6 父と妹の悪意
ロガンの実家のオウガ侯爵家は、長男には厳しく、次男の彼をとても甘やかしていたと耳にしている。
ワガママにはならなかったが、気の弱いまま育ち、貴族の威厳は見られない。
侯爵家の次男をいじめるというような馬鹿な貴族は周りにおらず、彼は辛い思いをすることがないまま大人人になったのだと思われる。そんな彼にとって、私から離婚を言い渡されたことは、初めて味わう辛い思いなのかもしれない。
白い石で造られたポーチの上に膝をつき、ロガンは私を見上げて必死に訴える。
「別れたくない。僕には君しかいないんだ! 今までうまくやってきたんだ。これからも幸せに暮らしていける! 昨日のことについて説明をするから話を聞いてくれ!」
「私しかいないですって? 何を言っているのよ。あなたにはソレイユがいるでしょう。寂しくないように、ソレイユと一緒にここを出ていってもらうわ」
「待って、待ってくれソラリア! 僕はソレイユのことを愛してなんかいない! 彼女といたって楽しくなんかないんだ!」
「はい? 義妹と遊びで浮気したということ? そんな話を聞いたら、余計にあなたを軽蔑するわ」
本当に気持ち悪い。
今の自分の体が彼に大して触れられていないことは、せめてもの救いだと思った。
「ち、違う。そういう意味じゃなくて! ソラリア、とりあえず話を聞いてほしい。昨日の浮気にはちゃんとした理由があるんだ!」
「ちゃんとした理由ですって?」
いら立ちを覚えて強い口調で聞き返すと、ロガンは私の足にしがみついてきた。
「そうだ。僕は悪くない。ソレイユとあんなことをしたのは、君の父から頼まれたからなんだよ! 好きでやったわけじゃないんだ!」
「……お父様からですって? 私の父は一年以上前に亡くなっているのよ!? どうやってあなたに頼むって言うの!」
「生前に頼まれたんだよ!」
「……なんですって?」
信じられない。
ロガンの言っていることが本当だとしたら、お父様は一体何がしたかったの?
私を傷つけて楽しみたかった?
たとえそうだったとしても、お父様にそこまで恨まれる理由がわからない。
自分の知らぬ間に、私はお父様を傷つけていた?
愛されていないことは気がついていたが、憎まれているとまでは思っていなかった。
私が何をしたっていうの?
「大丈夫か? 衝撃的な真実を知ってショックなのはわかるよ。頼むから、僕に君を支えさせてくれないか」
ショックを受けて動きを止めた私の手を取ろうと、ロガンは立ち上がって手を伸ばした。
触れられたくない。
咄嗟に後ろに下がってその手から逃れた私を、ロガンは拝むように手を合わせて見つめる。
「ソラリア、傷ついた君を癒せるのは僕しかいない。ソレイユが嫌いなら、彼女だけ追い出せばいい」
「嫌いという気持ちだけで追い出していいのなら、私はあなたも追い出していいことになるけど?」
「ぼ、僕は君の夫だ。そんなことはさせない!」
首を何度も横に振り、ロガンは泣きながら叫んだ。
「だから離婚してほしいと言っているのよ! あなたを引き取ってもらうために、オウガ侯爵家にも連絡させてもらうわ!」
「僕の両親は離婚なんて認めないよ。僕が正しいと言ってくれるはずだ」
イライアス殿下が昨日わざわざ来てくれたのは、初夜を迎えさせないためだったが、ロガンの実家のことも気にする発言をしていた。
たとえ、離婚できたとしても、私が公爵代理に戻るだけで、大した権力が得られるわけではない。
オウガ侯爵は、私がロガンに泣きつかざるを得ない状況に持っていこうとするだろう。なんの後ろ盾のない私は、そのことを恐れて離婚できない。イライアス殿下はそう予想していた。
「そうよ! お姉様、あなたは大人しくロガンと白い結婚をすればいいのよ」
突然、割って入ってきた声に驚いて振り返る。離れに続く小道から現れたのはソレイユだった。
私は彼女を睨みつけて尋ねる。
「白い結婚?」
「ええ、そうよ。私とロガンの関係がバレてしまったから言うけれど、お姉様に跡継ぎは生ませないわ。レイハート公爵家の跡継ぎは私とロガンの子よ。これは、お父様の望みでもあるわ」
「……じゃあ」
私が殺されたのは、お腹の子を殺すことが狙いだった?
あの時のロガンは、私のお腹の子だけ殺すつもりだった。でも、ソレイユは違った。邪魔者である私を殺すために、致死量の毒をロガンに渡し、飲み物に混入させた。飲み物を持ってきたメイドに罪をなすりつけ、ロガンと共に幸せに暮らすつもりだった?
ふざけたことを考えるのも大概にしてほしいわ。
「ソレイユ、私とロガンは結婚したわ。だけど、まだ婿養子の手続きはしていない」
「どういうこと?」
ソレイユは目を大きく見開いて聞き返すと、すぐに黙ったままのロガンに問いかける。
「どういうことなの?」
「ぼ、僕が婿養子になる手続きは、十日後の予定なんだ」
「なんですって?」
結婚した時点で、婿養子になることは確実のため、皆、ロガンが公爵になったと思い込んでいる。
だが、実際は手続きを終えてからになる。普通ならば、手続きと同時に結婚するが、私たちは仕事の引き継ぎがあるため、少しだけ遅らせていたのだ。
「今はまだ私が公爵代理よ」
「でも。僕は君の夫だ! 妻に意見する権利はある!」
ロガンは涙と鼻水で顔をグシャグシャにした顔で私を見つめた。
「どうして、私にこだわるの。あなたは侯爵に愛されている。伯爵位くらいなら用意してもらえるでしょう。ソレイユとあなたが結婚すれば、みんなが幸せになれるのよ?」
「僕はソラリアが好きなんだ! 君と別れたくないし、ソレイユと結婚したくない!」
「話にならないわね」
好きだ、愛していると言えば、何でも許されると思っているんだろうか。ロガンのせいで、好意を伝える言葉が安っぽいものに聞こえてしまう。
「ああ、そう。なら、良い方法が思いつくまでは、離婚してくれるまで別居生活を続けるわ」
冷たく言い放った私は、素早く邸内に入って扉を閉め、閂をかけた。
「待ってくれ、ソラリア!」
「ちょっとお姉様!」
二人が困惑している声が聞こえた。兵士に何があっても扉を開けないように指示をし、その場から離れた。




