06 執務一つもたいへん
「……クロノア様、レンさん。おそらく脱税されています」
「「えっ?」」
執務室で作業をしていたらステラ様からそのような言葉が飛び出てきて、レンと二人で間抜けな声を上げてしまった。
一体何のことか、書類の該当部分を指で示しながら解説してくれる。
「ここの商品焼失による損金の数字です。悪筆でごまかしているのでしょうけれど、七ではなく一が正しい数字のはずです」
「ん、んー……? 確かに、一とも読めそうな七……っすね……?」
「一が正しいのだとしたら、七として計算してるこの文書は間違いってことですけど……一が正しいという根拠はなんです?」
正直私には間違いがわからない。……まぁ、わからないのも仕方がなかった。
この書類一枚では。
「クロノア様。三年前より魔災による被害は減っている、これは事実ですよね?」
「? はい、そうですね」
「現に、他の商会では損金の金額がこの三年の間に劇的に減っています。ですが、このゴルドー商会だけは不自然なほどに増えています。この規模の被害は最近出ましたか?」
「いえ……報告にはないですね」
この場合の損金とは、魔災により店や商品に被害が出た時の損害額のことになる。それが増えてるのは……確かにおかしい。
報告漏れもないはずだ。魔災に関しては特に重点的に情報収集をしている。仮に一商会の内々だけで収められる規模で発生したのだとしても、なおさら損害額が大きくなることもないだろう。
レンは頭をかきながらステラ様に疑問を投げる。
「えっと……この商会の損金が不自然に増えてるってなんでわかったんすか?」
「ここ三年の記録と比較しただけですよ」
「……いつ?」
「書類の整理をした時に。お金の流れを頭に入れておくことは必要でしたので」
「え゛っ」
レンが驚きで目を剥いた。私もその気持ちはわかる。
実はこの執務室、ステラ様の言う通りに書類整理がされて床が見えるくらいには片付いている。ステラ様(と侍女さん)の手によるものだ。
その際、種類別とか時系列とかに分けるために内容確認は当然しただろうけど……特定の商会のここ数年の数値の暗記までしているとまでは思わなかった。これが仕事がデキる人か……。
証拠とばかりにステラ様は棚から過去の書類を(位置に迷うことなく)取り出し、私たちに見せてくる。数字の差は、私でもわかるほどに明らかにおかしかった。そしてよく見たら前回の書類も同様の手口でおかしかったことも判明した。額は今回より小さいけど。
「ぐぬぬ……。すみません、字が汚いのなんて辺境伯領ではよくあることと思ってあまり気にとめてませんでした……」
「平民であっても商人はしっかりと読み書き計算を仕込まれますので普通はないですね。付け加えると、このゴルドー商会は王都でも中堅の商会で教育もしてるはずで……辺境伯領であっても質の悪い店員を擁しているとなれば悪評に繋がるとわかりそうなものですが……」
「……私が舐められてるんですかね」
「どうでしょうか、私にはわかりません。ひとまずこの件は、王都担当のお兄様にお願いして本店に探りを入れていただこうかと思います」
おっと、早速シルバーレイン家の恩恵が。ありがたや。
しかし……ステラ様のお兄さんか。
「ステラ様、お兄さんとお姉さんが居るんでしたっけ」
「はい。兄が三人、姉が一人居ます。私は末の子ですね」
すごい包容力とかありそうなのに末っ子なのかぁ……意外のような、末っ子らしく可愛がられてそうで妥当のような。
「マーガレットお姉様は他領に嫁いで、一番目のスチュアートお兄様と二番目のレイギルお兄様は王都で働いていてあまり会うことはないでしょうけど、三番目のアリウスお兄様は学院に通っているのでその内に会うかもしれませんね」
「三番目……あぁ、あの人」
私の反応にステラ様は小さく首を傾げてから、やや目を細める。
「……そういえば、アリウスお兄様は結婚相手として打診されたのでしたっけ?」
「打診されただけで即断ったので会ってませんよ。名前を知っているだけです。まぁ学院内での話も噂として耳に入ってはいますが」
――これでフラグが立ったのかただの偶然か、彼とはすぐ後に遭遇することになるのだが。
ステラ様の妙な視線をかわすためにも私は話を元に戻す。
「それにしても、脱税かぁ……うーん」
「前回成功したので味をしめたのでしょう。ばれたとしても『書き間違えました』で言い逃れする気が透けて見えて悪質ですね」
辺境伯領の税金の多くは防衛費に回される。なので脱税されるとそのぶん領が危険に晒されることになるので、許してはいけない行為なのだが。
「かといってゴルドー商会は王都では中堅でもこの領都では結構な大店なので、制裁をすると流通が滞って困るんですよねぇ……」
私でも知っているくらいだし、何なら取引もしている。狩人たちの利用だって多い商会だ。
辺境伯領だけで必要物資を回せない。お金だけでいえば魔物素材のおかげで稼げるんだけど、食料などの生活必需品が領内だけで賄えない。なので他領とのモノとカネのやりとりを担ってくれる商会の存在は必須だ。なお、その稼いだお金も防衛費に消えるので豊かというわけでもない。むしろちょっと前まで厳しい財政状態だった。お金を持ってるのは私含む一部高位狩人くらいですよ。
……養父様もそんだけ厳しいなら中央に陳情して援助をもぎとってくれればよかったのに、などと恨み言を持ったところでどうしようもない。というか中央も中央だ。辺境伯領を魔の領域の防波堤にしておきながら資金援助が足りてないってどういう了見よ。なお今は少し増えた援助にプラスして、私が空間収納で持ち込んで国王陛下に直接色々と売りつけて巻き上げている。貴重品も多くて向こうも美味しいのでWin-Winでしょうよ。ウフフ。
まぁ、お金にはなるけどこの行動もよろしくない。ただの個人資産ならともかく、領に関係することはちゃんと商人たちで完結させたい。必要とあらば私の口座からお金を吐き出すけど、それでやりくりするのは不健全だからね。
「潰されないと高をくくってやっているなら更に悪質ですし、信用のおけない商会は厄介ですよ。いっそ新しい商会を募集してみてはどうですか?」
「それも辺境伯領ってのがネックなんですよねぇ……魔物素材で稼ぎは期待出来ても危険度のせいで尻込みされてしまうんですよねぇ」
「クロノア様のおかげで被害は減っているのでしょう? よろしければお兄様にあてがないか聞いてみますよ」
ふむん……。完全に安全とは確約出来ないけど、比較的安全を保障するなら乗ってくれる商会もあるか?
例えば孤児を小間使いとして雇ってもらう代わりに、有事にサッと私か軍への通報をやってもらうとか。あとは三年くらい減税するとか、私が取ってきた希少素材を優先的におろすとか、優遇措置を取れば可能性はある……? やりすぎると既存の商会と摩擦を起こすので見極めが必要だけど。
思いつきをぶつぶつと呟く私を、ステラ様がじっと見ていたことにふと気付く。
「あ、すみません、適当なこと言ってて」
「……いえ、良いと思いますよ。少々驚きましたが」
「?」
「その……クロノア様は元は孤児でしたよね? 検索があるとは言え、色々と施策を思い付くのですね……いえ申し訳ありません。これは貴女に失礼でした」
「……いえいえ、お気になさらずに」
ただの孤児じゃなく前世の知識持ちですからねぇ……。まぁ前世の記憶持ちだろうと知識が足りなくて検索さんが上手く扱えないんですが……。
しかしどうしたものか。私が前世の記憶持ちだといつステラ様に伝えよう……? 彼女とは……まぁ、その、(私が愛想を尽かされない限り)いずれ結婚する仲なのだから、隠しておくのも不誠実だよなぁ。
「皆様、そろそろ休憩をしましょう」
「ステラお嬢様も。美味しいお茶を淹れてきましたよ」
悩む私の思考は、ランと侍女さんによって一旦中断となった。




