10 星に誓う
ステラ様は人生を諦めたわけでも、ヤケになったわけでもない、ようだ。
ただし、どこか、圧を感じる、笑顔。
「メリットとして第一に、お父様――シルバーレイン侯爵家からの支援が受けやすくなります。人材はすぐには無理でも、知恵をお借りすることは出来るでしょう」
「……た、たしかに」
……と頷きはしたけれど、それは私のメリットであって、ステラ様のメリットではないのでは?
「第二に、貴女の隣に立ち、支えるのに、その立場が必要だからです」
「……で、ですから、領主の次に権限が強い家宰として――」
「いいえ、それでは足りません」
足りない? 一体何が? というか、今の言葉も、なんか変なところなかった?
立場を欲しがるのはまぁわかる。というか私もそれ欲しさに貴族家に養子として潜り込んだのだから。
その理由が……私を、支える? なんで??
戸惑う私に、ステラ様はぐっと顔を近付けて目を合わせてくる。近い、近いよ!?
しかし私は捕まっているので逃げられない。息を止めてされるがままにしていたら、その紫の瞳に光が走った気がした。
「貴女が暴走しそうになった時、引っ叩いてでも止められるように。貴女が失意に崩れ落ちそうな時、慰め甘やかして差し上げられるように」
……なんて???
ま、まぁ前者はわかる。私は領内、いや王国一の危険人物と言ってもいい。それだけの力を持っている自負はある。神紋契約で王国に牙を剥かないと契約をしたけれど、それは誰かを害さないという保証にはならない。止めるための立場は欲しいと思っても不思議ではない。
けれど……甘やかすって、どこから出て来たの……!?
「…………前者はともかく、後者は何……?」
「あら、それが一番重要な点でございますわよ?」
「……えぇー……?」
救いを請う私がステラ様を甘やかすことはあっても、逆は違うのでは? しかもそこが一番重要なの??
私には全くワケがわからないんだよ……!?
「私が嫁に欲しかったのでしょう? 何か問題がございますか?」
おっふ……まさか軽口の仇がここになって返ってきた!?
「そ、それはたとえであって……その、こ、子どもとか出来ませんよ……?」
「結婚する気がないと仰っていた貴女がそこを気にするのですか?」
「うぐ。え、えっとお……宰相閣下が何というか……」
ステラ様は侯爵令嬢だ。こう言っては何だが、政治の駒としての価値は非常に大きい。それこそ王族と婚約を結べたくらいには大きい。
辺境伯領でただ働くだけではなく……婚約を結ぶとなると、事情が全然変わってくるだろう。当たり前だが証文にはそんなことまで書かれてない。
「お父様であれば、貴女との縁を深くすることを最重要視するので喜ぶでしょうね」
な、なるほど……それは、あるかも?
私は理性よりも感情で動くタイプだ。王国よりも辺境伯領民を、その中でも身内を優先して動く、上に立つにはあまりよろしくない思考回路をしている。力でも、お金でも従えられない私を、情で縛るのは実に正しい判断と言わざるを得ない。
……確かにステラ様にメリットが……いややっぱなくない? シルバーレイン家にメリットはあるけど、それ以上に貴女に面倒な制限が増えることになりますよ?
婚約は、絶妙なようでいて、微妙な手だと思う……のだけれども。
「そ、それに、婚約破棄された直後に婚約とか……外聞が悪かったり、しませんか?」
「お守りしてくださるのでしょう?」
「……いいましたね……」
完っ全に私の愚行で招いたものだから、言ってなくても責任持ってお守りしますけど!
……だから責任取って婚約しろと言われれば、それはそう。
どうしたものかと視線を彷徨わせる。
ステラ様の後ろでずっと無言で控えていた侍女さんと目が合った。『まさか逃げるんじゃないでしょうね?』と言わんばかりの目だった。こわい。
同じくずっと居たランとレンの方を見る。レンは口と腹に手をあて今にも笑いだしそうなのを堪えていた。てめぇ。ランには目線を逸らされた。見捨てられてるぅ!?
ぐぬぬ……確かにステラ様にはうちで働いてほしい……!
能力も性格も揃っている、またとない好物件。
その上、侯爵家と太いパイプを得られる婚約というのは、本来なら泣いて喜ぶべきなのだろう。
メリットしかない。ステラ様も見たところ前向きだ。だったら……それに、乗っからせてもらうべきだろう。
……私の抱える問題を、私がねじ伏せさえすれば、丸く収まる話だ。
「……少し席を外します。ラン、レン、お相手をよろしく」
私はやっと手を解き、一言残してから逃げるように転移魔法を発動した。
行先は、倉庫。
私が魔物狩りをして集めた素材のうちの一部(他は売り払ってお金にしている)が納められている。
さて、何がいいかな。
創作だとお互いの目の色をあしらったアクセサリとか定番だったけど……まだ本決定じゃないし、さすがにそれはステラ様も重いだろう。
だとしたら……と部屋のあちこちを眺めつつ悩む私の視界に、聖銀が弾く光が入った。
ステラ様の、髪の色。
……ふむ。ここに黒曜石をアクセントとして追加するくらいならいけるか? えーっと、どこにしまったかな……あぁ、ここだ。
「加工」
願いを込めて魔法を発動すると、机上に魔法陣が展開される。その中央に置かれていた聖銀と黒曜石はものの数秒で指輪へと変化した。
うん、鑑定してみても、狙い通りの効果が乗っている。デザインもそこまで悪くない……と思いたい。
……十分に重いよなぁと脳裏を過ったりしたけど、いい加減に覚悟をするんだ、私。
他にも必要なアイテムを用意して、執務室へと戻る。
……うん? 部屋を出る前とどこか雰囲気が違うような……ランが初対面の貴族令嬢と小粋なトークをするとも思えないし、レンが何かやらかしたか……? まぁ悪くなってないのならいいか。
まず、重くない方のアイテム、通信の魔道具をステラ様へと渡す。……逃げたわけではない。後の方が良いと思っただけである。
「これは支給品です。魔力を込めて呼びかけてくだされば私に通じますので、何かあったらお呼びください。慣れれば他の所にも繋げられますが、それは追々で」
領主館で働いている人の大半が持っているので特別でも何でもない。だけれども、ステラ様は物珍しそうに見ている。……貴族令嬢ならアクセサリとか見慣れていると思うんだけどな?
そしてもう一つ。フゥと一つ息を吐いて、腹に力を籠める。
「……まぁこれも支給品の一つで、他の人には腕輪型のを渡しているのですが……ステラ様にはこの形でお渡しするべきかな、と」
そう前置きをしてから、ステラ様へと先ほど作成したばかりの指輪を見せる。
「……宰相閣下にお話しを通すまでは仮ですが、婚約指輪、的な。大きな衝撃から十回ほど身を守ってくれる防御機能が付いています。これが作動するようなことがあれば、イヤーカフですぐに呼んでください」
ステラ様は目を見開いた。
ですよねぇ。いきなり渡されてもびっくりしますよねぇ。
でも拒絶の気配は感じられないので、内心でホッと息を吐く。
「何故この場でこのような物が……あらかじめ準備していたわけでもないでしょうに」
「あぁ、これなら今作ってきました。素材なら色々倉庫にありますので」
こんな物を事前準備しているくらいなら、今日私はここまで狼狽えてませんよねぇ……ウフフ。
などと遠い目をしている場合ではない。
「ステラ様」
私が芝居がかった仕草でステラ様の前に跪くと、続きを言わずとも察してくれて右手を差し出してくれた。
ゆっくりとその手を取る。
傷一つなく、白い。私がほんのちょっと力を籠めるだけで折れそうなくらいに、細い指。芸術品のようでもあり、高貴なこれを、私が手にしてしまうのかと思うと震えが走る。けれど、もう慄いてはいられない。
「貴女を愛……せるかどうかは、現時点では断言出来ず申し訳ないのですが」
敬愛ならある。けれど、前世で一般的だった、結婚に必要な愛情があるかと聞かれれば……ないとしか答えられない。貴族ならオブラートに包むべきなのかもだけれど……ここで誤魔化したところで虚しくなる。
ただ、それでも、私の精一杯を。
「これだけはお約束しましょう。貴女を不幸にしないと」
薬指に指輪を通し。
誓う。
「ここに来てよかったと心の底から思っていただけるよう、貴女を幸せにするための努力は惜しみません」
手の甲に口づけを。
破ることのない、契約を。
「私の、希望の星となってくださることに、心よりの感謝と親愛を捧げます」
いずれ、私は知る。
表面ではない、心の奥底で。
私が、彼女に何を求めていたのかを――




