5 愛していると言う男
ベェはイライアス殿下に必死に何か訴えていたが、何を言っているのかさっぱりわからなかった。詳しい話を聞いてみようとしたが、魔法使い狩りが行われた際に、文献なども焼き捨てられてしまっている。今のところ、殿下たちが出会った魔法使いは、自分たちと私しかいないそうで、詳しいことは使い魔に聞かなければわからないそうだ。
ルピやクロロもシルバートレイについてはわからないと言っているみたい。
推測でしかないが、私とベェの絆が深まれば、ベェの心がわかるようになるだろうという話になり、日を改めて話をすることになった。
殿下たちを見送り、部屋に戻った私は、ドレッサーの椅子に座り、大きなため息を吐いた。
お二人が帰る前に確認したところ、時戻しの魔法を使ったのはイライアス殿下だとわかった。
一つの事案につき、時を戻せるのは一回で一年前が最大のため、結婚する前に時戻りをすることは難しいとのことだった。
殺された日が結婚して一年経った日だったなんて、皮肉なものだ。いや、ソレイユはこの日に合わせたのかもしれない。
信頼できる夫は存在しなかったが、私にはベェがいる。それに、王太子殿下たちも私の味方になってくれるようだし、悪いことばかりではない。
生きていられることをありがたいと思いましょう。
ちなみに、今日、イライアス殿下と一緒に王太子殿下がやって来たのには理由があった。新婚女性の所に男性一人で夜分に押しかけたことが知られれば、変な誤解を生んでしまうかもしれないという配慮からだった。
男性二人でも良くはない。だが、王族二人に喧嘩を売るような真似ができる貴族は少ないはずだ。
「まだ戦いは始まったばかりよ。しっかりしなくちゃ」
三面鏡に映る自分を見て、そう呟いた時、ナチュラルメイクしかしていなかったことに気がついた。
やってしまったわ。
ロガンとソレイユの所に行くだけだから、メイクについては気にしていなかった。まさか、こんな時間に王子殿下が来るとは思わないでしょう!
パンナが必死に止めていたのは、このことがあったからなのかしら。いや、さすがにそれはないわよね。
「メイクに手を抜いていたからといって、罰せられることはないし、きっとお二人は私の外見には興味がないから大丈夫!」
ドレッサーの椅子に座って自分を励ましていると、耳元で「ベェー」という鳴き声が聞こえた。
顔を上げると、ベェがふわふわと宙に浮いた状態で私を見つめていた。
「心配してくれているの? ベェは優しいのね」
「ベェー!」
ベェは嬉しそうに私の頬にじゃれついてきた。
右手で頭を撫で、左手の人差し指で背中のシルバートレイに触ってみると、少しだけひんやりとした。取れるかと思って引っ張ってみたが、毛にひっついているのか痛かったようで「ベェェ!」と怒られた。
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次の日の朝はいつもよりも睡眠時間が少ないにも拘らず、すんなり目覚めることができた。
幼い頃、眠れなかった私に羊を数えたら良いと、パンナが教えてくれた。
そのことを思い出し、ベッドに寝転んですぐに、ベェが一匹、べェが二匹と数え始めたから安眠できたのかもしれない。
ベッドから起き上がり、誰かに身支度を手伝ってもらおうと、サイドテーブルに置かれている呼び鈴を鳴らす。入ってきたのは、パンナだった。いつもと違い、浮かない顔をしているだけでなく、顔色も悪い。
「おはようございます、ソラリア様」
「おはよう。体調が悪いの? もしかして、昨日のことが原因?」
「……いえ」
パンナは私と目を合わせようとしない。
私と別れたあとか、今日の朝に何かあったのかしら。
「パンナ、何かあったの? 迷惑でなければ、理由を教えてほしいんだけど難しいかしら」
「……実は」
パンナが俯きながら口を開いた時、ロガンの側近として採用した、中年の男爵が訪ねてきた。そのせいで、パンナは口を閉ざしてしまう。
狙ったかのようなタイミングね。
今の私はネグリジェ姿だったので、廊下でしばらく待ってもらうことにした。身支度を整えている間、パンナに先ほどの話をしてほしいと言ってみたが無理だった。
ロガンの側近の話を聞いてから、再度確認することに決め、十分後には男爵を部屋の中に招き入れた。
「おはようございます、ソラリア様」
「おはよう。私になんの用かしら」
「朝からこんなことを言いたくないのですが、ロガン様を追い出すなんてどうかしています」
「どうかしているですって? 彼は初夜の日に、私の妹と浮気をしていたのよ?」
「浮気は良いことでありません。ですが、ロガン様は当主です。そして、あなたは当主の妻。当主よりも下の立場にあります。浮気について寛容になることも、公爵夫人として必要なことです」
男爵はロガンを助けることで、彼から謝礼を受け取るつもりなのかもしれないと思った。ロガンが彼を側近に指名した理由がわからなかったが、金で釣ることのできる人を選んだのでしょう。
レイハート公爵家が管理しているお金を、こんなことで使われたくない。
「ロガンは離れにいるのかしら」
「いえ。あなたに許してもらうために、ポーチで正座していらっしゃいます」
「教えてくれてありがとう。話し合ってくるわ」
礼を伝え、私はロガンの側近を連れて、ロガンがいるというポーチに向かった。
大きな二枚扉が外側に開かれると、側近が言っていた通り、正座しているロガンが目に飛び込んできた。
白シャツに黒のスラックス姿のロガンは、憔悴しきった顔で私を見つめた。そして、目が合うと、ロガンは手を合わせて謝る。
「ソラリア! 許してほしい! 君のことを本当に愛しているんだ! 昨日のことは忘れてほしい。これからの僕を信じてほしい!」
「愛しているなんて言葉を信じられるわけがないでしょう」
何年も前から私を裏切っておいて、よくもそんなことを言えるものだわ。
「ロガン、私は浮気を許すつもりはないわ。あなたには私と離婚してもらい、婿養子の契約も無効にするわ」
「そんな! 女性は爵位を継げないのに、どうするつもりなんだよ!?」
「あなたには関係ない。とにかく、離婚してください」
座り込んだままのロガンを見下ろし、私は冷たい口調で言った。




