02 おかしな出会い
「うーん……」
領地経営学の授業は特に何事もなく終わり、領主館に顔出しして少し事務の仕事を片付けて、現在は学院の自習ルームである。一般学生は授業に出席しているのだろう、利用者は他に居ない。
お昼後に受ける魔道具学の予習も兼ねて、参考書を片手に魔道具作成に必須な魔法陣の勉強していたのだけれども……理論がよくわからない。
私は神の加護のおかげで魔法使用に制限がないが、ゴリ押しで出来てしまうがゆえに使用に必要な基礎部分の理解が浅いのだ。検索魔法もAIみたいに答えをまとめてくれるわけじゃないし、結局のところ私の頭で頑張って理解しなければいけない。知識の宝庫の無駄使いっぷりに泣けてきちゃう。
「えーと、ここが入力で、ここをこう通って、ここで出力……だったよな」
私が魔道具学を勉強しているのは、辺境伯領に魔道具を流通させたいからだ。私の加工魔法でいくらでも作れるけど、ずっとそれに頼るのは駄目に決まっている。ちゃんとした技術で定着させなければ。
魔法は便利だけども使える人間と使えない人間がいる。使用者が魔力を篭めるもしくは魔力を溜めた魔石を用意すれば、誰でも魔法のような効果が発揮出来るのが魔道具である。
しかし魔道具学は歴史の浅い学問・研究らしく、検索さんもそんなに情報を持っていない。あるとしても貴族が作った貴族向けの物ばかりで、平民の生活を楽にするような物はほとんどない。
そこで私は考えた。前世の電化製品を魔道具にすればいいんじゃね?と。辺境伯領民は魔素の濃い地域で暮らしているせいか平均的に魔力が多いし、クズ魔石ならそれこそ魔の領域で山ほど取れる。QOL爆増待ったなしでは?
……まぁ、まだ勉強を始めたばかりなんだけども。
「うん、よしよし。合ってるな」
私自身、勉強は苦ではない。むしろ学生時代に戻った気分――特別生とはいえ学生か――で新鮮だし、前世でも学んだことのない分野は面白く感じる。……辺境伯領が殺伐としていなければ魔法ももっと楽しめただろうに……。
惜しむらくは私に勉学に励む時間がないことか。可能なら私自身が勉強するよりは、私の前世の知識を元にあれこれ作ってくれる人を雇いたい。縁作りのために魔道具学の授業に顔を出しているとも言える。そっちは芳しくないけど。
「んー……っ」
一段落ついたところで大きく息を吐いて背伸びをする。
窓から学院中央に聳え立つ時計塔(これも魔道具だ)で現在時刻を確認すると、昼食までまだ時間がありそうだ。
しかし小腹が空いた。前世と違い筋肉が多いせいかカロリー消費量が多いのだ。あと、魔力が多くてもカロリー消費量が多くなる。私がお金を稼げるようになってなかったら大変だった。
そういう意味でもチョコレートは良い。美味しい、甘い、手軽にカロリー補給が出来る。いいこと尽くめだ。
誰も居ないのをいいことにチョコレートを取り出す。まだまだ試作品だけど、改良を重ねて少しずつ良くなっている。レンなんか「これでも十分美味いのに」と褒めてくれるけど目標は遠いのだよ。
「……あまっ」
今日は趣向を変えて生チョコレートだ。基本が大事とわかっているけど、いつも同じ味ばかりでは飽きてしまうからね。
元の材料も良いのだけれど、ホーンカウの生乳がまた良い味をしている。やはりホーンカウは可能性の塊だ。あれの畜産は絶対に主要産業にしたい。
そうして一人で舌鼓を打っていると――
「じー……」
……いつの間にか……隣に、一人の女子学生が立っていた。
「うわぁ!?」
自習ルームに一人だけだと思ってたのでびっくりして大声を上げてしまった。
というかこの子マジでいつの間に来たの!? 全然気付かなかったんだけど! く、これが魔の領域だったら死んでいたぞ私……!
バクバクする心臓を押さえ、私とは真逆に微動だにせず佇んだままの少女へと声を掛ける。
「な、何か私にご用ですか?」
「ん。それ」
眠そうな目で言葉少なに、指をさしてきたのは……私が取り出した生チョコレート。
「えっと……欲しいのですか?」
こくこくと無言で頷く少女。
んー……まぁいっか。ステラ様も侍女さんも美味しいと言ってくれてたし、あげても問題ないでしょう。
私が「どうぞ」と勧めると、少女は一粒つまみ、そのままパクリ。
すると……眠たげな目がカッと開かれた。……ちょっとビビった。カカオにカフェインは含まれるけど、ここまで劇的な効果はないような……いや、別に眠かったわけじゃないんだろうな。
無言でもきゅもきゅと咀嚼して、ごくりと飲み込んで。
「それ、貸して」
「はい?」
少女が次に指さしたのはチョコレートではなく、魔法陣の書いてある紙片。それも、参考用に見ていたコンロのではなく、それを元に改良出来ないかあれこれ考えていた方だ。
何せ今のコンロの魔道具は火加減が調整出来ない。貴族であれば火力別にいくつもコンロを設置すればいいだろうけど、平民の家でそんなスペースがあるわけがないし、わざわざ位置を調整するのも面倒くさい。
首を傾げつつも少女の方へと紙を滑らせたら……彼女は、スっと書き込み始めた。迷いのない筆致で。
「お礼」
「えっ」
「調整機能、欲しかったんでしょ?」
それはその通りだけど……何も言ってないのに、ちょっと見ただけで目的を理解した上に答えまで出したの……?
え、まさかこの子……天才……?
私は思わず少女へと手を差し出す。少女は不思議そうにしていたが。
「他にも甘いお菓子を用意出来ますけど」
「よろしく」
私の提案にノータイムで手を握り返してきた。何この子チョロい。自分で提案しておいてなんだけど大丈夫かな?
「私は特別生のクロノア・アッシュフィールドです。あなたは?」
「イリス。魔道具科四年」
おっと、一つ年上の先輩だったか。背が低めなので年下と思っていたよ。
魔道具学の授業で見かけなかったのはクラスが違うんだろうな。私が受けてるのは初級だし。
よければ卒業時に辺境伯領で働いてほしいところだけど……焦っては駄目だ。今勧誘したところで断られるだけだ。……お菓子で釣れそうだと一瞬思ってしまったけど。
まずは仲良くなってからと内心で計画しつつ、彼女にはまたお菓子と引き換えに教えてもらうことを約束してそこで別れるのだった。残りの生チョコレートも賄賂としてあげたら変なスキップしていった。おもろい子やな。
「――ということがあったんです」
「イリスさんですか。確か平民の特待生の方ですね。魔道具科で非常に優秀だと私も耳にしております」
時は少し経ってお昼。ステラ様をお出迎えして食堂――というには豪華すぎる空間――で食事をしながら先ほどのことを話していた。
しかしなるほど特待生。優秀なわけだ。一般学生や特別生の私と違って成績が下がったら退学らしいし。
「ただ……優秀ではあっても独特な雰囲気をお持ちの方で、あまりコミュニケーションが取れないとも聞いたことがあります」
「あぁ、まぁそうかもしれませんね」
もし終始あれだとしたら意志の疎通は大変かもしれない。私は辺境伯領でもっと変なのをいっぱい見てきたからどうとでもなるけど、社交とか礼儀とか大事にする貴族とはソリが合わないことだろう。
それでよく在学し続けられるな、と思ったけど、それだけ優秀でもあるってことなのだろう。うーん、ますますうちで働いてほしい。
「ステラ様はどうでしたか?」
「……えぇ、特に問題はありませんでした……」
……言葉と表情に違いがありますよ? 本当に大丈夫です?
私のもの言いたげな視線にステラ様は小さく溜息を吐いて。
「……クロノア様とのことで色々聞かれただけです」
「それは……本当に大丈夫だったんですか?」
第二王子と婚約破棄されてまだ数日だ。それで早々にコナをかけた(かけるつもりじゃなかったというのは言い訳だ)私と一緒に居ればあれこれ聞かれることだろう。正式発表はされてないけど実際に婚約までしちゃったし。
私は一緒に行動しない方が良かったかな?という気持ちもあるけれど……一人にさせたらさせたでまた別の勘繰りがされるだけだろう。せめて少しでも弾避けにならなければ。
「基本的には好奇心からくるものでしたので、少々疲れましたが本当に問題はありません」
「……それならいいのですが」
嘘を吐いているわけでも無理をしているわけでもなさそうだけど……うん、気を付けておこう。




