03 狩人組合
「たのもー」
などと余計な声を出しながら扉を開ける。
ロビーに屯している狩人たちがこちらを向き、内数名がギョッとして端に移動した。以前絡まれて返り討ちにしたグループだ。ウフフ。
私は彼らをスルーして受付カウンターまで行き、折良く並んでいる人は居なかったのでそのまま受付嬢に話しかける。
「おはよ、リタさん。最近の組合の調子はどう?」
「いらっしゃい、クロノア。最近は可もなく不可もなくってところね」
彼女とは私が狩人登録して以来の知人だ。受付嬢であっても辺境伯領出身だけあってそれなりに腕が立つ。イキったバカを叩きのめすのも風物詩だ。
私は領主になったこともあり、組合の運営にも口出しするようになった。といっても別に細かくあれこれ注文を付けているわけじゃない。登録したばかりの新人(下限は十歳からで、辺境伯領では子どもが登録することも珍しくない)がすぐに死なないようテコ入れをしたり、一部素材の報酬に色を付けたり、ちょっとばかり狩人たちがお行儀よくなるよう指導しているくらいだ。
「あぁ、欲しがってた素材が入ってきたから取ってあるよ」
「ほんと? いやぁ助かる~。お金はいつも通り私の口座から引いておいて~」
先ほどの食材も含め私一人で素材を確保し続けるには無理があるから、組合で色々と優先買取をお願いしているのだ。産業にするにはやっぱ栽培、飼育が不可欠だよなぁ……。
「ところで今日は何しに来たの? 連れているお嬢サマは依頼人かしら?」
「そうじゃないよ。組合長居る? ちょっと話を――」
私が言い切る前に、入口の扉が煩い音を立てて再度開いた。
悲しいことに乱暴な狩人は多いからそれ自体は特殊なことではないのだが……現れた若い男はロビーに響く大きな声でぶつくさとしゃべりながら入り。
「ったくよぉ、俺様にめんどくせぇことさせんなっての……お、おぉ? めちゃくちゃ可愛い子居るじゃん!?」
……愚かにも、ステラ様に目を付けた。
「ねぇねぇキミ名前なんてーの? 俺と一緒にメシでも――」
「彼女に手を出すのはやめてくれる?」
一気に詰め寄る男を遮り、ステラ様を背後に移動させる。
遮られた男は一瞬呆けてから、機嫌を急降下させ……言ってはならないことを、よりにもよって、私の目の前で。
「なんだテメェ? いっちょ前に護衛でも気取ってんのか? 雑魚が俺の邪魔してんじゃねぇよ、消え失せ――」
「……おまえが雑魚だよ」
私は男の足元を払い、頭が下がったところで顔面を掴み――床へと叩きつけた。
バキバキッと板張りの床が壊れ、少しばかり組合に申し訳ない気持ちが湧いたけど後悔なんて一切なく。
掴んだままの顔を持ち上げ、男をぶらさげる。反応はない。
「この程度で気絶するくせに大きく出たの? ……治癒」
治癒魔法を掛けて治してから床に放り投げる。男は気絶したままだった。
「ねぇリタさん。こいつ新人? 研修は受けた?」
「……研修はこの後だね」
「『相手の力量を見た目で判断するとすぐ死ぬぞ』って念入りに、耳にタコが出来るくらい言い聞かせておいてくれる? あと私の口座から床の修理費も引いておいて」
見た目と戦闘能力は当然ながら一切関係がない。
新人狩人殺傷率ナンバーワンモンスターはヴォーパルバニーだ。
見た目はただの可愛らしいウサギ。しかし奴らはその見た目を利用して人を騙して近づき、足を嚙み千切って、動けなくなったところを嬲ってくる鬼畜モンスターである。
他にも例はいくつもあり、狩人がそれを知らないのは命に関わる。あまりに新人の死亡率が高くなってなり手が減っては困るのだ。
「うーわ、流れるようにやりやがった」
「えぐい、さすが小悪魔」
「いやいや、逆におもしれぇわ」
顔見知りの狩人たちがひそひそ話をしているけど、全部聞こえているからな! その恥ずかしいあだ名ヤメテ!
まぁ私にもトゲだらけのヤンチャな時期があったんです……一応、身を守るためだったと言っておく。ついでに言えば私くらい暴れる人はよく居るし、組合の備品が壊れるのも日常茶飯事だ。これでもマシになった方である。
……そして今になって、ちょっと引いてるステラ様と侍女さんに気付いた。あわわ……やってしまった……。
「あ、あー……その、すみません。ここ、私含めてロクなヤツ居ないんで……」
「クロノアも問題児だけどなー」
「だからちゃんと私含めてんじゃん、チャチャ入れんなし!」
周囲からドッと笑い声が起こる。おのれ……!
「弁明にしかなりませんが、私が力を振るうのは魔物と狩人と正当防衛の時だけなので、決して貴女に手を上げることはありません」
「いえ、そこを疑ってはいませんが……」
「狩人を殴るのもやめてー」とかまたもチャチャが入ってうっさい。おまえら力を見せつけないと言うこと聞かないだろ、自業自得じゃ!
やんややんや騒いでいる中、一際野太い男の声が降ってきた。
「騒がしいと思えば……またクロノアが何かしたのか」
「……私のせいではあるけど、私が元凶みたいに言うのやめてくれる?」
受付カウンターの奥に続く扉が開き、姿を現したのはいかつい大男――組合長だ。
年は四十代、短く髪を刈り上げ、服の上からでもわかる筋肉の鎧を纏い、歴戦の兵といった風体だ。実際、組合長は現役で一級である。
その鋭い眼で辺りを見回し、ステラ様が眼光にあてられ怯えたので、彼女の前に立つように位置を変える。その私の行動に組合長が片眉を上げてから転げてる男に視線をズラす。
「……じゃあ、そこに転がってるのが元凶か?」
「初日で死にそうなバカだからってのと、なーんも知らずに彼女に手を出そうとしたから、ついね」
私はあえてにっこりと笑顔を浮かべ、組合長に八つ当たり気味の感情を押し付ける。
「そりゃ確かに辺境伯領において力は尊ばれるものだけどね? けれどもさぁ、ケダモノじゃないんだからさぁ、せめて人として最低限お行儀よくしてほしいわけなんですよぉ。……まぁこの新人は力すらない論外だったけど」
はぁ、と溜息を吐いてから本題を切り出す。
「組合長も来たし丁度いいや。全狩人に向けて、辺境伯領領主にして特級狩人であるクロノアが通達する」
後ろに居たステラ様の横に立ち、肩に手を添える。前面に出されて戸惑う彼女に申し訳ない気持ちを抱きつつも続ける。
「このお方はシルバーレイン侯爵家のステラ様だ。……といっても、そこはあんたたちにとってそんなに重要じゃないだろうね」
前辺境伯である養父様には敬意を払っていたけど、彼ら彼女らは地位にではなく強さに敬意を払っていた。根っからの脳筋集団。
ただの貴族では敬意を払うに値しない。力の弱いステラ様ならなおさらだ。
そこを私の権限でねじ伏せる。余所では横暴でも、この場では成り立つ。
「けれど、ステラ様はこの度、家宰となって私の補佐をすることが決定した。彼女は、私には到底出来ないことが出来る、非常に得難い人材だ。特に、この脳筋辺境伯領においては め ちゃ く ちゃ 貴重な頭脳の持ち主だ」
腹に力を籠め、脅すように。
「だから……彼女に手を出すのは、辺境伯領の立て直しを遅らせる大罪だ。――特級狩人を敵にすると思え」
私がいかに本気で言っているのか伝わったのだろう。ロビーは静けさに包まれた。
とはいえ、ただ押さえつけるだけでは勿体ないので協力も取り付けたい。
「逆に、困ってる彼女を助けてくれたら私からご褒美あげるよ。だからその時はよろしく。無理に仲良くしろとまでは言わないけど、力になってくれたら助かるかな」
これがただお金を払うだけだったら靡かなかっただろう。けれども、私が貴重な素材を持っていることや、各種武器防具や魔道具が作れることは知れ渡っている。辺境伯軍の装備を羨ましがっていることも知っている。
かくして、緊迫していた空気は弾けた。……私が想像していたのと、ちょっとズレた方向で。
「うわー、まじかよー。お嬢さん、クロノアにそこまでされるほどのカシコイ頭の持ち主ってことかよー」
「な。子どもしか守らねぇクロノアがそうするってよっぽどだよな」
「こりゃ下手なこと出来ないわね。リタ、早急にチラシ作って告知しておいた方がいいわよ」
……私が脅したことそのものではなく、私が脅してまで守ろうとしたことに主題を置いている、ような? あと私は子どもしか守らないわけじゃない。アホタレどもを守りたくないだけだ。
私が目をぱちくりさせていると、カウンターから出て来た組合長が笑い声を上げて私の肩を叩く。
「ある意味の辺境伯領の狩人どもらしいじゃねぇか。一番強いおまえさんの言うことを聞いてるだけなんだから」
「……あぁ、そういう」
頭の良さという別方向の力を考慮出来るようになったかと思えば……がっかりだよ。この脳筋どもめ。
呆れる私を置いて、ステラ様が一歩前へ――組合長へと向かい合った。先ほどの怯えた様子はなく、背筋をピッと伸ばしている。
いかつい容貌の自覚のある組合長は、ただの貴族の少女がそうしたことに感心の目を見せた。
「初めまして。ステラ・シルバーレインと申します。後ろは侍女のアンナです。貴方たちにもお世話になることでしょう、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、あぁ。俺はこの辺境伯領の狩人組合の長をやってるガルドだ、です」
「口調はお気になさらずに、どうぞ楽なようにしてくださいませ」
組合長は丁寧に頭を下げるステラ様(と侍女さん)にややうろたえ、私の耳に口を寄せて囁く。声がでかくて丸聞こえだろうけど。
「おい、こんな礼儀正しい、平民にすら頭を下げるような貴族令嬢をどこで引っ掛けてきたんだよ!」
「引っ掛けたなんて人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
……いや、実際はもっと酷いことをしてる、か? 引っ掛けたというのはまだマシか?
などと頭を悩ませている間に、ステラ様は。
「いえ、引っ掛けたのは私の方ですね。婚約を申し込んだのは私からでしたから」
その言葉に、ざわめいていたロビーは再び静まり返り、私たちに視線が集まる。
ステラ様は天然なのか、何が問題なのかよくわかっていないようで小首を傾げた。可愛いけどさぁ!
私は私で、何だかいたたまれなくなって顔を覆ってしまう。
そしてその静寂を切り裂く……とんでもない叫び声。
「お、俺の嫁候補がー!?」
「誰が嫁候補だ寝言は寝て言え!」
「狂犬が手懐けられただと……? あの子は調教師か……?」
「誰が狂犬だおまえらが殴られるようなことすんのが悪い!!」
アホなことしか言わないバカどもに、私は思わずグーパンを繰り出すのだった。
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あっという間にハンターの方々に揉みくちゃにされてしまうクロノア様を、私は輪の外から見ていることしかできませんでした。
それを少し寂しく感じて、ポツリと零してしまいます。
「……クロノア様は、随分と慕われていますね」
「まぁ、そりゃそうでしょうよ」
独り言のつもりだったのに、ガルドさんから返事が来てつい驚いてしまいます。
「あいつ一人だけが特級の肩書きを持ってるのは伊達じゃないんでさぁ。文句なしに辺境伯領の誰よりも強いし、俺たち狩人を含む領民の命をたくさん守ってきた。俺たちは力至上主義だからこそ、あいつを認めてる。……まぁ、何も知らん他領出身者も多いがね」
私に声を掛けようとして、クロノア様の手によって意識を失ったあの方のことでしょうね。
……これで何度目か、目にしてきたクロノア様の暴力性に、つい腕をさすってしまいます。
その仕草を目に留めたのでしょう。ガルドさんが静かに、けれどもやけに耳に残る声で語り掛けてきます。
「クロノアが力を使うのはそれが必要だからでさぁ。今でこそじゃれ合い程度が多いが……昔はもっと酷かった。自分を守るためにも、誰かを守るためにも、どうしたって必要になる」
クロノア様は『ここ数年で治安が良くなってきた』と仰っていましたが、それは逆に言えば数年前までは治安が悪かったということになります。
親を失った子が生きていくのに、どれほどの苦労があったのか……私には想像も付きません。
「お嬢さんがよっぽどおかしなことでもしない限り……いや、お嬢さんが相手であれば何であろうと暴力は振るわんでしょうよ。クロノアは基本的に守る立場の奴なんで、あまり怯えんでやってくれ」
「――」
『怯えんでやってくれ』。
その言葉を聞くのはこれで二度目です。
……怯えている場合ではないと決心したはずなのに、どうして同じ愚を犯してしまったのでしょう。
私は一つ大きく息を吐き、私自身に誓うように。
「……そうですね。私は、あの方のために来たのですから」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回から第二章となります。
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