのでどこまで効果があるかはわからないけど、ないよりは絶対にマシだ。
優秀な彼女の能力が欲しいと思っているのも事実。他の誰かに搔っ攫われる前に確保しておきたい。まぁ彼女の意志次第だけど。
「は、はぁ!? そんなこと許されるわけがないだろう!」
咄嗟に『許されないことをしているのはお前だ!』と出そうになったが抑える。
「おや、何故です?」
「その女には山ほど罪状がある! 牢屋行きだ!」
「では逮捕令状をお見せいただけますか? 現行犯以外は令状なしの逮捕は出来ませんよ?」
これで第二王子の分が悪いと印象付ける。証言は山ほどあると言っていたがそれを明示されたわけではないのだ。ただ言葉を連ねただけで他人をどうか出来るなど、誰もが御免だと思うだろう。
「お、俺が許可するといっているんだ!」
……持っていないと予想はしてたけどさぁ。
この国は王がトップであるが、平時においては王であっても王国法を守る義務がある。王族自らが法を無視するとは、マジで教育はどうなっているんだ。
崩れそうになる表情筋に力を入れて、何とか笑顔を保つ。
「王族といえど法には則っていただきませんと。ちなみに私は国王陛下と宰相閣下に、彼女が頷けばもらっていいと許可をいただいております。証文ありますけど、見ます?」
そう、そのような証文があるのだ。
すでに婚約済みであり、結婚先が決まっているはずのステラ様を勧誘する権利を持っていることを示す証文が。
――国王陛下も、宰相閣下も、この騒動が引き起こされることを知っておきながら放置しろだなんて、本当に人が悪い。
ステラ様が本当に投獄されたらどうするつもりだったのだ。第二王子がどうなろうと自業自得だが、彼女に全く非はないというのに。
……ん? あれ? これひょっとして、私に証文を与えることで、尻拭いの一端を担わされている? 確かに私はステラ様を前々から欲しがっていたけれども……モヤっとするけどまぁいいか。手が届かなかった存在に手を伸ばす機会を与えられたのだと思えば、私にとってプラスだ。
しかしせっかくもぎ取ってきたその証文は、顔を真っ赤にした第二王子の怒声によって日の目を見ることはなかった。
「ふざけるのもいい加減にしろ! えぇいおまえたち、こいつごと引っ捕らえろ!!」
第二王子の命令に応え、取り巻き――おそらく騎士科の学生三名がマントで隠されていた剣を抜き、私とステラ様へと構える。
天井の明かりを反射するそれは……真剣の刃。
……バカだバカだと思っていたけど、ここまでバカだったとは。
本当に、笑えない。
さしもの事態に周囲から悲鳴が零れ始めた。けれど、彼らの凶行を止めようとする人物は、同じく騎士科と思しき学生を含めても誰一人として居ない。……相手が第二王子派だからか、王都でぬくぬくと育ってきたからか。せめて前者と思いたい。
ずっと気丈さを保っていたステラ様もここで怯えを見せる。騎士科ではない令嬢であっても護身術程度は修めているはずだけれども……これは責める気にはなれない。第二王子から責め立てられていながらも背筋を伸ばしていた点だけでも十分だろう。むしろ私が狩人流に染まりすぎているだけだ。
彼女の視界に剣が映らないように位置取り、保つ必要のなくなった笑顔を消す。
「武装禁止区域における帯剣と抜剣を確認。現行犯で鎮圧する」
宣言せずとも正当防衛と認められるだろうけど、痛くない腹を探られるのも面倒なので周知。
もちろん私自身、武装禁止区域で武器を出す愚は犯さない。実際には持ってるけど、見られなきゃ持っていないのと同じだ。
フッと小さく息を吐き、半ば無意識に体内の魔力を練る。が、ミスる。……そういえばここは魔法禁止結界が張られているんだったか。ちょっと恥ずかしい。きちんと魔力錬成すれば突破出来るだろうけど、武器と同じく禁止区域で使用しないに越したことはない。むしろ阻んでくれてよかった。
まぁ、学生相手に身体強化魔法は必要はなかった。魔の領域の魔物たちと比べれば、断然弱いのだから。
「――シッ」
拳を握りしめ、地を蹴る。
瞬く間に距離を詰めた私に、学生は迎撃の姿勢を見せることすらなく――
「あがっ!?」
剣の柄を握る手の指を殴り付け、武器を取り落とさせる。直後に顎を蹴り飛ばす。
一人目。
「ぐっ――」
振り上げた足を切り返し、同じく武器を持つ手を蹴って取り落とさせ、腹を殴り飛ばす。
二人目。
「なっ……?」
呆然とする学生に『魔の領域だと死んでいるぞ』などと心の中で独り言ちながら懐に潜り込んで肘を極め、武器を手放すのを横目に確認しながら体重と勢いを乗せて肩で押し飛ばす。
三人目。
「ぐえっ!?」
三人ともわざと第二王子に向けて飛ばしたけど、目論見通りに圧し潰されてくれた。どれだけ腹が立っていようと直接手を上げるにはいかなかったからだ。武器を失わせて怪我の可能性を減らしただけ温情と思ってほしい。
しかしまぁ、学生とはいえこの程度の能力で第二王子の騎士とは嘆かわしい。一度辺境伯領で鍛え直して……いややっぱり要らないわ。
汚れてはいないけどパンパンと手を打って払い、深呼吸をして胸の内の空気を入れ替える。まだ用事は終わっていないのだから、意識を切り替える。
振り返ると、ステラ様の顔はまだ緊張に満ちていた。
事は終わりましたよ、という意味も込めて笑顔を向ける。私自身ある意味不審者であるという事実からは目を逸らす。
せめてこれ以上警戒を抱かせないように、ゆっくりと、彼女へと歩み寄った。
……大丈夫、作法はインストール済みだ。後は私に出来る精一杯の誠意を乗せるだけ。
戸惑いを見せるステラ様のやや手前で跪礼。やはり体は鍛えておくものだ、淀みなく動いてくれた。
「シルバーレイン侯爵令嬢、ステラ様。クロノア・アッシュフィールドが謹んでお願い奉ります」
顔を上げ、届かぬ星を幻視しながら手を差し出す。
願いを、紡ぐ。
「私には貴女が必要です。どうか共に来ていただけないでしょうか?」




