08 第二王子再び
時は少しばかり遡る。
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本日の授業が終了し、クロノア様との待ち合わせ場所である中庭のベンチで本を読んでいた時のことです。
「シルバーレイン様!」
「あら。ルミナリエ様」
ルミナリエ様が大きく手を振って私の方へと駆け寄ってきました。なんだか子犬みたいで可愛らしいですね。
その表情に暗いところはなく、今日は特にトラブルもなかったようです。三日前にルミナリエ様としっかりとお話しして以降彼女と会話をすることも増え、私たちの間に問題はないと他の学生に暗に周知しているのが功を奏したのでしょうか。
「シルバーレイン様は今日の授業は全部終わりですか?」
「えぇ、政経科は騎士科などと違って実習も少ないですから」
「それはちょっと羨ましいです。魔法科も結構実習が多くて……この後まだもう一コマあるんです……」
「頑張ってください。才能があるのも、私からすれば少々羨ましいですね」
私は侯爵家に生まれながら魔力が少なく、魔法科で専門的にやっていけるほどではありませんでした。武力の方も言わずもがなです。
クロノア様は私の成績が良いことを褒めてくださいますし、お父様からも苦言を呈されたことはありませんが……魔法使いとして優秀だったお母様の力を継げなかったことが、どうしてもしこりとして残っています。
「私の場合、聖女として更に注目されてしまうのでプレッシャーがきついですぅ……」
「神のご加護を授かっている方はとても少ないですから、その分皆さん期待をしてしまうのでしょうね」
神のご加護を授かることは栄誉であり、自身にとっても大きなプラスとなるのだとしても……まつわる物事が重責ともなるのでしょう。
……一部の加護持ちの方は特権により様々な恩恵を得ているらしいですが、ルミナリエ様はそうも見えず苦労ばかり背負ってしまっているように見えます。教会の方々は彼女の精神面についても考慮してくださっているのでしょうか? 王宮と管轄が違うので私はもちろんお父様にもあまり口出しは出来ませんが。
「ルミナリエ様の苦労の肩代わりは出来ませんが、私に手助け出来そうなことがあったらどうぞ遠慮なく仰ってくださいね」
「あ、ありがとうございますぅ……っ」
……感極まったようなお顔で拝まれてしまいました。ルミナリエ様はどうにもオーバーですね。もしそれだけ日々が辛いのだとしたら……苦労が偲ばれます。せめて私から圧が掛からないよう気を付けましょう。
そうして世間話を重ねていると、同じく中庭で談笑をしていた周囲の学生たちがざわめきだしました。それも、どこか張りつめているような。
『一体何が?』と疑問が湧いたのも束の間……緩やかだった空気を切り裂く鋭い声が響きます。
「セラフィーナ! こんなところに居たのか……探したぞ!」
「……ディ、ディオ王子、殿下……っ?」
声の方に目を向けてみれば……そこには、確かにディオ王子殿下が立っていらっしゃいました。
しかし何故……? ディオ王子殿下は謹慎中で登校禁止のはずです。制服も着用しておらず、王族として細部まで趣向を凝らした衣服でもなく……まるで着の身着のまま飛び出したかのような、簡素なもの。
ディオ王子殿下は困惑の視線を向ける学生たちには目もくれず、ルミナリエ様へと手を差し出します。
「さぁ、俺と一緒に行くぞ!」
「い、行くって……その、どちらへ、でしょうか……?」
「教会に決まっている! お前は勇者を探しに来たのだろう? 俺以外に他に誰が居ると言うのだ!」
……ルミナリエ様はディオ王子殿下には勇者の件をお話ししたのでしたっけ。その対象がご自身のことだと思っている、ということでしょうか……?
「……既に一度行ったではありませんか。残念ながら、ディオ王子殿下のことでは――」
「そんなもの、判定に立ち会った大司教が間抜けでわからなかっただけだ! 枢機卿……いや、教皇なら俺の偉大さがわかる!」
「え、ええぇ……?」
よもや既に教会で判定までしてもらっていたとは……。違うと言われてなお自身の素質より相手を疑うだなんて……頭が痛くなってきました。
仰っている理屈もわかりません。教皇にしかわからない偉大さとは何なのでしょう……むしろ偉大であれば逆に下々の者ですらわかるのでは……? いえ、クロノア様の深さは見た目ではわからないのでそうとも言えませんね。
「ともかく! いいから俺と行くんだ!」
「ひっ……」
血走った目で近付いてくるディオ王子殿下はどう取り繕ったところで正常には見えません。ルミナリエ様が怯えて後ずさります。
それでも構わず――彼女を見ているようで見ていないような――ディオ王子殿下はルミナリエ様の腕を引こうとし――
「……おやめください。ディオ王子殿下」
「っ!?」
思わず、ディオ王子殿下の手を叩いてしまいました。
威力は無いながらも叩かれたことにディオ王子殿下は驚愕で目を見開き、ここでやっと私に気付いたのか更に眦を吊り上げます。
「ステラ!? 何故お前がここに……いや、何故俺の邪魔をする!? 無礼だぞ!」
「今の貴方が礼儀を問いますか……まずはご自身の行いを見返してはどうですか?」
「はぁ!?」
ディオ王子殿下の面差しが徐々に険しいものへと変わっていきます。……碧の瞳に、ゆらりと、影が過った気がしました。
何かがおかしい――。
緊張にごくりと息を呑みながら、硬直しているルミナリエ様を手振りで後ろへと下げます。
「いつもいつも小賢しいことを言いおって! 俺を馬鹿にしているのか!?」
「……何のお話しでしょうか」
「これまでのあれこれと鼻につく物言いも気に入らなかったが……何故犯罪者であるお前が無罪放免で、俺は謹慎の上に――っ」
『王位継承権を失った』とまで仰らなかったのは、周囲を取り巻く学生に聞かれたくないという理性が残っていたのでしょうか。それとも……事実と認めたくなかったのでしょうか。
「何故と仰られましても、私が無罪であるのは単純です。実際は何もしておりませんでしたから」
「はっ、どうだか。宰相である父親の権力とお得意のペラペラ回る口で父上を騙したのでないと言えるのか?」
「そのようなことはしていないと断言出来ます。必要とあらば神紋の元に証言しても構いませんが」
「……っ」
さすがに神紋を引き合いに出されては黙らざるをえないようですね。
それにしても……ディオ王子殿下は、私のようなただの侯爵家の娘に国王陛下が騙された、と貶めていることに気付いていないのでしょうか?
……この方は、ここまで愚かだったのでしょうか……?
仮にも婚約者であった私に対する冷たい態度よりも、それが何よりも悲しく感じてしまいます。
「チッ。ここでお前と無駄な問答をしているのも煩わしい。俺が用事があるのはセラフィーナだけだ。今だけは見逃してやるからさっさとそこをどけ。それとも、俺の行動を阻むことがどのような意味になるのかわからないか?」
背後のルミナリエ様がぎゅっと私の服を掴んできました。……彼女がこの様子で差し出すわけにはいかないでしょう。
威圧に負けないよう、お腹に力を入れます。
「……どけません」
「……もう一度だけ言ってやる。どけ」
「もう一度申し上げます。どけません」
私が引かないと悟ったのか、ディオ王子殿下は下を向いて大きく息を吐き。
諦めるかと思いきや……耳を疑うような言葉を、放ちます。
「俺への反抗は王族への反抗だ。反逆罪として貴様を処罰する」
「え――」
聞き返す間もなくディオ王子殿下は腰元のポーチ――魔法鞄だったのでしょう――から剣を抜き。
私に、その刃を――




