11 どうしようもなく怖いもの
「事情聴取ですっかり夜遅くなってしまいましたね……クロノア様、お疲れ様でした」
学生寮のステラ様の部屋にて。
ステラ様は私を労ってくれるけど、私の気はそぞろで、残ることなくすり抜けてしまった。
何故なら。
「……ステラ様、申し訳ありませんでした」
私は床に膝を付き、平伏する勢いで頭を下げる。
「……クロノア様? 何故謝るのですか?」
「今回の件で、貴女を恐ろしい目に遭わせてしまいました」
私はあの時は特に深く考えていなかったけれども。
後の事情聴取で……第二王子と聖女様の行動を聞いて背中に氷柱が刺さったかと思った。
そしてステラ様の指輪に残っていた防御の回数は残り二回だった。
つまり……聖女様が助けてくれなければ、ステラ様は大怪我を負って。
最悪は――
「……それはクロノア様のせいではありません。ただ剣に怯え、適切な行動を取れなかったこと……いえそれ以前に、ディオ王子殿下が剣を所持していることに気付きながらも、無策で前に出た私が悪いのです」
「ステラ様は私みたいな狩人でも騎士科の学生でもありません。怯えて動けないかもしれないことを考慮に入れなかった私の責任です」
まさか学院で襲われるとは思っていなかった?
……そんなのは言い訳だ。現にステラ様は新年パーティの時にも剣を向けられている。いくら禁止されているからって、破るやつは破るのだ。法だけで制限出来るなら無法者なんて存在していられない。
「私は貴女を守ると約束したばかりなのに、舌の根の乾かぬ内にこの有様。……お詫びしてもしきれません」
王国最強だなんて嘯いたところで、肝心なところで抜けがある。なんて酷い体たらく。
今回はただ運が良かっただけなのだ。あと一歩、何かが間違っていたら。
思い出す。間に合わず死んでいった人たちを。物言わぬナニカへとなってしまった人たちを。
赤い池に沈み、何も映さなくなった虚ろな目を。人のカタチすら保てなかったモノを。
私の中に無明の闇が広がり、末端から凍てつき侵食し――
「クロノア様」
何か柔らかいものに包まれたかのような感触と熱によって、振り払われていった。
え? 何?
……っていうか、視界が塞がれて何も見えない!?
「クロノア様。気になさらないで……と言うのは貴女には無理なのでしょうけれども、どうかあまり考えすぎないでください」
降って来るステラ様の声がめちゃくちゃ近い。呼吸音が聞こえる近さだ。
つまり……私は今、ステラ様に抱き締められてる?
……え? なんで……?
脳内が困惑で敷き詰められる私を諭すように、子どもに言い聞かせるように、ステラ様は柔らかな声音で言う。
「私は、貴女のおかげで助かりました」
「……でも、聖女様が居なければ……」
「ルミナリエ様のおかげなのは事実です。けれども、貴女のおかげであることも、また事実です。お忘れですか? ルミナリエ様は魔力切れで倒れてしまったことを」
さすがにそれは忘れていない。限界まで尽くしてくれた聖女様にはいずれお礼をせねば……。
ステラ様は抱きかかえたままの私の頭を離さず、髪を撫でてくる。
……そういえば、人に撫でられるのは、そもそも抱き締められたのは、何年振りだろう。
あぁ……そうだ、孤児院のねーさんが死んで以来だ。
彼女の死に様も思い出してしまい、固くなってしまった私の体をほぐすように、ステラ様は続ける。
「私は、貴女のおかげで生きています。生きているのです。……おわかりになるでしょう?」
確かに、ステラ様の体は柔らかく、温かい。
血の通った、生きた人間のもの。死んだ人間には、到底持ちえないもの。
「ですので、どうか……泣かないでください」
『泣かないでください』
これを言われるのは二度目だ。
私は……泣いていない。泣いていないのに、どうして。
「反省をするのはいいでしょう。後悔に身を焦がすのも仕方ないでしょう」
こうも、泣きたくなるのだろう。
「けれど、その後はどうか顔を上げてください。私と共に……未来を、見てほしいのです」
「――」
共に。
その言葉は、やけに私の胸に刺さった。
たっぷり五分は撫でられた後、我に返って体をやんわりと離す。
……いや私、今は十五歳だけど前世を足すと四十歳近くなるんですけど。同性とはいえ、若い女の子の胸に顔を埋めてたとか犯罪臭がするのでは……? 前世を伝えてなかったことが仇になった……いやしかし完全にタイミングを逃した、どうしよう。
スッと目を逸らすと、待機していたはずの侍女さんがいつの間にか姿を消していることに気付いた。いやマジでいつの間に!? 見られてなくて助かったような、気付けなくて恐怖を感じるような……。
色んなものを誤魔化すように、コホンと一つ咳払い。
「えぇと、その。今後のために対策を立てましょう」
「対策ですか?」
「そうですね……まず、防御結界単独ではなく、私への連絡を自動的に行うようにしましょうか」
しかし一回で発動しては、うっかり転んだり、タンスの角に小指をぶつけただけでも連絡が来てしまうな。それが迷惑ってわけじゃないけど……一定期間内に連続で発動したら連絡が来るようにするか?
「それもありだと思いますが……私の立ち回りを何とかするのも必要ではないでしょうか。さすがに、何も出来ないでいるのは……」
「うーん……何があっても大丈夫なようにはしたいのですが……」
「どのみち、私は卒業後に辺境伯領に移住することになります。魔災の多い地でここまで動けないのは許されないのではありませんか?」
「……なるほど」
確かにそれは問題だ。辺境伯領出身であればそれこそ幼児の頃から叩き込まれる。
ステラ様は私がお守りするべき存在であっても、可能な範囲で自分で対処してもらうのが健全な姿だろう。
「それはそれとして。今回は結界が十回しかなかったから危険だったのです。増やしましょう」
「……え?」
「指輪じゃなくとも、ブレスレット、ネックレス、イヤリングなど様々な形状でご用意できますし――」
「あ、あの」
「あっ、すみません、さすがにアクセサリを増やすのは色んな意味で重いですよね……。ならば一つに十回以上篭められるよう素材から厳選しますか。聖銀以上となると……」
神金か? いやそれじゃ足りないか。
ここはいっそ、上級のドラゴンを狩ってきて、鱗や魔石を加工すればいけるか? 武器防具になるんだ。魔道具だっていけるだろう。
「……話の腰を折って申し訳ありませんが、今、聖銀と仰いましたか?」
「? そうですね。そのお渡しした指輪の素材が聖銀です」
「…………銀ではなく?」
「ではないです。聖銀の方が魔道具の素材としては上質ですし。まぁそれでも危うく足りなかったんですが」
ステラ様がどこか遠い目をし始めた。
いや、聖銀って聞くと大仰なイメージがあるかもしれませんが、私にとってそんな貴重な素材でもないんですよ……? 魔の領域の山岳地帯にそこそこありますし。
「……魔の領域って、すごいところなのですね……」
「そうですね。あまり余裕がないので調べてなかったんですけど。……あぁ、ステラ様のおかげでちょっと余裕が出来そうですし、ぼちぼち調査に力を入れてもいいかもしれませんね」
「……お父様が私を差し出した理由が、また一つわかった気がしました……」
……まぁ、その、宰相閣下は国益を考える立場ですからね。
私の能力と、魔の領域の資源と考えると、繋ぎとめておきたい案件ではあるのでしょう。
「可能な限り貴女に尽くし、後悔させないよう、幸せになるようにしますので、どうぞよろしくお願いします……?」
「………………はい、よろしくお願いいたします」




