01 魔法創造と禁忌
宰相閣下との話し合いの後、ステラ様を寮の部屋までお送りして、今後についての話し合いとなった。
侍女さんの淹れてくれたお茶を飲みながら、私の考えを述べていく。
「家宰……とは言いましたけれど、ステラ様はまだ学生ですし、当面の間はこれまでのように書面で問題点をお渡しして回答をしてもらって、長期休暇など余裕がある時に訪問していただこうかと思うのですが」
勢いでお願いしてしまったけど、まさか学院を辞めさせるわけにはいかない。侯爵令嬢としての教育もあるだろうし、そんなに余裕はないはずだ。
「……質問なのですが、王都と辺境伯領間の転移魔法はどれくらいの魔力を消費するのでしょうか?」
「転移ですか? 連続で十往復とかするとさすがに休憩が必要になりますけど……まぁ回復しますし、コスト的にはほぼ掛からないと思っていただいても大丈夫です」
転移魔法は距離と魔力消費量が比例する。なので王都と辺境伯領であればそこそこ消費するのだけれど、鍛えているので魔力最大値も大きく回復速度も速いので問題はない。触媒なども不要で、使用するのは私の魔力だけ。しかも魔力は何もせずとも回復するので実質負担ゼロ。魔法万歳。
「でしたら、クロノア様にはお手数をお掛けしますが、私に他に予定がない時、授業終了後に辺境伯領まで送っていただいて寝る前に帰寮、休日は前日から泊まり込みでお仕事をさせていただこうかと」
「……え?」
つまり……空き時間の大半を仕事に充てるってこと……?
「いやいやいや、働きすぎでは!? そこまで無理はさせられません!」
どうしてもお金を稼がなくてはいけない苦学生じゃあるまいし、ハードワークにもほどがある!
ちなみに王国に労働基準法なんてもちろんない。……ブラック労働で過労死した前世を反面教師に、できるだけ長時間働かせないよう心掛けたいところだけど、現実として特にランとレンには負担を掛けっぱなしで胸が痛い。その分給料を支払ってはいるけど、お金で健康は買えません。
「クロノア様がおっしゃった方法では時間と余計な手間が掛かります。辺境伯領はまさに今、逼迫しているのでしょう?」
「それは……そう、ですけれども……」
「領民のためにも、少なくとも運営が軌道に乗るまでは多少の無理はするべきです」
くっ、これが正しい貴族の在り方か……眩しい!
私としてはステラ様の健康を優先したい。けれどもそう言われてしまっては引くに引けない。
「……わかりました。でも体調がおかしいと感じたらすぐに言ってくださいね。人は案外簡単に死ねますので」
「……肝に銘じておきます」
「あと、宿泊は準備が必要なのでお時間をいただきます。さすがに侯爵令嬢を泊めるのに適当な部屋では済ませられませんから。えぇと、侍女さん、必要な物をリストアップしていただけますか?」
「かしこまりました、お任せください」
……ん? 仕事の都合とはいえ、婚約段階で婚約者の家に泊まるのはいいのか? それとも同性だからノーカン扱いされてる? かといって適当な宿屋は警備面でよくないしなぁ。
…………まぁいいか。辺境伯領は遠いし私が口を噤んでいれば漏れることもないでしょう。問題になる行動なんてしませんよ、えぇ。
「残り数日の冬季休暇ですが、課題は終了しておりますし、社交の予定もなくなりました。自習くらいしかすることがないので、クロノア様のご都合がよろしければ領地にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「それは構いませんけども……」
予定もなくなりましたって……まぁ先日のアレのせいですよねぇ……。
辺境伯領に大したものはないけど、せめてリフレッシュになるよう頑張りますかぁ。
他にいくつかお互い気になる点を話し、話題が途切れたところで。
「えぇと……すみません。ちょっとステラ様と内緒話がしたいのですが……」
「……? わかりました。アンナ、ちょっと下がっていてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
提案はあっさりと通り侍女さんは隣室(学生寮とは言っても貴族のだけあって一人一人に宛がわれたスペースは広く、三部屋あるそうだ)へと移動した。自分でお願いしておいて何だけど、よく二人きりにさせてもらえたな?
ステラ様がどこか緊張した面持ちで先を促してくる。
「その……内緒話、とは?」
「はい。ステラ様には私の加護についてお話しをしておこうかと思いまして」
思いも寄らぬ内容だったのか、ステラ様は目を見開いた。
「……よろしいのですか?」
「領地運営にも役立つ部分はあるでしょうし? 共有はしておいた方がいいかな、と」
とはいえ、残念ながら私一人では活用しきれていないのが現状だ。出来ていれば辺境伯領の運営はあんな状態になってない。もどかしい。
「まずズバリ、私の授かった加護は『魔法創造』です」
「魔法……創造……」
夜の女神と魔法創造に何の繋がりがあるんだ?って疑問が湧いたのだけれども、まぁあの女神様は破壊神としての側面を持っているし、『既存の魔法理論を壊す』みたいな感じなのだろう。知らんけど。
「字面の通り、魔法を創造――といいますか、魔法を使用するのに魔力以外の制限がありません。理論とかまるっと無視できます」
「それで転移魔法を……?」
「いえ、転移は元々存在していたのでちょっと違いますね。それは私が真っ先に開発した『検索』という魔法を使用した時に見つけたものです」
検索。某巨大検索エンジンのようにキーワードを入力することで、関連情報を表示してくるアレだ。
しかし実際にインターネットに接続するわけじゃない。そもそもインターネットが存在しない。……のだけれども、一部私の前世の世界の知識が流入している節がある。チョコレートの加工法がそれだ。私が転生者だからか、実は世界のどこか――物質的ではない概念的な何か――で繋がりがあるのか……はてさて。……私が転生者だとステラ様に伝えるのはまだやめておこう
では、どこから情報を引っ張り出してくるのかというと。
「この検索魔法は、世界書庫……世界中のありとあらゆる知識が記録されている領域から知識を得ることが出来ます」
「……世界書庫……。実在、していたのですか……」
世の知識層や魔法使いが探し続けている領域。物理的に存在しているわけではないので、世界の隅々まで探したところで見つからない。魔法的にアクセスしようにもその理論が確立されていない。
そこで、理論をすっ飛ばした私が接続したわけである。魔法開発当初は世界書庫の存在なんて知らず、偶然繋がっただけの産物だ。世界のことを知らなさ過ぎたので、知りたいと願ったらそんな結果になった。ちなみに、鑑定魔法は世界書庫から情報を取得しているようなので、部分的な利用は出来ていると言ってもいいのだろう。
「そのおかげでいくらでも情報を取得することが出来ますが……色々と難点もあります」
確かに世界書庫には膨大な量の情報が詰め込まれている。
……裏を返せば、膨大すぎるのだ。
山のように高く、海のように深く、空のように果てしなく積まれた本の中から、一冊の本を探し出すとすればその労力はいかほどのものか。
私の検索魔法は某巨大検索エンジンを脳裏に思い浮かべていた影響か、本を一冊一冊探しだすのではなくキーワードを元に自動検出してくれる形なので便利、ではあるのだけれども。
最初に何も考えず適当に検索したら……検索結果が膨大すぎて、頭がパンクした。
頭がぶっ壊れるかと思った。高熱も出た。そのくせして情報は脳から溢れて定着せず踏んだり蹴ったり……定着してたらそれはそれでヤバかったのかもだけど。その後、検索魔法にページング処理を追加――一度に流れてくる情報を小刻みにしたことでパンクは防げるようにはなった。
そしてもう一つ欠点として、適切なキーワードを設定しなければ求める情報を得られない点がある。
例えば『ハンバーグの作り方』で検索したとしよう。すると、世界各地、有名王宮シェフのレシピから小さな村の家庭料理のレシピまで、ありとあらゆるハンバーグの作り方が出てくることになる。『〇〇地方の伝統料理』とか『材料に〇〇を使う』とか制限しないと探すのも一苦労、という寸法だ。
「そんな感じで、領地運営に活用しようにも元々知識のない私では上手く活用出来ず、持て余してるんです」
「……なる、ほど?」
「ステラ様の知識量であればもうちょっと適切に調べられるかな、と。ですので、知りたいことがあったら遠慮なく聞いてくださいね。領地運営に限らず何でもどうぞ。……裏情報も知ろうと思えば知れますがおススメはしませんし、あまり私も知りたくありません」
「…………わかりました」
ステラ様がこめかみを揉み解している。使いようによっては爆弾になるから頭も痛くなるだろう。
なお、私が見てたのは大半が魔法の使い方と体の鍛え方、魔物や魔の領域で採取出来る素材についてなどだ。生きてこれたのはこれのおかげである。
ステラ様は大きく溜息を吐き、ポツリと一言。
「……クロノア様が善人で本当に良かったです」
「えっ?」
そんな話あった?
腑に落ちないながらも、もう一つ大事なことがあるのでとりあえず流し。
「あと、先ほど魔法創造に魔力以外の制限はないと言いましたが、いくつか禁忌事項があります」
「……禁忌とは何やら物騒ですね」
「内容的には物騒ってわけじゃないんですけど、私が把握している範囲で大きく三つ。『時間遡行』、『生命創造』、そして……『死者蘇生』です」
つまり。
「……死んだら、どうしようもありません。なので……くれぐれも、お体にはお気をつけください」
……蘇生魔法は、本当に欲しかった。
物語やゲームの世界ではいくらでも蘇生魔法があるのに、どうしてこの世界ではそんな制限があるのか。
神の加護を得て、何でも出来るようで……何度も、無力感に苛まされた。
多くの死を、見てきた。
今でも十分に恵まれているのはわかっている。わかっているのだけれども……もっと力が欲しかったと、思ってしまう。
――願ってしまう。
そう、深く沈もうとする私の意識を。
引き上げる、ほんのりと冷えた――
「……っ?」
私の頭は、いつの間にか近寄って来ていたステラ様の手で撫でられていた。
……彼女の顔は、どこか悲しそうで。
「……ステラ様?」
「クロノア様のご忠告通り、体調には重々気を付けます。だから……どうか、泣かないでください」
「……泣いてませんよ?」
ステラ様は続けて私の頬を撫でた。
濡れた感覚はない。
それでも、彼女は……私が、泣いているという。
私は泣いてない。泣いてないのだけれども……。
彼女の優しい手つきに、何故だか、泣きたくなった。




