05 勇者と災厄
「……えっ?」
いやいや、「えっ?」じゃないですよ。私が言いたい方ですよ。
「そ、そんな……私の中の何かが、アッシュフィールド様に逆らってはいけないと訴えてきてるのに……」
「人聞きの悪い話! それ、人前で絶対に言わないでくださいね……。あと私は何も制限してないので、どうぞ好きに逆らってください……」
聖女様は何てことを言うんだ……ここが談話室(遮音結界展開済み)で良かった! 聖女を従わせるだなんて、教会関係者に聞かれたらどう考えてもヤバイやつじゃん……。
しかし……これはアレか? もしや私が神の加護持ちってことをうっすらと悟られているのか? 癒しの女神と夜の女神の繋がりは知らないけれど、夜の女神の方が格が高いからこのような言葉が飛び出たのだろうか。
意識して改めて聖女様を観察してみれば、私も何となく彼女が神の加護を持っていることを感じ取れる。だとすると……他の神の加護持ちも私が近付けばわかっちゃうのか? ……早急に隠蔽対策を講じなければ。
これ以上話すと余計なことまで知られてしまいそうだ。でも、いくつか気になることはある。
「えぇと……そもそも勇者って何なのですか?」
軽く検索してみたら色々な情報が出て来た。つまり一意に定義されていないということだ。
では、教会関係者が言う『勇者』とは一体どれのことなのだろう。
「『来たる災厄のために』とのことなので、それに立ち向かう者のことかと思います」
「災厄って……百年前に王都に現れた公爵級ドラゴンのような?」
「それは私には何とも……ですが似たようなものではないでしょうか」
「……ちなみに聖女様、学院に転入してきたのはいつ頃です?」
「? 去年の春です」
……私が国王陛下に公爵級ドラゴンを押し付けもとい献上する前だな。
あれ……これひょっとして、既に倒してたりする……?
ステラ様も同じことに気付いたのか妙な視線で見てくるぞぅ……。
いやでも倒されたのなら指示の撤回とかされるでしょうよ。きっと違うやつのはず……それはそれで今後王国に強大な魔物が現れるので要注意だけども。
「災厄のことは、王国上層部の方々はご存じですか?」
「教会の人がどう報告しているかはわからないですけど、私がディオ王子殿下にはお話したので知らないということはないはずです」
第二王子とか私の中で全く信用ないからな。後で宰相閣下にお手紙で聞いておこう。
「それで、私を勇者などと思ってしまったのは、先ほどの『逆らってはいけない』という感覚からですか? 『黒髪の女』みたいなピンポイントな指定があったりします?」
「容姿を含む詳細については何も聞いていません。私がそう思ったのは仰る通りで、つまりは『なんとなく』ですが……本当に違いますか?」
「違います」
私は笑顔で即否定した。
おっと、聖女様が「ひえっ」って顔をしたよ……圧を掛けたつもりはないんだけどな。
「……これは興味本位で聞くのですが、聖女様が認定した者が勇者となるのですか?」
「いいえ。まずは教会に来ていただいて、そこで判定することになるでしょう」
「私はアッシュフィールド辺境伯領にある教会を訪問したことがありますが、特に何も言われませんでしたよ? やはり私は違うのではありませんか?」
「うーん……どうなんでしょう。私が教会に行った時は大司教様に聖別していただいて、その後に聖女と認定されましたので……訪問するだけではわからないんじゃないでしょうか。たぶん」
見ただけでパッとわかるとかじゃなく、一定の手順が必要ってことかな。なるほどなるほど。
まぁ神の加護持ちではあるので、勇者でなくとも何らかの称号は与えられそうではある。行かないけど。
「つまり行くまではわからない……教会、行ってみません?」
「行くまでもないですね」
そんな上目遣いされても行きませんったら行きません。辺境伯領運営の邪魔になりそうなものは断固としてノーである。
むむ、これ以上つつくと危険そうだな……どう撤退するか、と悩む私に助け舟を出してくれたのか、ステラ様がパンと手を叩いて打ち切ってくれる。
「ルミナリエ様。これ以上はクロノア様が困ってしまうだけですので、このお話はおしまいにしましょう。他にはございませんか?」
「えっ……あ、その、申し訳ございませんでした……っ。ほか? あぁ、えぇと……何もないです」
「そうですか。ルミナリエ様や教会にディオ王子殿下をどうこうしようという気があったわけではないと知れて、ホッといたしました」
「……えっ? ……と、ととととんでもございませんっ!」
ステラ様にそう締めくくられて、質問に籠められていた意図を知った聖女様があからさまに慌てだした。怪しむ必要もないくらいの慌てっぷり。良くも悪くも素直だなぁ。
「私の立場上、放ってもおけませんので……疑いを掛けてしまったようで申し訳ありません。ルミナリエ様の方から何かご質問などはございますか?」
「い、いえいえっ、大丈夫ですっ。何もないです!」
「先ほども申し上げました通り、何か困ったことがあったら遠慮なく仰ってくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
さすがステラ様、聖女様の思考回路をあっという間に塗り替えた。聖女様は大きく一礼をして、まるで逃げるように談話室を出て行く。……大丈夫かな、見られたらまた変な邪推されたりして……まぁ困ったらステラ様に相談しに来るか。
会話が終わり、私はソファの背もたれに体重をかけて大きく溜息を吐く。
「ありがとうございます、ステラ様。神の加護に関して嘘を吐くのは望ましくありませんので、私がボロを出す前に話が終わって助かりました」
「どういたしまして。……それはそれとして、クロノア様はやはり勇者様ではありませんか?」
「ぶふっ!? ステラ様までそれ言います!?」
「ご存じありませんか? 百年前、ドラゴンに立ち向かい切っ先を届かせた騎士は、偉業を称えて勇者と呼ばれています。多くの方々の協力を得た騎士でそうなので、一人で倒したクロノア様であればそれ以上では?」
「確かに倒しましたけど……!」
その騎士は『勇気ある者』として正しい称号だろう。
でも私は勇者だなんて、そんな高潔そうな精神は持ち合わせていませんよ! あれは勇気を振り絞ってとか、誰かを守るためとか、そんなの全く関係なく、脅しのために狩ったからね……似合わないにも程がある!
「ドラゴンの話も驚きでしたが……もし他の災厄が現れるのでしたら、恐ろしいものがありますね……」
ポツリと零し、表情を曇らせるステラ様。
全くもう……聖女様もとんでもない発言をしてくれちゃって。いやでもさすがにこれは事前に知っておいた方がいい内容か。心構えしておくのと、ある日突然よりは、前者の方がよっぽどマシだ。
何にせよ、私がやることは同じなのだけれども。
「ステラ様。私は貴女に約束しました。貴女を全力でお守りすると」
「――」
「それは災厄が相手であっても変わりません。貴女に降りかかる災いは、私が排します」
災厄とやらがどれくらい強いのかはわからない。
公爵級ドラゴンが倒せたとて、それ以上の強さの魔物が存在しているのだから油断は出来ないだろう。
……口先だけにならないよう、何が来ても大丈夫なように、もっと強くなっておかないとな。
「ありがとうございます、クロノア様」
ステラ様は、ふわりと微笑んだ。
うん、やはり可愛らしい笑顔である。笑顔でなくとも可愛いけど。私はこれを崩さないように努めなければいけない。
「では私も貴女に尽くすというお約束通り、辺境伯領の立て直しに頑張りますね」
「はい、どうかよろしくお願いします」




