03 諍い
それは、ステラ様の本日の授業が全て終わり、辺境伯領へとお連れしようとしたタイミングでの出来事だった。
『――!』
『――、――っ』
「……おや? 何やら大きな声が聞こえてきますね……何でしょうか」
道行く先、一つ下の階で女子学生が騒いでいる。私は手すりから顔を出して下を覗き込んだ。
そこに居たのは、見知らぬ女子学生が二人と、顔だけは知っている女子学生――かの聖女様だった。
「聖女……ルミナリエ様ですか?」
「はい、あの青い髪は見覚えがあります。話したことはありませんが」
聖女様ことルミナリエ子爵令嬢。一応名前だけはチェックしてある。
ただ、聖女とは、神の加護を得た女性が教会によって認定されて授与される称号の内の一つだ。私以外の他の加護持ちに興味がないでもないけど、教会とは距離を置きたい私からすれば彼女にはあまり近付きたくない。
「んー、何か揉めているようですね。女子学生二人が聖女様に詰め寄っている?」
語気を強める二人と、戸惑う聖女様。
漏れ聞こえる声から察するに……どうやらあの二人は、先日の新年パーティの件で聖女様を非難している。
『あなたのせいでシルバーレイン様が――』
『それなのにのこのこと――』
それも、ステラ様が関係しているようで。
私ほど耳が良くなくて会話が聞き取れないステラ様は、私の解説にうろたえてしまう。
「私に関係している、ですか……?」
「義憤ってやつなんでしょうかねぇ」
婚約破棄騒動はほぼほぼ第二王子とその取り巻きのせいなのだけれども、第二王子が聖女様にちょっかいを出していた点が、捉え方によっては聖女様が第二王子を唆した、なんて発想も出てくるかもしれない。
元々婚約破棄予定だった仲だなんて一般のご令嬢が知っているとも思えないし、『あなたが居なければディオ王子殿下もあんなことしなかった!』って怒ることもある……か? 事実、第二王子は聖女様(とバックに居る教会)の権力を利用しようとしていたし。
「それでステラ様、どうしますか?」
「……え?」
「止めるか、迂回するか、です」
被害者であるステラ様が聖女様に隔意を抱いていたとしてもそうおかしくはない。
――などと予想をしていたのだけれども。
「クロノア様はお気付きなのでしょう?」
「……何についてでしょうか」
「ルミナリエ様、あの騒動に関わっていませんよね」
「……そう思った理由をお伺いしても?」
ステラ様は私をじっと見て、予想外のことを言う。
「関わっていたら……少なくともその可能性が排除出来ないのでしたら、クロノア様は『止める』なんて選択肢を上げませんよね? 貴女は親切なようでいてドライなところもありますから」
……うん? 判断基準そこですか……?
「それに、ルミナリエ様が今学院に居ることが答えです。関係者は全員謹慎とお父様が仰っていましたから」
「ごもっともですね」
あの宰相閣下のことだから、事前に証拠も揃え済みで、その上で聖女様は無関係と裁定したと想像がつく。
私は私で、彼女の色が善人に近いことから無関係――むしろ巻き込まれた被害者側だと判断した。うぅむ、改めてあの第二王子の被害者だと考えると、途端に同情心が湧いてきたな……? 教会関係者だからあまり関わりたくないのは変わらないけど。
「私が原因であるならばなおさら……仮に関わっていたとしても、知ってしまった以上は放っておけないです。ですので、私の答えは『止める』です」
そう言い切ったステラ様の紫の瞳は、強い光が宿っていた。
……あぁ、私は勝手な予想をしてしまったのだな。彼女が善人であることはわかっていたというのに、甘く見てしまっていた。反省しなければ。
「では私は先に行ってますね。ステラ様は普通に階段を降りてきてください」
言うや否や、私は階段の手すりに手を掛けて飛び越え降りた。女子学生たちの空気が険悪になっていて、悠長に歩いていては間に合わない。
現に――
「この、しらばっくれるのもいい加減になさい……っ!」
激高した女子学生は聖女様に手を振り上げた。
聖女様は避けることも出来ずに叩かれ――る前に、私がその手を掴んで止める。
「そこまでです。それ以上はいけませんよ」
「っ!? 誰よ私の邪魔をするのは――……アッシュフィールド様っ?」
「おや、私の名前を憶えてくださったのですね。光栄なことです」
とりあえず笑みを浮かべておく。気勢を削ぐにはこれが一番だ。
ご令嬢も目を丸くしてから逸らし、腕から力が抜けたので放してあげる。
「許可もなく触れてしまい申し訳ありません。痛くはないですか?」
「……いっ……いえ、問題ありませんわ。……そ、それよりも、何故止めたのですか? ルミナリエ様のせいでシルバーレイン様があのようなことになって、アッシュフィールド様はお怒りではないのですか!?」
「たとえそうだとしても、怒りを真っ先にぶつける権利があるのはステラ様だと思いますよ」
聖女様は嫌がらせを受けていた。その学生自身が聖女様をやっかんでいたのもあるだろうし、中には『シルバーレイン様のことを思って』などと言いながらやってた学生もいることだろう。それが冤罪の一つになったのだから笑えない。
私が同調するでもなく諭してきたのが気に入らなかったのか、もう一人の女子学生が言い募ろうとして……背後から響く足音に気付く。
「「シルバーレイン様!?」」
「ヘルナー様、ロストル様。お二方のお気持ちは大変ありがたく思います」
ステラ様は背をピンと伸ばし、女子学生たち一人ひとりの目をしっかりと見つめて語り掛ける。私の胡散臭い笑みとは違い、気品が漂っていた。
「ですが、手を上げるのは見過ごせません。どうかここは怒りを吞み込んでいただき、後は私に預けてはいただけませんでしょうか?」
「「……」」
「お願いします」
ステラ様が頭まで下げたことで二人はハッとして、慌てて頭を下げ返して去っていった。
彼女たちも今後二度とこのようなことはしない、と思いたいけれど……善意であっても暴走してしまえばどう転ぶのかわからないのが頭が痛い。
ステラ様は改めて聖女様へと向いて一歩前へと出る。私は逆に彼女に任せる意を乗せて引いた。接点少なくしたいし。
「こうして話すのは初めてですね。私はステラ・シルバーレインと申します。こちらはクロノア・アッシュフィールド様です」
「――っ。は、初めましてっ。私はセラフィーナ・ハル……じゃなくて、セラフィーナ・アスクレシア・ルミナリエですっ」
アスクレシア――癒しを司る女神の名だ。
聖女様は聖魔法が得意だと耳にしていたけど、癒しの女神の加護をもらっていればそりゃそうだ。
ちなみに、教会認定済みの加護持ちは、どの神の加護を持っているのか公表される。……だからますます教会に近付きたくないんだよなぁ。
「た、助けていただきありがとうございましたっ」
ぺこぺこと頭を下げる姿は子爵令嬢らしくはない。元準男爵――一番下の階級のギリ貴族――とのことなので(先ほど一瞬名乗りかけたのも元の家名だろう)慣れていないのだろう。ただ、どことなく小動物を連想させる仕草には容姿の可愛らしさも相まって愛嬌が感じられる。彼女の場合はわざとではなくおそらく素だ。
……聖女になって、準男爵から子爵まで地位が上がって、その上(主に男性の)庇護欲をそそられそうなタイプであれば、ご令嬢のやっかみの一つや二つ受けてしまいそうだ。同情ポイントがまたちょっと増えた。
「ですが……その、シルバーレイン様は怒っていらっしゃらないのでしょうか……?」
「……その辺りも含めて、貴女とは一度きちんとお話をした方がよさそうですね。この後お時間はありますか?」
「は、はいっ、大丈夫ですっ」
「クロノア様、訪問が遅れますけどよろしいでしょうか?」
「全然構いませんよ。ステラ様の都合をご優先してください」
そうして私たちは聖女様を連れて談話室へと進路変更した。




