09 凶刃と獣
ガキイィン!
「――っ?」
「な、何……!?」
私の胴へと吸い込まれたかに見えたその刃は、甲高い音を立てて弾かれました。ディオ王子殿下が驚愕していますが、私にも訳が分かりません。
刹那、思考が止まり……右手の薬指にわずかな熱が走ったことで、はっと我に返りました。
そこにあるのは――
『大きな衝撃から十回ほど身を守ってくれる防御機能が付いています』
……クロノア様からいただいた、婚約指輪。
それが私の身を救ってくださったのだと、遅まきに気付きました。
そして同時に、『これが作動するようなことがあれば、イヤーカフですぐに呼んでください』とも脳裏によみがえります。
けれども……私の体は強張りで思うように動いてくれません。
「ちっ、防御結界だと……!? 小賢しい真似をしおって!」
その間にもディオ王子殿下は二度、三度と斬り付けてきます。
刻一刻と使用制限が近付いてきているというのに、一切の遠慮なしに迫りくる刃に私の足は無様にも竦み、声すら出せません。頭では動かなければと理解しているのに、体が言うことを聞いてくれないのです。
「くそったれ、一体どれだけ効果が続くんだ!? いい加減にしろ……っ!」
一体何度目のことだったでしょうか。ディオ王子殿下が悪態を吐くと共に、大きく振りかぶって振り下ろされた刃は。
「い、いい加減にするのは、あなたの方ですっ!!」
「は――」
ルミナリエ様の手で、防がれました。
……正確には、彼女の展開した防御結界によって。
私たちとディオ王子殿下の間に不思議な色合いをした薄い膜のような物が現れており、やがて効果を失ったのか消えていきました。
「どうして……どうしてこんなヒドイことをするのですか!?」
私の背で震えていたはずのルミナリエ様は。
……まだ震えている彼女は、それでも私を守るために、前に出てくださったのです。
声を震わせながらも、目に涙を溜めながらも、立ちはだかってくださるのです。
「お、王子殿下に反抗したから反逆罪? そんな横暴、ゆ、許されるはずがありません!」
「……セラフィーナ」
「こんなヒドイことをする人が勇者様だなんて、絶っ対に! ありえません!!」
「――」
はっきりと突き付けた否定の言葉。
このような行為をするほどに勇者になることを望んていたディオ王子殿下は雷に打たれたかのように止まり。
……ゆらりと、何かが、過り。
その醜い顎が開き、闇が吹き荒れたかのような――
「……では、もういい」
「……えっ?」
「貴様も、要らぬ」
ついには、ディオ王子殿下はルミナリエ様にまでその凶刃を向けるのです。
「ルミナリエ様!」
「きゃっ!?」
何とか体の動くようになった私がルミナリエ様に覆いかぶさることで、まだ残っていた防御結界によりぎりぎり防ぐことに成功します。
「チッ。まだ防ぐか……。では防げなくなるまで続けるのみよ」
「や、やめてください……っ!」
今度は我に返ったルミナリエ様が防いでくださりますが、顔色を蒼白にさせて震える彼女に、あといかほどの魔力が残っているのでしょうか。このままではいずれ……だからといって私に打てる手も浮かばず。
そう遠からず訪れる暗い未来に、無力な私は縋ることしか出来ず――
パリイイイイィン!
「きゃあああああっ!?」
ルミナリエ様の防御結界が割れる音。
対するディオ王子殿下は肩で息をしているくらいで、止めようとする意志など微塵も見えず。
どこまでも冷たい視線で、私たちへと見せつけるように剣を掲げ。
「ステラ様あああああっ!!」
「が……あっ!?」
直後、横から矢のように飛び出してきたクロノア様に大きく吹き飛ばされていきました。
クロノア様はゴロゴロと転がっていくディオ王子殿下を横目で睨みつけてから、呆然とする私へと声を掛けてくださいます。
「ステラ様! ご無事ですか!?」
声は慌てていながらも、私の肩に触れてくるその手は柔らかく。その気遣いに、私の危機は去ったのだと安堵に包まれます。
「……えぇ、クロノア様の贈ってくださった指輪のおかげと、後はルミナリエ様の……ルミナリエ様っ?」
「え、聖女様?」
防御結界が破壊されると同時にルミナリエ様は倒れてしまいました。ディオ王子殿下の剣が当たったわけでもないようですが……。
今お気付きになったのか、クロノア様は困惑を深めつつルミナリエ様を一瞥し、何事かを呟きます。
「……魔力切れですね。聖女様、意識はあります? これ飲めますか?」
「う……」
クロノア様はどこからともなく――空間収納でしょうけれど――取り出した瓶をルミナリエ様の口元に添え、中身を飲ませていきます。察するに魔力回復薬でしょう。ルミナリエ様の顔色がみるみると良くなっていきました。……効きすぎの気もしますが、クロノア様のやることなので気にしないようにしましょう。
ルミナリエ様は軽く頭を振ってから身を起こします。
「あ、ありがとうございますぅ……」
「いえ、こちらこそステラ様を助けていただいたみたいで。あなたには感謝してもしきれません」
「それは……――あっ……」
「聖女様? どこかまだお加減が悪く――……っ」
ルミナリエ様の視線の先へとクロノア様が振り向けば、遠くでよろよろと立ち上がるディオ王子殿下の姿がありました。
「ウソでしょ? かなり強めに殴ったのに……いや、王族なら結界があってもおかしくないか」
座り込んだままの私たち二人を庇うようにクロノア様は立ち上がり、ディオ王子殿下に険の籠った声を上げます。
「王族の方が自国の令嬢と聖女様に手を上げるなど、気でも触れましたか?」
「貴様……あの時の! 田舎貴族が一度ならず二度までも俺の邪魔をするか……!」
「邪魔するに決まってるでしょう。治安維持……犯罪者の捕縛は貴族の義務ですよ。田舎貴族だろうと関係ありません」
「俺が犯罪者だと!? ……はっ、いくら強がっていようが、俺に反抗した時点で終わりだ! 愚かな自分を恨むがよい!」
口の端が裂けたかのような錯覚を引き起こす笑みを浮かべながら、ディオ王子殿下はベルトポーチから小さな水晶玉のような物を取り出しました。
それは遠目でありながらも、よくないものをありありと感じさせるような、重く、息苦しくなりそうな何かを纏っています。
ディオ王子殿下はそれを天へと掲げ、勝ち誇った声で高らかに告げるのです。
「見よ! これが我らが王家――いや、俺の権威を示す、聖獣フェニックスだ!!」
……え?
……聖獣、フェニックス?
私が声を上げる間もなく、水晶から天へと光の線が放たれ、爆発したかのように膨れ上がり。
あまりの眩しさに顔を覆い、再び視界が戻ってきた時には。
――キシャアアアアッ!
上空に……炎を全身に纏った大鳥が、翼を大きく広げていました。
聖獣。それは神が地に住む人々のために遣わした聖なる獣。
その数は非常に少なく、操れる者となると更に少なく。
力は絶大で、過去に聖獣フェニックスの力を借りた青年が魔物の群れをこの地より殲滅し、エリュシオン王国を建国し、開祖となったのだという。
しかし以降は聖獣フェニックスは姿を消し、再び相まみえることが王家の悲願であるとも。
その悲願を……このディオ王子殿下が達成した、と?
熱い。近付いてもいないのに肌が焼けるような錯覚。これが……聖獣フェニックス。王国に語り継がれる聖なる獣。
私は、感激よりも先に、得も言われぬ恐怖に呑まれる――かに思えた、その直後。
「――くだらない」
クロノア様の小さくも鋭い声に、切り裂かれていきました。
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