10 ニセモノと呪い
聖獣フェニックス。
そう声高に宣言され上空に現れたのは、全身に炎を纏いし巨鳥。
なるほど、確かに見た目だけでいえば似ている。
……だが、似ているだけだ。
いや、似ているというのも烏滸がましい……あまりに滑稽な、魔物。
「――くだらない」
出て来たモノが聖獣どころかただの魔物であることが。
アレを聖獣と信じて疑わない第二王子の頭が。
「これが、聖獣フェニックスですか」
「ははは! 恐れをなして今更許しを請おうとしたところで無駄だぞ!」
「請うわけないでしょう。……必要もないのに」
「――は?」
私は巨鳥に向けて手を伸ばし、詠唱。
「『水刃』」
手のひらから放たれた超高圧の水の刃は、一筋の銀線となって上空へと走り抜けた。炎に飲まれることも、熱に歪むこともなく。
音は、後から来た。
――ギュエエエエエエッ!?
「…………はっ?」
あっさりと巨鳥の首は胴から分かたれた。
巨鳥は断末魔と共に、血の代わりに火の粉と羽根を吹き散らして落下する。
しばらくはピクピクと痙攣していたが、やがれそれも収まり……辺りは静寂に包まれた。
第二王子の顔から色が消えていた。勝ち誇った笑みの残骸だけが、引きつったまま貼りついている。ステラ様は何も言わず、ただ私を見ていた。
静かな中、聖女様の零した声はよく通った。
「……えっ? 聖獣様が……こんな、あっさり……?」
……聖女様ですら誤認していたのか。
聖なる獣どころか、呪いを帯びていたというのに。
第二王子があまりに自信満々だったから釣られた? ちょっと悲しい。
私は聖女様(と一応周辺の学生たちも含めて)に誤解をされないように説明をする。
「聖女様、あれは聖獣フェニックスなどではありません。ただのちょっと大きい火喰い鳥です」
「ひくいどり?」
「聖獣フェニックスであれば再生するはずです。ご覧ください、全く動かないでしょう?」
「それは……確かに……」
フェニックスは太陽と炎、不死と再生を象徴する獣だ。太陽が沈んでもまた必ず昇るように、その身に死が訪れることはない。……と言われているのだけど、実際のところは再生能力が非常に高いという話だ。
不死と見紛うほどに高い再生能力を持つフェニックスが、たかが首を切られたくらいで死ぬなどありえない。そもそも、本物であれば魔法を避けるか大して効果がないかのどちらかだ。それくらいに隔絶した格の高さを持つ生物なのだ。
そして極めつけは炎に混じる呪い。聖なる獣が侵された……というわけでもない。地を侵すでもなく周りにまき散らすでもなく弱いもの。本物であればこのレベルの呪いは受け付けないか即時燃やされる。
これを本気で聖獣フェニックスと信じていたのなら、第二王子の目は節穴どころじゃなく、頭がおかしいと断言していい。
……と言うか、鑑定を使用したら火喰い鳥って出てくるんですけど? ねぇ、本気でバカなの?? ……バカでしたね。
「火喰い鳥、だと……? そんな、馬鹿なはずは……」
「あれー? 仮に聖獣フェニックスだとして、こんな田舎貴族の魔法一撃でやられるほど弱いんですかー? これが王族の権威だと、本気で仰いますかー??」
「ぐっ……」
横からぼそりと「クロノア様なら本物が相手でも倒しそうですが……」とステラ様の呟きが聞こえてきたけど、さすがに本物が相手じゃムリだと思いますよ……? 再生能力がバリ高だから一撃で全身ぶっ飛ばすくらいしなきゃいけないですし。遭ったことないから知らんですけど。
まぁ本物であろうと、何であろうと、襲い掛かってくるなら全てなぎ倒す強さは欲しいと思っていますがね。
「さて。令嬢方への謂われなき暴行、学院内への魔物の持ち込み。……これが犯罪者でなくて何だと言うのですか? 自分のやっていることが理解出来ないんですか?」
「う、うるさい……黙れ!」
この期に及んでまだ事実が認識出来ないのか、引っ込みが付かないのか、第二王子が剣を構えて威嚇してくる。魔物召喚アイテムはもうないってことかな。
「うおおおおおおっ!」
雄叫びを上げて突っ込んで来る第二王子。身体強化が甘く大して早くもない。指南役に勝ったと嘯いていたらしいが……話を盛ったか、忖度でもされたか?
私は剣を手の甲で軽く弾いて逸らし、懐へと潜り込んでボディブローを放つ。……感触がおかしい、まだ結界が残っているか。
ならばと背後に回り込み、足を刈って地面へとうつ伏せに押し倒す。腕を背中側に曲げ。
ゴキリと。
「ぐあああっ!?」
肩を外した。結界は関節攻撃は防いでくれないのだ。
第二王子は痛みに叫び、私に背を押さえ込まれながらも暴れるのを止めない。
……騎士として訓練を受けているなら痛みにある程度慣れているだろうに、どうしてここまでみっともなくジタバタ出来るのか。指南役を変えた方がいいんじゃないか。
積み重なった苛立ちと、あまりの見苦しさに耐えられなくなり、首に手を添え――
「クロノア様、それ以上はお止めください!」
力を入れる前に、ステラ様から制止が入った。
……何故止めるのだろう。この無様な生物を相手に。放置していたら、どんどんと災いを招きかねない愚か者を相手に。
「……止めるのは、この男が第二王子だからですか?」
「その通りです! 遺憾ながらその事実は覆せません! 過剰に攻撃をしては、クロノア様にまで塁が及びます!」
「――…………それも、そう、ですね?」
予想と外れたステラ様の回答に、私の毒気がスルッと抜けていった。
「更に、明らかにディオ王子殿下の様子はおかしいです。ですので――」
情状酌量の余地があるとでも? この第二王子の馬鹿さ加減に外的要因がある?
まさか、と思って診断を使用してみたら……そこには、呪いのバッドステータスが表示されていた。それも自制心を緩め、攻撃性を大幅増幅させるタイプのものが。
……マジであったよ。え? 防御魔法は……? いつから? どうやってかけた?
いや今それを考えている場合ではない。暴れる第二王子を押さえるのにも飽きてきた。
「聖女様! 解呪の魔法は使えますか!?」
「え? え? つ、使えますけども」
「お願いします!」
自分でも使えるけど、聖女様にやってもらう方が説得力がある。
戸惑いながらも聖女様は解呪を第二王子に向けて使用してくれて、上に乗っていた私ごと青白い光の魔法陣に包まれる。
が。
パンッ!
と、弾け、魔法陣の光は掻き消えた。
「え? な、なんでぇ……!?」
聖女様の声が上擦っている。
これは鑑定が弾かれる時と同じような現象だ。……つまり聖女様の解呪能力が足りない?
いやもうちょっと頑張ってもらおう。
「聖女様、魔力を今の倍篭めるイメージでもう一度!」
「は、はいっ。か、解呪!」
聖女様の魔法をカモフラージュに、私からもこっそり解呪を重ね掛けする。……この様子なら要らなかったか? 神の加護持ちかつ聖女の肩書きは伊達じゃないということか。
魔法陣は今度は弾けることなく第二王子の体を包み込み。
じわり、じわりと、その身から黒い靄が溢れては、煙のように散らされていく。
やがて黒い靄は出なくなり、役目を終えたとばかりに魔法陣の光も消えていくのだった。
ひとまず事件は一件落着となったが、私の心は暗澹たるものに覆われていた。
事後処理が面倒、というのもあるのだけれども……。
火喰い鳥の生息域が、主に帝国なのだ。
第二王子は帝国の手を借りていたからこそ王位継承権が剥奪されたのだ。これが偶然と言うには楽観視しすぎだろう。
まだまだ終わってなさそうな帝国のちょっかいに、私は溜息を我慢することが出来なかった。




