07 ステラの兄と苦情
「アッシュフィールド殿! 少々お時間をよろしいか!」
ステラ様を迎えに行くところなのでよろしくないです。
……と言おうとして止めた。何故なら、声を掛けて来た人物が。
「……シルバーレイン様」
「ははは、妹と同じになるな! アリウスと呼んでくれ! 隣は友人のイグナーツ・エンデューロだ!」
そう、先日話題に出たばかりのステラ様の兄、アリウス様だったからだ。将来の義兄はさすがに蔑ろに出来ない。
短い銀髪はステラ様と同じ色で、青い目は好奇心でキラキラと輝いているかのように見える。そして顔はやはりイケメンだが、満面の笑顔のせいかどこか大型の犬を彷彿とさせる。
背が高く、百八十くらいあるだろうか。騎士科所属と聞いていたが、騎士にしてはやや細い。鍛えていないということではないだろうけど。
そしてアリウス様一人だけではなく、隣に学友の人も居た。エンデューロ……確か伯爵家だった気がするけど記憶が定かではない。イグナーツ氏は私に話し掛けもせず、明らかに不機嫌に、睨むように私を見てからそっぽを向いた。……関わる気もないらしいのでとりあえず放置。
「では私のこともクロノアとお呼びください。それでアリウス様、どのようなご用件でしょうか?」
「うむ! 見かけたのでつい声を掛けてしまった! 父上殿から色々と話を聞いているが、こうして会話をするのは初めてだな!」
アリウス様は嫌味のない爽やかスマイルを浮かべて悪気はないのだろうが、いかんせん声がデカい。アリウス様自身が有名人ということも相まって、周囲の注目が集まってきてしまっている。
「そうですね。改めて初めまして。アッシュフィールド辺境伯家の当主クロノアです。……ちなみにどこまで聞いています?」
「ステラの婚約者になった話なら聞いたぞ」
おっと、声量を抑えてくれた。空気が読めない人ではなさそうだ。
「大事な妹を預けるのだ。クロノア殿の功績も聞いてはいるが、どのような人物であるのか直接話してみたかった」
気持ちはわからないでもない。第二王子との婚約が破棄になったかと思えば、その後すぐに私みたいな無名かつ同性との婚約だからね。
私を取り込んでおきたい侯爵閣下が大変乗り気だから『気に入らん! 破棄させる!』とはならんだろうけど……印象は良くしておくに越したことはない。
「本当はもっと早く会いたかったのだが、野外演習から帰ってきたのがつい昨日でな」
「それはお疲れ様です」
「ありがとう。それで……クロノア殿からは、妹がどう見えるのだ?」
どう見える……かぁ。
私はあの新年パーティの日から今日までのことを思い返す。真っ先に思い浮かぶのは――
「ステラ様は……美しい人ですね」
「……それは見た目のことを言っているのか?」
「見た目もそうですが、それよりも仕草と言いますか、在り方と言いますか」
ステラ様は、第二王子に真正面から断罪されても背を伸ばしたままでいた。目を逸らさずにいた。狼狽えることも、泣くこともなく、己に恥じることはないのだと毅然と立ち続けていた。
辺境伯領でも、平民相手に居丈高になるでもなく穏やかさを崩さず。いかつい組合長が相手でもきっちりと目を見て挨拶をして。
……私みたいな人間ですら、支えると言ってくれる。善人の星。
「……美しい星のような人。私にはそうとしか表現出来ません」
「……ふむ」
顎に手を当て考えるようなポーズを取るアリウス様。もっときちんと言語化出来ればよかったんだけど……何かすみません。
アリウス様が反応を返す前に。
「ふざけるなっ!」
……ずっとスルーするかと思ったもう一人、イグナーツ何某が何故か激高する。
いや本当になんでよ。
「結局貴様はステラ様の見た目しか気にしていないということではないか!」
「いや人の話をきちんと聞いて……と言うかむしろ何で聞いてたんです……?」
内緒話という形を取ってはいなかったので聞こえたのかもしれないけど、私とアリウス様の会話にアナタが割り込む余地がどこにあった?
しかも勘違いして。見た目についても言及したけど、見た目だけなんて言ってないですけど?
「俺は以前よりステラ様を見守って来た。俺にとっても……その、妹のようなものだ!」
「おいイグナーツ、落ち着け」
「落ち着いてなんていられるか! むしろ何故お前は落ち着いていられるのだ! 訳のわからぬ奴がポッと出てきたんだぞ!?」
どうやらこのイグナーツ何某は私のことが気に入らないらしい。最初から態度が悪かったのもそのせいだろう。
ある程度事情を知らされているであろうアリウス様が宥めようとするけれど止まらず、私の襟元へと掴みかかる。そのまま乱暴に引き寄せようとするけれど……その程度の力で私の体幹が揺らぐことはない。一瞬違和感を覚えたようだが、私へ詰め寄るのは止めなかった。
「ディオ王子殿下に婚約破棄されただけでも痛ましいというのに……何故だ! 俺は決して認めないぞ!」
百歩譲って兄であるアリウス様に言われるならともかく、他人であるイグナーツ何某に認められる必要性は一欠片たりともないのだけど……。
「俺が、俺がステラ様の騎士となってあの方をお守りするのだ! 貴様のような馬の骨野郎の横入りなど許せるものか!!」
あー……これ、あれか。僕が先に好きだったのにパターンか。それは少しばかり申し訳ないことをしたと思わないでもない。
ステラ様はつい最近まで第二王子と婚約していた。いくら想っていようと、階位が下の伯爵家の子では異論を唱えて取りやめさせることも出来ない組み合わせだ。
その婚約が破棄されてチャンスが出来た……と思う前にその座がなくなったのであれば、その相手が私みたいな無名であれば、怒りたくもなるのかもしれない。
とはいえ、私もただ言われるがままではいられない。掴んでいるイグナーツ何某の小指を軽く捻り上げて手を離させる。
「いて……っ!?」
「あなたの主張はわかりました」
主張はわかったけれど……譲る気もない。
おそらくステラ様にもないだろう。他に気になる人が居たのであれば、私と婚約するわけがない。
元よりイグナーツ何某に可能性はほぼなかった……などと言ったところでキレさせるだけになりそうだから、宰相閣下を利用させてもらおう。
「不満があるのであれば、宰相閣下に異議申し立てをどうぞ。その時は私以上の功績をアピールしてくださいね」
「功績、だと……?」
「当たり前じゃないですか。私は能力を買われて宰相閣下に認められたのですよ。まさか伊達やはったりでアッシュフィールド辺境伯家の当主になれるとでも思ってますか?」
辺境伯家は初代よりずっと武を最重要視してきた一族だ。辺境伯領は絶えず魔災に脅かされているのでそれも当然だろう。力がなければ任せられない領地なのだ。
私が勝手に名乗ってるわけでもない、養父様が勝手に引き継いだわけでもない、国王陛下にきちんと認められてこの座に就いている。無名であっても無力なわけがない。
仮に、王宮で渦巻く悪意から守るための智謀の持ち主であるなど別分野の強者ならともかく、騎士を標榜するのであれば引くわけにはいかない。
「私以下の力しかない状態でステラ様の騎士になろうなどと、道理が通りませんよ」
「俺が貴様以下だと!? ふざけるな!」
逆上したイグナーツ何某が殴りかかってくるが、適当に打ち払っていなす。
イグナーツ何某も騎士として鍛えてきたのか体格は良いが……体格が良いだけだ。全く密度が足りない。そんな拳が効くものか。
しかし頭に血が上っているのか何度も突きを放たれ、威力も工夫もないそれらは変わらず私に打ち払われる。
「くそ……っ、ちょこまかと……!」
いい加減面倒になってきた。いっそ腕でも折ってやるか?
……などと考えていたのが漏れ出たのか、アリウス様がイグナーツ何某を止める。
「いい加減にするんだイグナーツ!」
「アリウス、何故止め――」
「すまないクロノア殿! イグナーツには言い聞かせておくのでここは引いてもらえないだろうか!」
「おいアリウス!」
……さてどうしたものか。
アリウス様の顔は立てておきたいけど、何か手を打たないとまた絡まれそうなんだよな……と悩む私の思考を途切れさせる、微かな声。
『――クロノアさま……っ』
「――ステラ様?」
「……何? ステラ?」
訝しがるアリウス様に答えることなく、私は全てを置いて駆け出した。




