01 ボディガード
「ということで、ゲットしてみました」
「……あの、クロノア様。何が『ということで』なのでしょうか……?」
おっと、流されてくれなかったか。まぁそれはそう。唐突に話しかけた私が悪い。
辺境伯領領主館の執務室にて、ここ最近の日常としてステラ様とレンが執務をしていた。ランは離席することが多いけれど、侍女さんは基本的にステラ様に帯同しているので二人きりになることはない。私はレンが手出しすることはないと信頼していても、だからといって放置してはいけないのが貴族の大変なところよね。なお、当のレンは「またか……」とジト目を送ってきている。私が変なことをするのは恒例なのだ。
「えぇと、先日お話しした、襲撃対策の一環になります」
「……なるほど? 何か良い素材や道具でも入手されたということでしょうか?」
「ンフフ、今回はそのような受動的な物ではなく、何と能動的に防衛行動――自律思考をするのです!」
「…………えっ?」
非常時に適切な立ち回りが出来なかったとステラ様は悔やんでいた。そこは今後訓練していくとして『じゃあ訓練が身に着くまでの期間をどうするの?』って問題が湧いてくる。
私が側に居られればいいのだけど、私だって仕事があるから常時くっ付いているわけにもいかないし、ステラ様も息苦しいだろう。アクセ追加もするけれど、いくらガードされるからって攻撃され続けるのは恐怖とストレスの元だ。ステラ様の不利益は可能な限り取り除いておきたい。
そこで考えたのがこちらになります。
「ほら、おまえが守るご主人様だよ~」
私の呼びかけと同時に、足元に体長一メートルくらいの白銀の狼がのそりと出現した。
突如湧いた獣にステラ様と侍女さんが身を固くしていたけど、私がやったことだとすぐに思い直し緊張を解く。なお、二人に比べて耐性のあるレンは「ふーん」って顔でチョコを食べてた。いや食いすぎ。
「紹介しますね。霊獣のルナウルフ、シルクです」
「…………申し訳ありません、もう一度お願いします。……何と仰いましたか?」
「霊獣のルナウルフです。それは種族名で、シルクが名前です」
「……聞き間違いではなかったのですね……。霊獣だなんて、まさかそのような希少な……」
ステラ様が眉根を揉み解している。いや、霊獣って魔の領域に結構棲息していますよ? 王都で見ることはほぼないでしょうけど。
「この前のなんちゃって聖獣でふと思いつきましてね。けど聖獣をご用意するのはちょっとばかり時間が掛かるので、縁のあるこのルナウルフに協力してもらえないかと打診したら引き受けてくれました」
「……その言い方ですと、聖獣でも時間さえあれば何とかなるように聞こえるのですが……」
「まぁ聖獣にも何回か遭遇してますし。力でねじ伏せれば言うことを聞いてくれる脳筋タイプならいけそうかなぁと。会話が通じるので交渉からでもいいんですが」
「…………これ以上は聞くのが怖いので置いておきましょう。その『縁のある』というのも、何やら奇妙に聞こえるのですが……」
やだなぁ、なにもこわくないですよ?
霊獣とは、一言でいえば意思疎通の出来る獣だ。その点で言えば聖獣も同じだけど、聖獣のワンランク下の位置付けである。霊獣の下に魔獣という区分もある。
獣たちは死した後の結果が魔物たちとは大きく異なる。魔物たちは体が残り、獣たちは魔素となって散って魔石しか残らない。見た目でパッとわかる違いはないので、毛皮目当てに倒したら消えてショックだった……って人も居るかもしれない。しらんけど。
「そんなに奇妙でも深い話でもないですよ。単に魔の領域の森の中で遭って、成り行きで助けることになって、以降なんとなーく意気投合?したと言いますか」
なお、ドラゴンの中にも霊獣や聖獣と分類される種がいるけど、さすがにそれらは狩っていない。意志疎通出来るかつ明確な敵対意志のない相手を素材優先して狩るほどドライではない、つもりだ。
更に聖獣の上に神獣が居るけれど、聖獣が神が人々のために用意した(とされている)獣に対し、神獣は神に仕える獣だ。私も一度も見たことがない。
「……つまり、そのシルク、さんを助けたことでクロノア様に恩を感じていて、協力をしてくださる、と?」
「それもありますけど、餌付けの効果も大きいですね」
「……そうですか」
ちなみにこの場合の餌付けとは食物のことではなく、魔力のことだ。霊獣、聖獣は魔力の塊だからね。
「このルナウルフは大人しいけれどなかなか強いので、ボディガードに良いかと思いまして。契約して名付けをしたので、魔道具で召喚が自在ですし」
「……ディオ王子殿下のように、魔物を学院内に持ち込んだと怒られませんか?」
「ンフフ、魔物じゃないですよ。霊獣ですよ。というか、学院内に召喚魔法使いって居ないんですか?」
「居ますけれど許可制ですし……霊獣ほど強力な生き物を従えさせている方は居ないのではないでしょうか……」
「では許可を申請しておきます」
ステラ様は二度も学院内で襲われたのだ。ダメとは言わせん。
話は付いたと理解したのか、ルナウルフは静かにステラ様へと近寄り、座る。その姿は忠犬のようだった。
ステラ様はごくりと息を呑んでから恐る恐る手を伸ばし……ルナウルフの頭を撫で、目を瞬かせた。
「野生ではさすがに臭うので、念入りに洗ってブラッシングしておきました。フワフワでしょう?」
「……そう、ですね」
どうやら毛並みがお気に召したようだ。よかった。アニマルセラピーの効果があることも期待しよう。シルクも、頑張ってくれれば魔力は弾むよ。
「……でも、領内の他の方には霊獣の護衛を用意していませんよね……? 私だけこのような特別扱いで良いのでしょうか……」
「何を言っているのですか。ステラ様は特別な人なので特別扱いも普通ですよ」
「……」
そもそも私はえこひいきとか日常的にやりますし? 領主館の子どもたちとか、一般的な孤児院に比べたらめっちゃ良い待遇ですよ? その分義務も課してるけど。
……ん? 何やらレンと侍女さんから変な視線が……まぁいいや。
「それはそれとして、以前より他の霊獣にも協力を願おうかなぁとは計画をしていました。人手が足りないなら霊獣の手を借りればいいじゃない、って」
「他の、ですか?」
「例えば――」
泉に棲むウンディーネ。同様に私の魔力と引き換えに、領主館敷地内に池でもこさえて防衛戦力かつ水魔法の先生になってもらえないかなと思っている。ウンディーネは前の世界だと精霊とか言われてたけど、この世界では霊獣扱いだ。そもそも精霊という区分がない。
他にはノームに採掘の手伝いをしてもらったり、サラマンダーに鍛冶の炉の火の番になってもらったり。霊獣の魔力のおかげでどっちも質があがるのよねぇ。
……まぁ、対価が私の魔力だけだと将来困るので、その辺りも考えないといけないのだけど。その頃には代理の人材が育っているか、霊獣の協力なしでも安定しているといいなぁ。
「……クロノア様。いずれ、領に関する計画についてじっくりとお話ししましょうか」
「そうですね。色々と意見をいただけたらと思っています」
「……クロノア様のすることなので危険はないのでしょうけれど、あまりやりすぎないよう気を付けないといけませんので……」
「えっ」
やりすぎといいましても。利用出来るものは利用してしまった方がいいですよね?
「聖獣フェニックスが信仰の対象になっているように、一部霊獣も似たような立ち位置を持っているのですよ? このシルクさんも、申請時は誤魔化せないにしても、霊獣であることは大っぴらに言わない方が良いと思います」
「……確かに信仰問題はちょっと面倒かもですね」
教会とは私の神の加護の問題もあってあまり関わりたくない。ツッコミどころは作らないに越したことはないか。いやでも手は欲しいんだよなぁ……。
「ですので、そこを一緒に考えていきましょう」
「……ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
悩む私にステラ様は柔らかい笑みを見せ、そのようなことを言ってくれるのだった。
頼りになるなぁ……。




