01 始まりの騒動
新作です。よろしくお願いします。
新作と言いつつ、第一章は短編版「婚約破棄? じゃあその子、もらっていきますね」のクロノア視点です。第二章から新作と言うべきかもしれない。
本編だけでも大丈夫……と言いたいところですが、どうしてもクロノア視点では説明できないステラの心中が描かれているので、短編版未読の方はそちらも一読いただけますと助かります(未熟&ダイマ
『お前が当主だって……? 冗談は止めてくれ』
『すみません、辺境伯領はちょっと……怖くて……』
『悪いな、俺は王都で出世したいんだ。田舎になんて行きたくない』
ですよねぇー。
などと私は心の中で溜息を漏らしながらも同意してしまう。人材探しというものは、かくも難しい。
エリュシオン王国、王都エリュセリアにある王立アストレア学院。
成績が特別優秀であれば特待生として平民が入学することもあるが、それは各学年で片手の指で数えられるほどに少ない。主に貴族の子女の教育と、縁作りのための学院である。
私――クロノア・アッシュフィールドは、学生ではないが、国王陛下の計らいで特別生としてこのアストレア学院に時間を捻りだしては通っていた。
目的はもちろん勉強……だけではなく、人手不足のアッシュフィールド辺境伯領の人材探しも兼ねている。今日は新年パーティの日なので授業はないが、学生がひとところに集まる日であるため、私もコネを作るために混じってみた。コネ入社とか聞くと悪いもののように聞こえるが、貴族社会……でなくともどこでもコネは重要なものである。それを学んだのは以前に冒頭のあれらを聞いたからだけども。
学生とはいえそこは貴族、綺麗な花がそこら中に咲いているけれど、私は諸事情でスカートを履きたくない(そもそもドレスを持っていない)ので、騎士礼装のパンツルックで参加している。正直浮くかな?とは思っていたけど、逆に物珍しいようでちょこちょこ話しかけられるのは嬉しい誤算。幼馴染たちは似合っていると太鼓判を押してくれたけど、その内一名がなんだか複雑そうな顔だったからちょっと心配だったのだ。
とはいえ、さして面識もない状態で『アッシュフィールド辺境伯領で働きませんか?』などと誘ったところで断られるだけだ。辺境伯領が大変魅力のある、働き甲斐のあるような領地ならばともかく、現時点ではその真逆を突っ走っている。
辺境伯領が不人気な理由は、数えれば切りがない。
まず王都から馬車で十五日はかかる田舎であること。次に、絶えず魔物が湧きだす魔の領域の防波堤であり、年中魔物災害――通称魔災――の危険に晒されること。力自慢の狩人たちは強力な魔物素材を目当てに集まっているけれど、貴族の子女には縁遠い話だろう。
そして何より、単に私の信用がない。何せつい昨年、死んだ養父様から爵位を継いだばかりだ。一年も経っておらず、領地で忙しすぎて社交界にも顔を出せていない。コネもほぼ皆無。……後者は養父様に恨み申し上げるべきか。亡くなってるけど。
そんな状態で勧誘したのだから、まぁ全て私が悪い。バッドコミュニケーション。反省も込めて今日はただ雑談に興じているけれど……コミュ強というわけでもないし、話が合わないのでどうにも居心地が悪い。
一旦休息として一人離れ、テーブルに用意されている食事を口にする。
王都の、貴族の子女が通う学院の食事だけあって美味しいには美味しいのだが……日本人としての記憶が残る私にはちょっと、いやかなり物足りない。
そう、私はいわゆる転生者と呼ばれるものだ。
幼少期よりその知識と特殊能力を生かして立ち回った結果、今現在特級狩人かつ、辺境伯家当主に収まっている。前世はブラック労働で過労死したのに、今世でもあくせく働く羽目になっているのは何の因果だろうか。……権力が必要だったから仕方ないんだけどさ。
思わず零れ落ちそうになる涙をジュースを飲んで紛らわせていたら――パーティホール中央からざわめきが走った。
……あぁ、やっぱり実行してしまうのか。
私はやるせない気持ちを抱えながら、このパーティに参加した主目的を眺める。
私からすれば、茶番でしかないそれを。
「ステラ・シルバーレイン! 本日この時をもって貴様との婚約を破棄する!!」
祝いの場にそぐわない鋭い青年の声により、多くの学生でざわめいていたパーティホールはシンと張りつめた静寂に包まれた。
断罪するかのように突き付けられた言葉に対面するは、呼ばれた通りステラ・シルバーレイン侯爵令嬢。
その少女は大層美しい少女だった。銀の長い髪は星のように煌めき、紫の瞳は大粒の宝石のよう。肌はシミ一つなく真っ白で、フリルのドレスの上からでもわかる女性らしいスタイルでありながら、均整の取れた体の持ち主。成績も学年トップを入学初年度からずっとキープしており、まさに才色兼備の高位の貴族令嬢といった様相だ。
ステラ様は毅然とした態度を崩さぬまま、玲瓏とした声で静かに返す。
「……ディオ王子殿下、この件は国王陛下や私の父も了承しているのですか?」
びっくりすることに、先ほどの大声を上げた青年はこのエリュシオン王国の第二王子、ディオであった。
いや田舎貴族の私とて第二王子の顔は知っている。金髪碧眼の涼やかタイプのイケメンで、背も高く鍛えられているのか体付きも良い。絵に描いたような、白馬が似合いそうな王子様。
びっくりしたのは第二王子がここに居ることではない。第二王子も学院に通っているのだから居るのはむしろ普通だ。
では何にびっくりしたのかというと……あまりの愚かさにだ。
「はぁ!? 俺自身の結婚だぞ! 俺が決めて何が悪い!」
頭が痛くなった。
私は聞いている。この二人の婚約が、国王陛下とステラ様の父親であり宰相でもあるシルバーレイン侯爵閣下により、国益を念頭に置いて取り決められたものだと。王子であっても彼個人の意見のみで取り下げられるような軽いものではない。
どれほど不満があったのだとしても、公衆の面前で婚約破棄を宣言するのは極めて悪手だし醜聞にもほどがある。国王陛下は一体彼にどのような教育を行ったのか、小一時間問い詰めたいところだ。そしてその愚行を止めないどころか乗っている、彼の周囲の側近たちの教育もどうなっているのだ。大丈夫かこの国。
私が国の先行きに軽くめまいを覚えていようが、茶番は進む。
「……破棄の理由をお聞きしても?」
「はっ! 貴様の数多の罪状を俺が知らぬと思ったか!」
「罪……? 覚えがありませんが……」
「しらばっくれるな! 貴様が聖女殿に陰湿な嫌がらせ、侮辱、器物損壊、傷害、果ては学院運営費の横領まで行っていたという証言が山のようにあるぞ!」
私は知っている。これら全てが冤罪であることに。
聖女殿とやらが嫌がらせを受けているのは事実だ。でもその実行犯はステラ様ではない別の学生。もちろんステラ様が指示したわけでもない。ついでに言えば学院運営費の横領はとある教授のやったことだ。
私ですら知っているのに、第二王子が知らないわけがない。知りながら、罪をステラ様に押し付けようとしている。もし知らないでやっているなら情報を精査していないということなので、それはそれでヤバイやつだ。
……そんなにも彼女に不満があったのか。結婚するのが嫌だったのか。
国王陛下に訴えれば望み通りに婚約破棄出来たかもしれないのに、何故何も言わなかった挙句に冤罪という手段を取ったのか。
私にはわからない。理解したくもない。気持ち悪い。反吐が出る。
懸命に努力する人の足を悪意で引っ張る愚者は、私の一番嫌いな人種だ……!
――っと、私がここで怒りに呑まれている場合ではない。落ち着こう。
……おや? 改めてよく見てみれば、第二王子の集団の後ろに件の聖女殿が居るな。情報通り、目を瞠るほどの綺麗な青色の髪をしているので間違いないだろう。
でも……あの様子は……もしかして。
いや、後回しにしよう。
今、パーティホールは第二王子の妄言で染まっている。……何も知らない学生からすれば、まさか第二王子が、この王国で最も尊き血の持ち主が、冤罪を吹っかけているなどと夢にも思わないだろう。現にステラ様を非難する声がそこかしこから上がり始めている。
ここで動かなければ、ステラ様の名誉が地に落ちたまま復帰出来なくなる。私からすれば茶番であっても、名誉を重んじる貴族である彼女にとっては死活問題。どうでもいい相手なら放置していた可能性もあるが、彼女には恩があることだし看過できない。
私はフッと短く息を吐き、現場へと歩き始め。
「婚約破棄? じゃあその子、もらっていきますね」
怒りを理性で塗り潰し、笑顔で告げた。




