12 婚約決定しました
ステラ様は私に笑みを向けてくる。可愛い。
……じゃなくて。
えっ、あれ、要望として出したの? そしてこんなアッサリ許可されたの? いや許可されないと困るのはたぶん私だし、宰相閣下の出だしの一声でそんな気はしてたけど。
彼女は宰相閣下から婚約許可が下りたことで嬉しそうにしている。イヤイヤとかではなく、嬉しそうなら、それは良いこと。
……なのだけれども、私、貴女にそこまで気に入られるようなことしましたっけ……? 逆に怒られそうなことしかしてないと思うんですけど……?
何が何やら?と脳内で疑問符を飛ばしている私に、ステラ様は小さくぷぅと頬を膨らませた。美少女は何やっても可愛いな?
「クロノア様? 何か妙なことを考えていませんか?」
「えぇと……」
「それとも……やはり、強引でしたか? ご迷惑に思っていますか?」
「思ってないです」
不安そうに眉尻を下げるステラ様に、はっきりとノーを告げる。先日、彼女を不幸にしないと誓ったばかりだ。早々に曇らせてどうする。
「それなら良かったです」と表情を戻してくれて、私としてもホッと一安心だ。
そんな私たちの些細なやりとりに、宰相閣下がポツリと零す。
「ふむ……仲が良さそうで何よりだ」
むぐ、と内心で気恥ずかしくなる私に対して、ステラ様はあっさりと返す。
「あら、そう見えましたか?」
「少なくとも、アレが相手の時よりはよほどな」
「……そう、ですね……」
第二王子はあんなバカをやらかすくらいだし、以前よりステラ様に対してよく思っていなかったんだろうなぁとは察せられるけども……いやまじで何が悪かったんだ? それとも優秀すぎてプライドがやられたパターン?
「まぁ、私としても辺境伯殿と縁を結べたのは重畳だ。何せ辺境伯殿はうちの三男どころか第三王子が相手でも婿入りの打診を断ってきたからな」
宰相閣下? 今ここでその話を出すのですか?
おかげでステラ様から妙な視線が向けられているんですけど??
「クロノア様……随分と人気があるのですね」
「どう考えても私の力が欲しいだけの政略ですよねぇ!? そんなモテ嬉しくないですよ!」
確かに私は権力欲しさに養子になった身だけど、そういうのはいらんわ!
「と言いますか、宰相閣下。本当に良かったのですか?」
「何がかな?」
『孫の顔とか見られませんよ?』と異性に面と向かって言うにはちょっと憚られて口ごもる。
口にはしなかったのだけど……察せられたらしい。
「あぁ。幸いにしてうちはもう後継者が決まっているしな。それに先ほど言った通り、辺境伯殿との縁が太くなるのは我がシルバーレイン家……いや、王国にとって望ましいことである」
「……はい?」
「ふむ、辺境伯殿は自己評価が低すぎるな」
『王国にとって』とか何でなん?と首を傾げる私に、宰相閣下は大きな溜息を吐いた。
「第一王子のスペアであり替えが利く、切り捨てられる第二王子とは異なり、辺境伯殿は替えの利かない唯一無二。ともすれば第一王子より重要人物であると自覚がないのかね?」
「……そんな大げさ――」
「ではないのだよ。冗談抜きで。それとも、災厄である公爵級ドラゴンを一人で討伐出来るような強者がそこらに居るとでも? ひょっとしたら探せば居るかもしれないが、私と国王陛下が知るのは辺境伯殿のみだ」
どうなんだろうねぇ……少なくとも辺境伯領には居ないよね。居たらあそこまで魔災被害に遭っていない。
「これでも私たちは、辺境伯殿に野心がなくて心底ホッとしているのだよ」
「……まぁ、警戒させないために神紋契約を結んだのですし」
「辺境伯殿が善人で本当に良かった。王国ごと力づくで従えたとて誰も文句など言えなかったのに」
……いや私、その災厄である公爵級ドラゴンで脅したんですけどね……。
それで善人扱いされるのはもやっとするものがあるなぁ。
「しかし辺境伯殿は身内のために動くタイプだ。有事の時のために、王国を身内扱いしてくれるよう縁を太くするのは、国益に適うことだと思わないかね?」
「……ステラ様をお守りするとは誓いましたけど、そこまで手を伸ばすつもりはありませんよ……?」
「辺境伯殿は善人だとも言っただろう。そのステラが悲しむとわかったら、動くのではないかね?」
うぬ、否定出来ないぞ。
私たちのそのやり取りを聞いていたステラ様が顔色を変えた。
「……クロノア様、申し訳ありません。私はそのようなつもりでは……」
「ステラ様が謝る必要なんてないですよ。そもそも私の願いを叶えてもらうために、貴女を巻き込んだのですから」
私の願いは辺境伯領を守ること……ではない。私の近しい人たちを守るという、非常に個人的なことだ。結果的に辺境伯領を守ることになるのだから、ギリ領主なんて名乗れる。
そのためにステラ様に多大な負担を掛けることになるのだから、デメリットの分を支払うのは当然だろう。……宰相閣下の思惑に乗るのはぐぬぬって感じだが。いや、シルバーレイン侯爵家の支援も受けられるのであればお返しするのは普通か。……やっぱり手のひらで転がされてるようでぐぬぬ。
「ともあれ、私、オスカー・シルバーレインは、娘であるステラとクロノア・アッシュフィールド辺境伯殿との婚約に異論はないし、正式に認める。これは後日書面で渡そう」
「……ありがとうございます。えっと、婚約発表とかあるんです?」
「近いうちに私の家族……ステラの兄姉と会ってもらうだろうが、大々的にやることはないだろう。先日の件で第二王子に非があることは判明しているのだが、さすがに帝国と繋がっていたなどという醜聞は大っぴらに出来ないのでな。ステラにも多少の傷は残る」
「……その根回しをするのが宰相閣下の役目では?」
思わず睨みつけてしまったが、宰相閣下はどこ吹く風で肩をすくめるだけだった。
「それに、その方がステラにもメリットはある」
「は……?」
傷が残ることがメリットなどと言われて、切れるところだったのだが。
「訳アリでもなければ、辺境伯家当主とはいえ無名かつ同性の辺境伯殿と婚約するよりも『うちの息子と婚約を』などと殺到することになるぞ」
「それは困りますね。お父様の良いようにしてください」
宰相閣下の説明内容に、私よりも先にステラ様が納得してしまった。
……や、まぁ、そうね。ステラ様は優秀で、侯爵家で、美少女なのだから、第二王子との婚約が(円満に)なくなれば狙う人も多いか。
……うん? ステラ様、実際は選り取り見取りなのに私と婚約する気なの……? ……大切にさせていたきますけども……うん……?
内心で首を捻る私だったが、続く言葉に衝撃を受けて吹っ飛ぶことになる。
「それで、結婚はいつにするのだね?」
「……え? ……けっ、こん……?」
「辺境伯殿………まさか婚約だけして一生放置する気かね?」
「め、めめめめっそうもない!」
すみませんまったくかんがえてませんでした。
そりゃそうですよねぇ……婚約の後は結婚ですよねぇ……宰相閣下としてはナァナァにせずガッチリ抱え込んでおきたいですよねぇ……。
「特に要望がないのであればお互いの成人後、ステラの学院卒業後辺りが妥当と思うのだが、どうだね?」
「え、あ、はい。……ステラ様がそれで良ければ…………ステラ様?」
チラとステラ様の顔を窺ってみれば、何やら……固まっているような? どしたの?
「……はっ。……申し訳ございません……私も、その……結婚のことまで、考えが及んで、いませんでした……」
まさかのお仲間。
うーん……としばし考えてから、ステラ様と改めて向き合う。
「……ステラ様、本当に大丈夫ですか?」
「えと、何がでしょうか?」
「私と婚約とか……結婚とか」
ステラ様の傷の一端でもある私が責任を取る必要はあるだろう。
けれど……私は、彼女の未来を摘み取りたいわけではないのだ。
「確かに、宰相閣下は私と縁を太くすることを望んでいるようです。……貴族としては家のことを考えるのが正しいのでしょう。けれど私は……そのような義務感で、貴女が望まぬことを強いたくないのです」
……などと相手のことを考えているようでいて、実際には自分の問題から逃げようとしているだけの、どこまでも自分本位でしかないのかもしれない。
そうした後ろめたさを抱えながら、ステラ様の瞳を見てみれば。
――火花が散った、気がした。
「クロノア様。私は、望んで貴女と婚約するのです。家のことを差し引いても」
「……私、ステラ様にそこまで言っていただくほどのこと、しましたっけ?」
「えぇそうです。貴女にその自覚がないだけで、してくださったのです」
そうなの……? わ、わからん……。
「ですので。えぇ、ちょっと驚いてしまっただけで、結婚も構いませんわ」
強い光が一転して揺らめいた。
口ではこう言ってはいても、不安なのだろう。
『貴族の婚姻なんてそのようなものですよ』と嘯いてはいたけど、実際に、面識がない上に同性の私とそうなるのであれば、不安に思うのも全くもって仕方がない。……私の抱える問題なんて、それに比べれば、大したことないだろう。
だから私は、責任を持って、彼女を幸せにしなければ。
「……わかりました。改めて、よろしくお願いしますね。ステラ様」
「私こそ、よろしくお願いいたします。クロノア様」
こうして私とステラ様の婚約は決まったのだった。




